第57話 私たちが見せる世界
「リオーナさんにそんな過去が――聞いておいてあれですけど……ごめんなさい」
私は彼女が包み隠さずに話した過去の話を聞いて静かに頭を下げた。
彼女の辛い思いはここにいる誰しもがヒシヒシと感じ取る。
「エリカ様、その言葉だけで充分です」
彼女は少し悲しそうな表情を浮かべながら重い空気を拭おうとしているのか、静かにほほ笑む。
「でも、リオーナさん、追われる身でどうやって王国まで……?」
「……それは――」
「(それはダメだよ……グーファ)」
グーファなりに話を変えようとしたのだろうが、リオ―ナさんにとってはあまりにいい質問ではなく、目を伏せてしまう。
「グーファ! アンタね……馬鹿な事、聞かないの!」
私が突っ込もうかと思った矢先、リリアナが一気に会話の主軸を掻っ攫う。
そして、リリアナはベッドから這い出て静かに手を差し出した。
「――認めてあげる。あなたが仲間に値する、本物だって」
「あ……ありがと――痛っ、なにをする!」
「さっきのお返しよ! こっちはすっごーく痛いんだから!! あと――」
私にやって見せたようにペシッとデコピンをして凄む。でも、すぐにリオーナの手を取りなおしたリリアナは片膝を付き、真剣な面持ちに変わる。
「……。もう、私にはこんな事ができる立ち位置じゃないけど……リオーナ騎士団長、あなたの揺るぎない意志と、弱者を救おうとする剣に敬意を」
「――っ!」
そう言って両手でギュッと握り、リオーナの手に額を付ける。
それは正に高貴な身分の人物に対して敬意を示すようなしぐさであり、貴族の末裔としての気品ある行動だった。
「うぅ……すまない、あぁ……ぐすん」
リオーナさんの目には自然と涙が溜まり、零れ落ちる。
彼女にとっては『誰にも称えられもせず、評価もされない行動』だったものが初めて意味あるものだと示された瞬間だったのだろう。
「あちゃ~こうなると俺のスカウトは受けてくれないかもな? どうするよ、エリックさんよ?」
「あのですね、ウェイド様? うちのどこにそんな金があるっていうんですか?」
「痛いことを言うな~エリックは。ってことで、はじめましてと言うべきか? 剣星さん!」
厳粛な雰囲気をぶち壊すかのようにチャラっ気丸出しのウェイドと至って冷静極まりないエリックさんが堂々と居室に入って来る。しかし、リオーナさんはウェイドを見た途端、目線が鋭くなる。
「あなたは確か、リブタニアの――」
「ああ、これは失礼。俺はグランフレスト王家を支える公爵家。その一つに名を連ねるルグラス・ウェイドだ。こうしてお会いするのは……恐らく、帝国と王国の調印式以来か?」
「ああ、そうだな。だが、どうして高貴な身分の貴殿がここに?」
「っふーん。よく聞いてくれた!! それは俺がエリカの婚約者だから――」
「「違うっ!」」
私とグーファがそう反応すると空かさず、セリーヌさんがここぞとばかりにジト目で突っ込み始める。
「あらあら、ウェイド様? エリカ様とグーファ様に違うって息ぴったーりで言われちゃってますよ? もう諦めたらいかがですか? 可愛い方は他にもいると思うんですよね?」
「せ、セリーヌ! お前、いつから青二才の肩を持つようになったんだ!?」
「さぁ? 知りませんね。あくまで、今のご主人様はエリカ様ですから!」
「うそっ……! しかも、冷たくなってやがる……」
ウェイドは心なしかガッカリしたような表情をしてちらりとこちらを伺う。その様子から場を和ませようとしてくれているのが、分かった。
しかし、その一方でリオーナさんはウェイドに対して笑うでもなく、怒るでもないまま冷たい視線を向け続ける。その理由はきっと私が、私たち抱いてきた『感情』があってのことだろう。
だからこそ、私はスッとウェイドの方に視線を向ける。
「ねぇ、ウェイド!」
「ん? なんだ? エリックはもう貸さんぞ? 貸したら最後、帰ってこなさそうな勢いあるしな!」
「いや、知らん。てか、借りても奪ってはないでしょうが! って、そうじゃなくて、これからフェリスさんの所に行っても良いかな?」
私がそう言うと意外そうな表情をウェイドは向ける。多分、ウェイド本人が『やろうとしていたこと』を言い当てたからだろう。
「ぉん……? 今日は俺に対して仕事をさせないつもりか?」
「つまり、考えているってことは同じって訳ね。リオーナさん、今から私とウェイドが目指す世界。いや――私たちの日常を見に行こう!」
「は、はい……?」
リオーナさんはいまいちピンとこないような様子で公爵であるウェイドに警戒感を募らせながら私たちの後を付いてくる。その道中ではロイドさんが心配させまいと気を使い、薬草栽培と筆記課題をさせられていたミミも合流した。
「エリカお姉ちゃん、このお姉ちゃんは?」
「私たちの新たな仲間。リオーナさんだよ。剣の扱いがすごーく上手い人なんだ」
「よろしくお願いしますなの! リオーナお姉ちゃん」
「あ、ああ。こちらこそよろしく――この子も?」
「うん、私の仲間」
そう言って『隷従の指輪』をそっと撫でる。するとリオーナさんの頬が若干、緩む。3人の中ではミミの笑顔は一番のチャームポイントだ。故に自然とそんな表情にもなってしまうのだろう。
「あ、そうだ! ロイドお兄ちゃん! これ、取ってきたよ!」
「お、どれどれ? ん? これは――惜しい。タスカナの実だね」
「え……? また間違っちゃったの」
「大丈夫。人間なんだからミスはあるよ。それにこれは煮詰めて食べればジャムとして食べられるから無駄じゃないよ。よしよし」
