第49話 指揮権争い
「これは尋常じゃないことが起こっている感じっぽいね……。多分、国ぐるみの戦いになるかも。ねぇ、グーファもそう思うでしょ?」
「うーん、僕にもどうなるかは想像が付きませんけど……とにかく異常事態であること。それは間違いないですね」
緊急放送から数十分後、私とグーファの姿はギルド本部前にあった。
目の前には完全に武装した冒険者たちが集まり、今回の緊急クエストについて楽しそうに話をしている。戦いを前に浮足立っているようだ。
それでも、私たちは至って冷静にギルド前に敷設された椅子へと腰かける。
「なんだろう、みんな、高揚感が纏っているみたい。相手は言葉の通じない魔物なのにみんな楽しそう」
「……多分、死にそうな思いをした事がない連中がほとんどでしょうから無理も無いと思います」
「そう……だよね。まぁ、とはいっても……少しだけ、その気持ちは私にもわかるんだけどね?」
私がそう言うとグーファは少し怪訝そうな顔をこちらに向ける。
「いや、だってさ? グーファも知っての通り、『魔王軍の襲来』なんておとぎ話のようなものでしょう? ……だから、誰だって浮足立つ。まぁ、死にかけた経験がある人たちなら、この状況がいかにヤバいか理解しているんだろうけど」
「……エリカ、あの、これは提案なんですが、聞いてくれますか?」
「ん? どうしたの? 改まって」
「その……話を聞かずに逃げませんんか? こんな危険で面倒な事から逃げたって誰も責めないし、気付きなんてしません。参加していない今なら引き返せます」
グーファは横に座った私の手を握って真剣な視線を向けてくる。
確かに、彼の言う通りだ。逃げてしまうのが一番、無難な手であることは間違いない。昔から『厄介事には関わるな』という事が鉄則だと言われていることは私も知っている。だから、グーファは勇気を出してここで退くべきだと進言してくれているのだ。けれど、私だって考え無しにこの場に立っている訳じゃない。
「グーファ、ありがとう。でも、私はグーファたちと出会ったこの街が危険に晒されているのに、見て見ぬふりは出来ない」
「でも……それは――!」
「うん、分かってる。危険な事と隣り合わせで、言っていることが『理想論』だってことも。それでもさ? もし、私たちがここで活躍出来たら《《奴隷への見方》》、少しは変わるんじゃないかな?って」
「……! まさか、それを狙って首を突っ込もうとしてるんですか?」
「まぁね。あっ! フレンシアさんが出てきた!」
グーファは若干、顔を歪めながらも前を向く。ギルドの前に建てられた簡易のステージに乗ったフレンシアさんは水晶を手に取ると頭に声が響き始める。
「参集頂いた皆様、ありがとうございます。これからフレストの防衛と魔王軍の殲滅の為、クラン規模でのクエスト受注をお願いいたします」
そこから先で話されたことは魔王軍、敷いては魔王を討伐するための討伐部隊とフレストの守りを固める防衛隊。そのいずれかに参加せよというモノだった。
「じゃあ、私たちもクエストを受けようか」
フレンシアさんの話を終えると周囲に居る人たちが少しずつ離れて行く中、私が立ち上がるとグーファが再び、私の手を掴む。
「僕たちの為に無理、していませんか? すぐに実現できる話じゃないのに、今のエリカは焦っているように見えるんです」
「……。無理はしてないって言ったら嘘になるけど、それでも私は進みたい。それがどんなに小さな一歩でもね」
「……分かりました。なら、僕は絶対にエリカを守ります。だから、辛いなと思ったときは僕を頼ってください」
「グーファ……ありがとう。頼りにしてるよ。私の剣士さん」
私達は互いの意志を確かめ合うように手を繋ぎながらクエストを受け付けるカウンターへと向かった。その受付カウンターの周辺にはクランのリーダー格らしき人間が多く居て、その外側ではメンバーらしき人たちがひしめきあっていた。
