第50話 剣の切れ味
「――いつまで貴様らは話し合いを長引かせているつもりだ?」
そう言って私たち、防衛側の元へ現れたのはビジロックのギルドマスターであるアルギオンだった。ビジロックで出会った時とは違い、鎧と剣を帯刀しているからか、風格が大きく見える。
それでも、いがみ合う連中は彼がどこの誰かも分かっていない様子で食いかかる。
「なんだとテメェ! 部外者はすっこんでろ!」
「そうだ! 俺たちは重要な取り決めをしているんだ。後からきて話に混ざろうとしたって遅いんだぞ!」
「はっ、地に落ちたな。フレストの冒険者も。こんな様子では先が思いやられる」
そう言いながらアルギオンさんはこちらに視線を向けてくる。私とグーファは見知った顔だから軽く会釈をする。その様子にやれやれといった表情で再び、いがみ合う連中へと視線を戻し、ピッと指を差す。
「さっきから話を聞いていたが、そこのお前」
「あ? なんだ?」
「お前は確か、10年のキャリアがあると言ったな? その割にはこの場を治めることもできんのか?」
「うるせぇ。俺ら『火鉄の柱』は経験則がお前らとは違うんだ。それを理解できないお前らが雑魚なだけだろう」
「フン……単に意地っ張りな集団という訳か」
「なん……だと……?」
アルギオンは鼻で笑いながらクラン『火鉄の柱』のリーダー、アレスを馬鹿にしつつ、クラン『連剣隊』のリーダー、ナーズに向けて指を差す。
「お前も防衛隊の団長を務めるにはあまりにも不適格だ。たかだか、30年の地理構造ごときで戦闘の盤面を覆せるとは思えんしな」
「部外者のお前には言われたくない! どれだけ俺がこの街を愛し、王に忠誠を立てているか知らないだろう!」
「それを知ったところで何の意味がある? この戦いに勝ち、生き残らなければ意味がない。大体、言葉だけなら誰だって言えるんだ。――俺だってこの国に忠誠を尽くし、愛しているってな?」
「俺を馬鹿にするつもりか!」
「いいや? この状況では明確な素質が無ければ無意味なんだよ。若造」
「――ということは、貴殿は我々、『流星軌』が団長に相応しいと思っていると言う事だな?」
ねじ込むように話を割り入れたのは、クラン『流星軌』のリーダー、ルダークだった。そんな彼をアルギオンはやれやれと言った表情で見つめる。
そして、思いっきり面倒臭そうに口を開く。
「寝言は寝て言え。たかだか、2人相手に統率も取れない奴が団長をやれるとでも?」
「じ、事実、我々のクランは大規模な人数で――」
「それ以上はやめておけ。大規模なクランであれば功を立てるために討伐組に関わっているはずだぞ?」
「そ、それは……防衛に当たった方が功を立てやすいと思ってのことで――」
「はぁ……。引くつもりはないんだな? ならば聞くが、大規模クランである『流星軌』の名前をビジロックでは聞いたことがないのだが?」
「……!」
声が詰まる彼に対してアルギオンは冷酷に言葉の刃を突きつける。
「つまり、そこまで有名ではない三流――それも、ただ人を寄せ集めただけのクランと言う事だろう? それだから不適格だと言っているんだ」
もう『流星軌』のリーダーは何も言い返せず、その場に崩れ落ちる。
この場は完全にアルギオンの独壇場と化す。そして、意味ありげに視線をしばらくの間、こちらへと向けていた。
多分、私が名乗り出るのを待っていたのだろう。
それでも私は出る気がない。だから視線を落とす。
すると、その視線に気づいたのかアルギオンはため息を吐いてこういいのけた。
「ここの防衛隊は俺が指揮する。俺はビジロック、ギルド本部でギルドマスターを務めている。その性質上、適任の仕事場だ。異存はないな?」
「隣国のぎ、ギルマスだと……?」
「ああ、同盟国同士で助け合おうという訳だ。これは現在、床に伏している現皇帝の意向でもある」
「どおりで……。出しゃばって来ると思ったらそういう事か……」
「まぁ、そういう目で見られても仕方がないが、意義反論があるなら言ってみろ。決まってしまったら覆せんぞ?」
全員がその言葉に顔を歪めるが、この場を治めたのも事実であったため、反対意見は最早でなかった。その時点で私はグーファから寄りかかるのを辞めた。
「グーファ? 肩を貸してくれてありがとう。そろそろ帰ろっか」
「え? でも、作戦とかがこれから決まるんじゃ……」
「うん。そうだと思うけど、アルギオンさんなら配慮してくれると思うし、私が何か言うよりも建設的な話ができると思うから」
「……そう、ですか。じゃあ、屋敷に戻りましょう」
グーファは私が疲れていると察したのか、手を添えて立ち上がらせてくれる。
なんだか、申し訳ないことをしてしまった気分になる。そんなことを思いつつ、テントを後にしようとするとアルギオンの声が後ろから響いてきた。
「待て! 優しき女神のエリカ!」
恐るおそる振り返るとアルギオンがこちらへと歩いてきて、私をじっと見つめる。
その目はまるで、親が子を見るような優しい目だ。
「お前は全ての話を冷静に聞いていたな?」
「え? ええ……」
「お前ならこの街をどう守る? 帰るなら今、それだけ言ってみろ」
アルギオンがそう言った途端、全員の視線がこちらへとへばり付く。
その視線たちは鋭さを纏っていて、味方の視線とは思えない。
ここで発言することすべてが危険につながるかもしれない。
そう思うと、私の額からは冷たい汗が流れる。
「あはは……私には特に案という案は無いので――行こう、グーファ……」
逃げに転じた次に出た言葉は小さな声だけだった。