ロイドさんはビジロックでの約束を果たすべく、ミミを中心に薬学の指南をしている訳だが、最近は二人が一緒に居ない日を見ない気がする。それに答えるように、ミミは勉強に対して熱を上げているのか、遊びに誘っても振られることが多い。
「(まぁ、確かに『可愛い子には旅をさせろ』なんてよく言うけどさ? なんだか、ロイドさんにとられちゃった気分なんだよねぇ……)」
そんな私の勘ぐりを他所に二人は楽しそうに話しながら後ろを歩く。そんな気配を察してか、そっとグーファが隣へと寄り添ってくれる。これも大して気遣っている訳ではないのだろうけれど、最近は自然になってきている。
「ありがとうね、グーファ」
「え……急になんですか?」
「ううん、何でもないっ!」
そんな事を言っているうちに私たちの一団は孤児院へとたどり着き、そのままぞろぞろと中へ足を踏み入れて行った。
「フェリスさん、お邪魔しますー!」
「あらエリカさん! っ……と金を寄こさない経営者さん。よ・う・こ・そぉ?」
「な、なんで俺だけそんな塩対応なんだ?」
「ふーん、ウェイド様? 随分な態度を取るんですね? 今月の経営代は! いつになったら払うの!?」
「ひぃ! すぅーなんのことだっけかなぁ~? わ、わかんないなぁ?」
明後日の方向を向きながら口をとがらせるウェイドに対して、エリックさんがグイッと前に出てくる。
「ったく、茶番はそれくらいにしてください、ウェイド様? ――すみません。シスターフェリス。これが今月分です」
「やさしいのね、エリック! どこかのボンクラとは違って」
「あはは……ウェイド。なんだか今日は踏んだり蹴ったりだね?」
「ううぅ、良いんだよ。どうせ、俺はこういう立ち回りなのさ!」
強いんだか弱いんだが、よく分からないウェイドとそれをなだめる私を他所に、リオーナさんは周囲をきょろきょろと見回す。外では子どもたちが元気に遊びまわっているし、何なら剣術に励んでいる者もいる。それは正しく普通の生活としてリオーナさんには映るだろう。
「どう? リオーナさん」
「……。ここに居るのは親を亡くした孤児なのですね」
「半分当たり……かな。実際は『元奴隷の子ども』だよ」
「え、奴隷の子ども?」
「うん、信じられないだろうけど。私の屋敷にいたメイド長、セリーヌさんも元奴隷で、この孤児院出身なの」
「あの、淑女が?」
正しく、開いた口が塞がらないというべきだろう。まして、高貴な身分であるはずのウェイドが、孤児院の子どもたちに囲まれて楽しそうに会話をしているのだから。
一瞬、目元を擦ったセリーヌさんは安堵したようなため息を吐いて微笑を零す。
「これがあなたの言う普通の世界、か」
「そう。公爵という身分も奴隷とか、大人や子どもとかそんな括りで差別されない世界。それが私とウェイドが目指している目標」
「崇高な目標ですね」
「うん、まだ凄く遠い、道半ばの目標だけどね? それでも……私はここから少しずつ変えていきたいと思っている。だから、全部、ウェイドのことを信用しろとは言わない。けど、少しだけ考えを改めてあげて欲しい」
「っ……! はぁ、あなたという人は……」
そこまで読まれていたのかという表情が素に出るリオーナさんを見ながら、本当に彼女は『曲がらない剣のように嘘が付けない性格なのだろう』と私にはそう見えたのだった。
「よし、じゃあ! 名残惜しいけど、そろそろ入り口の警備に行こう! いつ魔王軍が攻めてくるか分からないしね! リオーナさんも協力をお願いします」
「はい、お任せを。その代わりと言っては何ですが、折りをみてここのお手伝いをしても?」
「ぜひ、来てください! お待ちしていますよ! 助っ人は何人いても良いですから!」
「あはは……」
フェリスさんはその言葉を聞いた途端、素早く駆けてきてがっしり手を掴む。
まさに猫の手も借りたい状態なのは嫌でも分かった気がする。苦笑いをするリオーナさんを他所に私はミミたちの方に視線を向けた。
「ミミとロイドさんは傷の処置に向けた用意をお願いしますね?」
「はい! わかりました。ここで働かないとウェイド様に奨学金を出してもらえないかもしれませんからね」
「ミミも頑張るの!」
「うん、頑張ってね、ミミ! それはミミにしかできない事だから」
「うん! 行こう、ロイドお兄ちゃん!」
そう伝えるとミミは満面の笑みを浮かべながらロイドさんをやや引っ張り気味で連れて行った。本当に病弱だった当初と比べると大きな変化だ。
「もしかして、エリカは……ミミを取られて寂しい?」
「ぁ……ぐ、グーファはどうなのよ?」
「まぁ、寂しいけど……ミミが「魔術が使えないならこっちを頑張るんだ」って言っていたから良い事、なのかなって」
私たちは無言でミミの背中を見つめる。生き方を強制されることは恐らく、どんな事よりも嫌だろう。それでも誰かのために、役立ちたいという思いだけは大切にしてあげたいと私は心で思うのだった。
そんな中、グーファがある事に気付く。
「ん? エリカ。何か鳴ってない?」
「え? 鳴っているって……確かに何か――あ、トランシーバーだ」
そこからは緊急を伝えるように焦る声が矢継ぎ早に流れていた。
『今、ギルドから連絡があった! 魔王城を目指して進撃していた討伐隊が攻撃に遭って半壊! 敗走したらしい! それを追うように魔王軍が――!』
その刹那、フレストの中心部から戦いの始まりを告げるように大きな土煙と衝撃波が上がった。




