第52話 うまい話
「――エリカさん、聞こえていますか!?」
「うひゃ!?」
疲れて爆睡中の私の頭にフレンシアさんの悲痛な声が響いて、脳が振動する。
よりによって昨日の今日だというのに叩き起こしてくれるとは一体、何事だと言うのだろうか。
「うぅ……おはよ……ふわぁ~」
「何を寝ぼけているんですか!! 早くギルドに来てください! 大変なんです!」
「え? ま、まさか魔王軍が――?」
「違います!! いいから早くきてください!!」
ただならぬ緊迫感を感じた私はセリーヌさんに話を伝え、朝食代わりにやきたてのパンを一つ咥えてギルドへ急いだ。すると、ギルド本部の前は人が大勢いて、馬車が通れないほど、混雑していた。
「これは……いったい……」
馬車を止め、人波をかき分けてギルド本部へ入るとフレンシアさんが必死にいろんな人へ頭を下げている最中だった。そして、私を見るなり駆け寄って来る。
「エリカさん、遅すぎます!」
「ちょっと落ち着いて! 何があったの?」
「ここに居る人たちはですね! 冒険者とは無縁でありながら、どこかしらのクランに入りたいと思っている馬鹿な方々なんです。どうしましょう!? はっ――!」
フレンシアさんは慌てて口を塞ぎ、周囲をきょろきょろする。幸い誰も聞いていなかったこともあり、心を撫で下ろしたのかゆっくりと付けたしながら話を始める。
「とにも、かくにも、もし優しき女神で取りたい人が居たら声をかけてあげてください」
「う、うん……でも、なんでまたこんなに人が?」
「情報がフレスト中に蔓延したみたいですね。魔王軍が攻めに来るため、クランが集結。決戦に向けて用意を始めた……と」
「ふ~ん……まぁ、昨日の集まり方も異常だったってのもあるけど……トドメは、もしかして私たちのせいだったり?」
「え? 今、なんて言いました?」
「い、いや? フレンシアさんは大変そうだなって」
とてもじゃないが、私が早めの避難を促した話がここまで膨れ上がったのかもなどとは口が裂けても言えない。
「エリカさんだって他人事じゃないんですよ!?」
「もちろん、わかってるよ? でもさぁ~? 普通は討伐隊に加わりたいってなるんじゃないの? その、なんていうかロマンがあるのってそっちでしょ?」
「あ~……まぁ、そうなんですけど……」
フレンシアさんは苦笑いを浮かべながらが事情を話し始めた。その話によれば討伐隊は既にここに居る人たちを精査し、能力が高い人間を引き抜いたらしい。
そして、『残念だが、我々にはもう時間がない。あなた達の力は防衛隊で果たしてやって欲しい』と言い残して逃げて行ったらしい。
「つまり、ここに残されたのは能力的に高くない人……と」
「ええ。要はエリカさんたちの防衛隊が完全にスケープゴートにされた形ですね」
「でも、他のクランのみんなは?」
「既に全てのクランが勧誘を終えてこの状況ということです……」
「なるほど……。完全にあぶれた人たちって事ね? ……というか、アルギオンさんは? 普通、こういう話は団長に行くものじゃないの?」
そういった最中からフレンシアさんは視線を明後日の方向へ向ける。
「ま、まさかあの人、逃げたの……?」
「はぁい! いつも連絡が取れるのに、今日は全く連絡が取れないんですよね!」
「はぁ~……まぁ、ギルマスの仕事もある中でこっちの事も兼任だろうから、分からなくはないけどさ……ねぇ?」
私は盛大なため息を吐いて半ば呆れるように目の前の群衆を回し見る。
身なりから察するに『いっちょ前に装備を着込んでいる者』も居れば、『うまい話があったから来ましたと言わんばかりの人間』もいる。
ただ、それでも人員は居ればいるだけ損はないと思った。
それに私たちのクランは実質4人しかいない。人員補てんが急務だ。
「しょうがない……リスク覚悟でやるしかないかな」
「どういうことですか?」
疑問を浮かべるフレンシアさんを他所に、私はニヤリと笑みを浮かべて大きく息を吸い込み、声を大きく張り上げる。
「え~!? フレンシアさん! 防衛隊の副団長の私に人員を回せないってどういう事ですか!? あ~あ~! 人が足りなくて困っているのになぁ! ここのギルドは人も回してくれないんだ~? カウンターにクランの入籍申請書があるのになぁ~おっかしいな~?」
「え? え、え、エリカさん!?」
チラッと見ると目つきが変わった人たちがフレンシアさんの方を見てジリジリと迫って来る。それを見るなり、フレンシアさんは少しずつ後ずさる。
「は、計りましたね!? ひぃぃ!! この恨みは忘れませんよ!!」