でも、一向にグーファが動かない。そして、彼は音を立てて唾を飲み込んだ。
「エリカ、逃げないで立ち向かってください」
「え……?」
そして、公衆の面前で私を抱き寄せる。
力強く、それでいて優しさを感じる暖かさで決意を込めた言葉を私に告げる。
「僕が必ず、全員を守ります。僕はまだ、『エリカの剣』としては不十分ですか?」
「いや、そんなことない! グーファは頑張ってくれてるよ」
「なら、自信を持って言ってください。今のエリカは、僕らに気を使って、考えを楽な方に捻じ曲げて……見ていて、すごく格好悪いです!」
グーファは何を分かったように言っているのだろう。ここで発言をすれば、私たちは戦いに巻き込まれかねない。そんな当たり前の未来が見えていないのだろうか。
私はみんなのことを考えて身を引こうとしているのに、そんな発言をされると凄く、すごく頭に来る。
「あはは……別に格好悪くたっていいよ。……私はあなた達を守れればそれでいいの。さぁ、もう話は終わり。行くよ」
「行きません。――僕らはそんなことを望みません」
「っ……! グーファ、怒るよ?」
沸点が上がって行き、鋭い視線でグーファを睨む。
それでも、その視線すらモノともせずに冷静な口調で言葉を紡いでいく。
「エリカ。エリカは僕らに「全員が平等な世界を造りたい」と言いました。それなのに、あの公爵との一件から僕らを妙に守る様になった。無理をさせなくなった」
「それは違う……!」
「いいえ、違いません。誰よりも大切だと思ってくれているから自分がやりたいことにも蓋をして、言いたいことも黙って……僕らを優先するようになった。そうでしょう?」
「そんなこと、ない。そんなこと……。ぁ……あれ?」
気付けば止めどないほど目から涙が零れ落ちてくる。
その涙の訳は、それが事実だったからだ。『こうしたら楽しいかな』、『面白いかな』と考えた次には『危なくないかな』という考えが常に頭を過っていた。
そして、涙が流れ出した一番の理由は、彼氏であるグーファにそれらを言い当てられたことがあまりに衝撃的だったからだ。
「エリカ。剣の切れ味は使い手次第で変わります。エリカがそんなんじゃ、僕も自信を持てません。だから、僕に思い出させてください。これが僕の好きなエリカだって! エリカこそ、僕らの尊敬できる、守るのに値する自慢のマスターだって!」
「……!」
芯のある言葉に思わず、ハッとさせられる。今思えば、私はグーファたちと出会ってから今までどうやって接して、何を教えてきたんだろう?
そうだ。全力でぶつかって、困難を乗り越えながら『一人はみんなの為に、みんなは一人の為に協力し合うのだ』と教え、奴隷でも平等に生きれる世界を造りたいと言い続けてきた。
そこには確実に光が、輝きみたいな波が存在していた。
それなのに夢も希望も、自信も投げ捨てたら私には何が残るのだろう――?
そう思うと一気に涙が目から零れ落ちる。
「うぅっ……グーファ……ううぅ……」
「すみません、でも、この役目は僕にしかできない。言い過ぎた罰はあとで受けます。だから――」
「ううん……グーファの言う通りだよ。私が間違っていた。グーファ、私の目を覚ましてくれてありがとう」
私はアルギオンの方へと向き直り、歩き出す。その様に全員が自然と道を開けていく。もう私の心から迷いは消え去っていた。壇上に立った私は静かに全体を見渡す。
「私がこの街を守るなら……早期警戒のためにクランを街の主要出口から半径数キロ以内に配置し、偵察を行った上で危険と判断される状況下になったら、一番危ないポイント付近から民間人の撤退を進めていきます」
「な、何だと!? 街を捨てるということか?」
「場合によっては……」
「ふざけんな、そんなこと許されるわけ――」
「あくまで!! それも選択肢の一つということです。正確には違います。この街だって私たちの財産です。それでも街は再建すれば治る。けれど、人の命は戻っては来ない!」
「……。言いたいことは分かるがよ? 俺らにもメンツというモノが――」
「確かに。街を明け渡して敗北したとなれば、あまりにもお粗末です。……でも、皆さん、何か履き違えていませんか? 私たちは防衛隊は『討伐隊』と違って魔物を狩った数で評価されません。つまり、防衛隊は『街を守れるか、人命をどれだけ救えたのか』――それが評価される対象になるはずです」
アルギオンさんの方へ視線を向けると彼は深くうなずく。
それを視線で誘導しつつ、私は締めに掛かる。
「だからこそ、私たちは戦いよりも人命救助に動くべきだと思います。それに、ここには幸い『長年のキャリア歴』、『街の道路事情』、『人員力』。その3つを持つクランが居ます。力を合わせて各分野で活躍出来れば、功績はイーブンだと思いませんか?」
全員が顔を見合わせ、納得したような表情を見せる。誰が上でもなく、下でもない。平等に動くと言うのなら、もう文句のつけようがないだろう。
「ふぅ……」
自分が思ったことをそのまま、口に出せたせいか、久々にスッキリしたような感覚に囚われて気持ち良くなる。そんな私を他所にアルギオンさんが話を進めていく。
「よし。では、その作戦でいくとしよう。これ以上の妙案は出まい」
そう言ったアルギオンは立ち上がると思い出したようにこう付け加えた。
「以降の作戦は優しき女神のクランリーダー、エリカを中心に実施する。その為、防衛隊の副長は貴殿に任せる」
「え? ええぇぇ!? 私が副長ぅ!?」
数秒間、私の絶叫がテント内に木霊するのだった。