「この中を進むのかぁ……」
「じゃあ、こうしましょう。エリカ」
グーファはここぞと言わんばかりに私の腕に手を通して密着しながら前へと先導していく。顔は恥ずかしさからか赤いけれど、さすがは男の子というべきだろうか。
人込みを抜け切ると今度は今度で、罵声が飛び交い始める。
「先方はウチのクランだ!」
「いいや、田舎もんなどに任せてたまるか!」
「うちのアタッカーは他の連中と比べものにならんぞ! 名誉ほしさのボンクラどもが!」
「「なんだと!? やんのか、この野郎!!」」
そこは半ば修羅場だった。そして、その奥に鎮座する受付カウンターにフレンシアさんがいるのを見つけた私達は、その言い合いを眺めつつ前へと向かった。
「……なんか物々しいですね。まぁ、僕らには関係が無い事でしょうけど……」
「うん、やたら怖モテの人たちばっかりだしね……。フレンシアさん!」
「ふえ? あ、エリカさん!」
「なんだか大変なことになってますね?」
「あはは……まぁ正直、ここまでの言い争いになるとは思ってもいませんでしたけど――はっ!」
フレンシアさんは口をバッと閉ざす。すると、すぐに周囲の人間たちの鋭い視線が刺さる。その直後、筋肉質で紫の短髪男がフレンシアさんに肉薄してきた。
そして、中年感が滲み出る白い顎髭を触りながら睨みつける。
「フレンシアの姉さんよ? 魔王軍の討伐となりゃあ、統率力がなかったらできねぇんだ。これくらいの言い合いでガタガタ抜かしてんじゃねぇ!」
「ひっ! す、す、すみません! では皆さんで、しょうもない言い合いを――」
「あ!? 今、なんつった!?」
「健全な言い合いを――じゃない! 協議をよろしくお願いします!!」
テンバリまくっているフレンシアさんの横で私は耳打ちでグーファに語りかける。
「あはは……これはフレンシアさん、大変そう……。少し身なりが痛いおっさんもいるし」
「まぁ、身なりは別として……クランっていうのはお店みたいに知名度が命なので、自分の店が一番だって言えなくなったら人気はガタ落ちするから退くに引けず、言い合いになってるんだと思います……」
グーファも耳打ちで返してくれるが伝わって来る吐息が少しくすぐったい。
「エリカ? なんか顔が赤く――」
「よ、よぉし! フレンシアさん! 私たち『優しき女神』は防衛隊に回ることにしたから登録はよろしくね?」
しかし、グーファやフレンシアさんがポカンと口を開けて唖然とする。
あれ、私って何か不味いことを言っただろうか。
「エリカさんが守りなんて……意外です」
「でも、良かったぁ……。エリカが「討伐隊に」とか言いださなくて……」
「え? 2人とも私がそんなことを言うと思ってたの?」
「え? あっ、いや、だって……今まで散々、エリカは無理してきたじゃないですか! だから、こうもサッパリあきらめてしまうのが意外というか、新鮮で……」
「まぁ……正直なところ、討伐隊に交じりたい気持ちは無くは無いよ?」
だって、魔王がどんな怪物なのか気になるし、パーティーを組んで突撃し、魔物どもを蹴散らすなんていう事をしたいという気持ちはあるのだから。
「でも……この前の件で怖く、なったのかもね……?」
「エリカ……」
それが現実だ。それに、討伐隊に加わりたい考えを押し出そうとするだけでグーファたちや屋敷のみんなの顔が浮かんで来て、それは『ダメだ』と思考が止まる様になっていた。
「大丈夫です。エリカには僕が付いています。だから、怖い思いなんてさせません」
「――うん、ありがとう。頼りにしてるよ、グーファ」
体を擦り寄せて手を握るとグーファの顔が少し赤くなって可愛い。周りからみれば、少年の初心な反応一つだが、私の意志を動かすには十分なパワーがあった。
「よし! そうと決まったらやることをやろっか、グーファ!」
「は、はいっ!」
そんな勢いづく私に対してフレンシアさんはジト目で見つめてくる。