脱兎のごとく逃げ出したフレンシアさんの元へ加入希望者が殺到し出す。これだけミスリードな勧誘劇をすれば、おのずと人は来るものでギルドの一角に身を置いた私に声を次々とかけてくる。
「にぃし、ろーはー、とぅっと……入籍したのは30人くらいになったかな」
しかし、クラン名である『優しき女神』の名や奴隷を従えていることが噂になり出すと功を目当てにする人間だけが入り始める。
「奴隷なんて従えている奴が副団長とは……マジでヤバい奴なんじゃないのか」
「馬鹿。聞こえるぞ」
「あ~……これはやばい……。デジャブ感が――」
頭を抱えて、私がそう思うのにはリリアナとセリーヌさんたちメイドとの一件が頭を掠めたからだ。あの時と同じように陰口が蔓延する兆しが怏々として見え、「功が欲しいから入ってやった」と言わんばかりのように、自然と悪口が耳へと入って来る。
それは私が目指すクランじゃない。それに、これから先の戦いは命の駆け引きになる可能性だってある。そうなったら互いに背を任せれる存在じゃなければ、あまりに心もとない。最初は仲を深めればと思ったが、あまりに甘かった。
「仕方ない……。少し荒療治といきますか」
いつの世も入らせたくない人間は自主的にやめていただくに越したことはない。
重い腰を上げた私はすぐにクランに入る予定の人間をかき集めた。
「それでは今からクランに入るための試験を行います!」
「はぁ? そんな事、聞いて居ねぇぞ!」
「あら、そう? 受けて合格しないなら入籍は認めないから帰って貰って結構よ」
さっきとは打って変わって凄んで見せる。ここで何人か、やってられるかと離脱していく。それでもまだ、20人近くの人が残っている。
「試験はまず、フレスト全域を五周ランニングしてもらいます!」
「五周って正気かよ! この街がどれだけ広いか知ってんのか!?」
「うん、知ってるよ? 私がやれと言ったらやってもらう。ましてや、防衛の要なら街中を全て把握するのは当然でしょ? 嫌ならおかえり」
不敵な笑みを浮かべるとまた、数人が去って行く。それでも残る人間は残っている。
だけど、そう簡単に値を上げない事は知っているし、五周するうちに気も変わるだろう。
「そんんじゃあ、スタート! 正午過ぎには戻ってこないと失格とするので急げ!」
「マジかよ。鬼みたいな試験じゃねぇか」
「ほれ、ツベコベ言ってないで行け、行け!」
志願者たちを追い出した後、私はフレンシアさんを経由して屋敷と繋ぎを取った。
「――ということでグーファたちに伝えてくれる? セリーヌさん」
「わかりました。あまり気が進みませんが……」
「そこは私の『剣』を信頼しているし、そこまで達者な奴はいないと思う。……というか、いないって言い切れる」
「そう……なんですか?」
「あの希望者たちを少し見ていればわかるよ。じゃあ、よろしくね」
私は通信機を置いてフレンシアさんにお礼を告げる。
するとフレンシアさんは先ほどの恨みを晴らすようにグイグイと寄って来る。
「はぁ~? 受け入れると思ったら切るときましたか? それなら最初っから受け入れなければ良かったのに」
「うっ、さっきのはごめん。あーでもしないと来てくれないでしょ?」
「むっ……だとしても、ギルド嬢を利用するとは許せません」
「今度、何かご馳走するから」
「ほぅ? 私をご飯で買収する気ですね? その手には――」
「いや、ミミの件でもお世話になっていたし、絶対にご馳走する! 意義反論は認めません!」
私がそう強く言うとフレンシアさんは大きくため息を付く。
「はぁ、わかりました。今回の件はタダ飯で丸め込まれてあげましょう。でも、それはこの魔王軍を追っ払ってからにしてくださいね? でないと、オチオチご飯もゆっくり食べられませんから」
「うん、そうだね」
「――にしても、いいんですか? せっかく人員を手に入れたのに手放そうとして」
フレンシアさんは多分、私たちがクランを設立したときの話を指して言っているのだろう。『優しき女神』の地位は下の下。そんなクランに人を招き入れるには、こういうイベントごとが無いと無理に等しい。クランの拡大をみすみす逃す手はないと言いたいのだろう。
「別に? 私達の悪口を永遠に言ってる連中だよ? 私は……我慢できるけど、あの3人にはそんな無理はさせたくないしね。それにあの志願者たちには覚悟が無いから逃げる選択を取って欲しいんだよね」
「厳しいようにも聞こえまけど、やっぱりエリカさんは優しいですね」
「そうかな? んじゃあ、いっちょ悪者になってくるね!」
微笑を零しながら私は入り口に向かって歩きつつ、後方へ手を振ってギルドを後にした。




