第48話 日常からの危機の始まり
「エリカ様、お茶のお時間です。失礼しますね」
「あっ! もう、そんな時間かぁ……」
私、エリカは屋敷のメイド長であるセリーヌさんを部屋に招き入れながらバタバタと部屋に散らばった剣の掃除道具を片付け始める。
「エリカ様も熱心ですね?」
「ん~まぁね。例の公爵の一件で自分の身は自分で守れるくらいにはならないとって思って。ほら、備えあれば憂いなしっていうでしょう?」
「そうですね。最近、森に魔物が出る量が多いって聞きますし、腕を磨くことに越したことはありませんが……」
セリーヌさんは心配そうな目で私を見つめる。彼女は2ヶ月前、公爵家との揉め事で死にかけた『私たち』を心配してくれているのだ。
「大丈夫だって! 魔物を倒しに行く時はいつもグーファとリリアナと一緒だし、ミミが一生懸命作ってくれたポーションだって持ってるから」
「そういうことでは……」
「分かってる。でも、あの子たちを見ていたらそうも言ってられないし、頑張るしかないでしょう?」
窓の外からカンカンという音が響く。その先には赤毛の青年と金髪の少女が木刀で鍛錬を行っていた。でも、明らかに赤毛の青年が強い。一撃ごとに金髪の少女が押されている。
「さすがは私のグーファ。スピードもキレがあるなぁ~……」
「そこは「さすが彼氏」と言うべきでは?」
「……。そ、そこ!! からかわない!」
ピシッとセリーヌさんに指を差すが、彼女は銀色のおぼんで顔を少し隠しながらにこやかな笑顔を見せる。でも、実際は本当の事だ。二か月前、私と奴隷の彼は主従の関係ながらも、お付き合いを始めた。
「あれではリリアナ様の負けは確定ですね。――あっ、勝負が付いたみたいです」
そして、次の瞬間には金髪少女の駄々《だだ》を捏ねるような声がこちらに響いてくる。
「エリカぁ!! グーファに言ってやって! 女には手加減してよって!」
「あはは……。ったく、負けん気が強いんだから。――悔しかったら一本取ってみろって、この前グーファに言われたんでしょう! リリアナは取れないの?」
「……くぅぅ! もう一回、やるわよ!」
鋭い眼光でグーファに木刀を向けると再び駆けていく。仲がめっぽう悪そうに見える二人だが、この金髪少女『リリアナ』は私の二人目の奴隷にして、私とグーファの関係を応援する理解者でもあった。
「完全にリリアナ様には火が付いてしまったみたいですけど、大丈夫でしょうか?」
「うーん……グーファが押し切られるとは思わないけど、いざとなったら金髪公爵が止めるはずだから大丈夫。誰かさんの思い人は凡人じゃないでしょ?」
「お、思い人……ですか? はて? だ、誰のことを言っているんでしょう?」
「さぁ? 誰かな? 誰だと思う?」
「エ、エリカ様のそういうところ嫌いです!」
「うん、嫌いでも良いけど~? それで~誰の思い人だっけかなぁ~?」
私がセリーヌさんをグイグイと言葉で追い詰めている最中、透き通った声が窓の外から聞こえてくる。
「――そこまでだ。お前ら何時間、取っ組み合いをしてるんだ?」
「「どちらかが参りましたと言うまで!」」
「やれやれ……こんな所をエリカが見たら悲しむぞ? ――どんぐりの背比べみたいな剣術をエリカに見せているじゃないか。……って、お~い! エリカじゃないか! お茶をしているなら俺も混ぜてくれ」
見事なまでの挑発をかましながら呑気に金髪公爵こと――ウェイドがこちらへと手を振る。だが、その直後にはグーファとリリアナの怒りが爆発したのか、息を合わせてウェイドに攻撃を掛け始める。その様子にセリーヌさんは慌てふためく。
「え!? 2対1なんてずるいです!」
「そう? ウェイドからしたら子どもとじゃれて、遊んでいるようなモノだと思うけど……? それに見て」