「お二人は本当に主従の関係……なんですよね? それにしては――」
「あぁ! えっと、これが私流の接し方なの! フレンシアさんは気にしない、気にしないの!」
フレンシアさんの追及を逃れるようにまくし立てると彼女はため息を付いた。
「怪しいですね~……まぁ、ギルドが看過するところではないので追々、プライベートで聞くとして――」
いや、そこは聞いて欲しいような気もするけど、すぐ喋りそうだから聞かないで欲しいなと思いつつ、書類を書くフレンシアさんの手元を追う。
「クエストに関しては防衛隊で参加登録をかけておきますね。恐らく、クランリーダーであるエリカさんには防衛隊の指揮を取る自己中――じゃない、ご立派なクランの方と念話で話ができるようになると思いますので、知らない人間の声が響いてきても驚かないでくださいね?」
「う、うん……わかった。あの、フレンシアさん。これから大変だろうけど、その……頑張ってね……?」
「え? そんな疲れている顔に見えますか? 私はこう見えていつも全力ですよ!」
フレンシアさんは笑顔を振りまくが、いつか闇討ちされてしまうのではないだろうかという危うさが見えてしまう。本当に大丈夫ののだろうか。
「あ、ちなみに防衛隊の方々はあちらのテントで話し合っていますので、ごあいさつ程度はしていただいても良いと思います」
「うん、ありがとう。行ってみるね!」
でも、私とグーファが防衛隊のクランが集まっているテントに向かうと他人の心配をしている場合ではなくなっていた。
「初めまして。私、優しき女神のクランリーダーをしてます。エリカです。これからよろしくお願いします」
「や、優しき女神だ? 『ユリュキエールの女神』のことか?」
「ああ、多分な? 優しき女神像からモジったんだろう。不吉な……」
「忌々しい……しかも奴隷連れだぞ。奴隷の始末なんぞを魔物に託すなんてな?」
「あはは……私たちのあいさつで話し合いを止めちゃいましたね。どうぞ、続きを――グーファ、こっちの隅で掛けてよっか」
「っ……」
「グーファ、いいから」
私達を非難する言葉が連ねられて私の心は折れてしまった。
正直、あそこまで丁寧に言葉を折り返せたのも奇跡に近かったし、飛び出し掛けたグーファを押さえれたのも、また奇跡だった。
だって、勝手に私の手と足がかくかく震えてしまっているのだから――。
「グーファ、ごめん。少しだけ肩……貸して」
「エリカ……。クソ、あそこまで好き勝手に言われて」
「いいんだよ。グーファ。言いたいい奴には言わせておけばいい。それだけだよ。だから、今だけは……」
いつから私はこんなに弱くなってしまったのだろうか。
色々なことに興味があって時間を分散させたいなんて思うほどなのに、争いごとに発展しそうになると自分から身を引いてしまうようになっていた。まるで、自分が自分ではないような錯覚に捉われる。
「(これならいっそ、屋敷に戻ろうかな……)」
そうも考えた。しかし、この場でとんでもない決定をされたら覆しようがない気がして粘り続ける道を選んだ。そして、数時間にもつれた話し合いの結果はまだ、煮詰まらず、誰がトップに立つかすらも決まっていない状況だった。
「だから、俺の方が10年以上のキャリアがある!」
「馬鹿を言うな、俺はこの街に30年以上、住んでいる! 裏の裏道まで知り尽くしているんだぞ!」
「いや、ダメだ。統率力と人員力が高い、我がクランでなくては何も始まらん!」
それはもう、目も当てられないほどの権力争い。
私から見れば誰が上に立ったところで魔王軍襲来の花形は『討伐隊の人間』だ。いくらここでいがみ合っても彼らには敵わないと思っている。それこそ、どんぐりの背比べだ。
「――いつまで貴様らは話し合いを長引かせているつもりだ?」
「え……この声、どこかで」
「まさか――でも、なんであなたがここに?」
その声はかつて、隣国ビジロックで聞いたことがある男の声だった。