ウェイドは木刀も持たず、体裁きと体術だけで簡単にいなしてしまう。挙句の果てには二人で連携しようとしたタイミングを見切り、グーファとリリアナを正面衝突させる。へなへなとなった二人を前にウェイドはニコニコして見せる。
「だから言っただろう? どんぐりの背比べだと。こういう場合は相手の死角から攻撃するのは基本だと青二才、お前には教えたはずだが?」
「くっ……リリアナが――」
「グーファがしっかりしないから!」
「はぁ……それにだ。頭に血を登らせれば思考が鈍るとも教えたはずだぞ。今は少しお茶でも飲んで冷静になれ。――よし、行くぞ!」
そう言いながら屋敷の方へと三人が向かってくる。私は予想の範疇だと言わんばかりにセリーヌさんへ目線を向ける。
「ね? だから言ったでしょ? まぁ、ああいうのを見たら乙女なセリーヌさんは好きになっちゃ――」
「じゃ、じゃあ私はお茶の用意をしてきます!」
「あ、待って! ……ったく! 逃げ足だけは早いんだから!」
惚けた顔になっていたセリーヌさんはすぐに我に返って脱兎のごとく、部屋を抜け出していった。ああいう純粋なところは見ていて飽きないし、何よりしぐさが可愛い。
「あの良さがアイツに伝わらないのが何よりも問題よね……」
私は一人テーブルに頬杖をしつつ、紅茶を口に含む。
それと同時に部屋がノックされた。
「は、はいっ!」
「エリカお姉ちゃん、失礼しますなのぉ!」
「ミミ! それにロイドさんも!」
唐突に扉を開け放って入ってきたのは天真爛漫な茶髪の少女ミミだった。彼女と私の関係も奴隷と主人ではあるが、今では妹のような立ち位置で薬草などの勉強をしている健気な幼女だ。今日も入り口で佇んでいるメガネをかけた青年ロイドさんと薬草についての勉強をしている最中だったはずだ。
「ミミ? もう、勉強は終わったの?」
「ううん、でも、セリーヌさんとロイドさんがお茶にしましょうって」
「そっか。じゃあ、一時休憩ってやつだね」
私が頭をワシワシと撫でるとくすぐったそうにミミは笑う。彼女もまた、先の公爵家との争いの中で『魔力回路の損傷』という重傷を負い、魔術を使うことが難しくなった経緯があったが、今ではロイドさんの張り付いてノウハウを蓄積している。
「で、ロイドさん? 最近のミミはどう? 勉強は捗ってる?」
「ええ。ミミさんはすごく物覚えが良いので教えがいがあります。私よりも早く薬草を見つけてしまうくらいですから」
「へぇ~そうなんだ。さすがはミミだね。この前のポーションも効き目が凄かったし、偉いえらい!」
「えへへ。エリカお姉ちゃんに褒められた! これからもたくさん勉強する!」
私がミミをほめちぎっているとそこにグーファたち三人とセリーヌさんが合流し、お茶会が始まった。なんやかんや騒ぎながらのお茶はなぜか、さっきまでのお茶よりおいしく感じる。その風景を見て私は笑みを零す。
「(これが私のかけがえのない仲間。ううん、失いたくない仲間以上の家族だから、これからはみんなとうれしいこと、楽しいことを共有して前に向かうんだ――)」
「ウェイド様!!」
しかし、そんな思いは金髪公爵ウェイドの右腕であるエリックの登場で急変を告げた。開け放たれた扉から風が吹くと同時に私の頭の中にサイレン音と共に聞き覚えのある声が響き渡る。
「――こちらはフレストギルド本部です。フレストに在中する全冒険者に対してグレン・フレスト王家より『魔王軍討伐』の緊急クエストが発布されました。現時点をもって緊急呼集命令を発令します。至急、冒険者はギルド本部に集結、願います。繰り返します――」
「どうしたんだ、エリック。そんな血相をかいて」
「この声ってフレンシアさん? 魔王軍って……どういうこと?」
「は? 魔王軍? なにを馬鹿なことを――」
「いいえ、嘘ではありません! 魔王が、魔王が復活したんです!」
肩で息をしているエリックさんはそう言い放った。でも、全員がその言葉の意味を理解するまでの間、沈黙が広がったのだった。




