第47話 ケジメの付け方
「っ……。はっ! 貴様はルグラスの……女!」
「お目覚めの第一声がそれ? まぁ、いいけどさ」
ウェイドがスコット公爵を斬り捨てた数時間後、私は同じ場所にとどまり、鉄の鎖で椅子に括り付けられた外道公爵に睨みをかましていた。
「アンタ、覚悟できているわよね? 私の仲間に手を出した代償は高くつく」
「な、バカを言うな! 我は兵たちに「村の人間を街の中に入れるな」と言っただけだ。お前らのことなど知るか! 勝手に絡んだのはお前らぞ! それに我は――」
「はいはい。もういいいわ。要は「我は公爵だぞ」って言いたのよね? フッ、それがどうした?」
私は唾を吐き捨てるように言葉を潰す。そして背負っていたバッグを降ろして中から複数のビンを取り出して机に並べていく。コトン、コトンと良い音がする中、私は子どもに教育するように――それでいて、恐怖を煽る様に発言していく。
「私たちは人間であることに変わりはない。そうでしょう? それくらいわかるわよね? そこに地位や身分の差は関係ないし、それによって差別されるべきじゃない。奴隷であってもそれは人間だし、誰にだって人格はある。まぁ、そりゃあ? 確かに生まれた環境で恵まれた者、恵まれなかった者の差はあるかもしれない……。それでもね。私たちは「人間」という括りで生きてる。そこに違いなんてありはしない」
「ははっ! 奴隷の使役人でありながら優劣が存在しないと言いたいのか? 馬鹿げた道徳心だ。そんなことがこの世の中にあるわけが無かろう!」
「そう……。あなたはそういう人だったわね。――なら仕方ない」
「な、何をするつもりだ……!!」
私は赤黒い液体が入った瓶を片手に彼を椅子ごと床に蹴り飛ばす。
「なにって……殺しはしないわよ? だから安心して。今からするのは……そう、私の大切な仲間を――家族を痛めつけてくれたあなたに対する報復よ!」
「や、やめろ! やめんか! そんなことをしてタダで済むと思っているのか!!」
「うん。思っているよ。だって、あなたが言ったじゃない? 「優劣」は存在しているって。それならこの状況に限って言えば私が上で、あなたが下なだけ。それに何か勘違いしているようだけどね? もう、あなたは公爵じゃない。それなら――平民の私が平民のあなたに何をしたっていい訳じゃない」
「う、ぎわぁあああ!! いやぁぁ!! 辛い、いたぃっ!!」
目や口、鼻に対して次々に液体や粘土状のモノを流し込む。その光景を見ていたウェイドはくすくすと笑っていた。余程、私の切り返しが面白かったらしい。その一方でグーファは複雑な顔をしていた。
「あとはこっちでケリをつける。だから、エリカは青二才と帰れ」
「分かった。ウェイド、ありがとう」
「いいや、お前にだって今回の件を整理する権利はある。気にすることはない。それから青二才。お前も拗ねるな。帰り際でエリカを責めるなよ? 俺が提案したことだ」
「っ……! 分かってる。その、先に行ってます!」
「あっ! グーファ、待って!! ……って、行っちゃった」
「ははっ、あれは単なるやきもちだ。気にしてやるな」
「やきもち? そんな簡単な事じゃないでしょう?」
「……。そんなことを言うなら、最初から今回の報復に乗らなかったら良かっただろ? これだって織り込み済みだったはずだぞ?」
「それは……そうだけど……」
「それにお前が思うほどアイツは軟じゃない。今回、お前はずっと寝ていたから知らないだろうが、誰よりも全員を心配して努力をしたのは青二才だ。それこそ、エリカがやった役をしたかったのはアイツだろうさ」
そう言いながら曲がり角で見えなくなった残像を優しく見つめるように語った彼は、ニコニコしながらこう続けた。
「だから、気にする必要なんてないさ。ただ単にあいつが気に食わない顔をして逃げて行ったのは、俺とエリカがコソコソやっていたからだ。まるで、自分が仲間外れにされたように思っているんだろう。……んまぁ、気持ちは分かるけどな。なにせ、俺とあいつは誰かさんを取り合う恋仇だしな」
ウェイドは「してやったり」と顔に書いてあるかのような表情で私を覗いてくる。
しかし、これは私に変な気を使わせない為の演技だということは分かっていた。なにせ、今回の計画自体、私が暴走しないようにウェイドが予防線を張った作戦だったということに私は気付いているからだ。
「……。ありがとう。言葉だけ貰っておく」
「ふ~ん……あまりいい返事がもらえないとウェイド君も拗ねちゃうんだけどな?」
「何がウェイド君よ」
「いいだろ? たまにはそういうキャラ変も」
「はぁ……」
一見、ただのチャラい公爵家の金髪長男。けれど、その場に応じた機転と気遣いをしておきながら、決してそれを相手に悟らせない。それがウェイドの良い所だ。
「まぁ、お茶くらい付き合ってあげる。今回のお礼として」
「そこは「お嫁になる前段で」っていう所だろ?」
「いや、言わないから。それに婚約はしません」
それからウェイドの「嫁になってくれ」という追撃をかわしつつ、グーファが待つエントランスに行くとそこにはセリーヌさんが息も絶え絶えで、肩で息をしていた。
「はぁはぁはぁ! エリカ様! グーファさんも! 大変ですぅ……!」
「ど、どうしたの? そんなに息が上がって! まさかリリアナたちに何か……!」
「はいっ! 先ほど……お二人が目を覚ましました!!」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で張りつめていた糸が切れて気付けば、セリーヌさんとグーファに手を回して抱きついていた。
「良かったぁ……良かったよ……!」
「本当に……ほんとうに目覚めたんですか!?」
「はいっ! ロイドさんが急いで知らせてあげてほしいと仰って」
「……! エリカ。こんな所に居る場合じゃない! 今すぐ帰りましょう!」
「うん、そうだね!! 私たちの家に!」
そこから急いで馬車を走らせ、屋敷に帰ってみれば体を起こせないものの、目を開けている二人に会うことができた。ロイドさんによれば、三週間以上も寝たきりだったため、しばらくの間は絶対安静とのことだったが、短時間の会話なら毎日してもいいと許可をもらった。
「リリアナ……あの時はごめん」
「っ……あのときって……どのときよ? 心配させられ過ぎて……どれか、わからないわよ……」
「そっか……確かに。うう……でも、ありがとうぉ……。私の――ううん、ミミの為にも庇ってくれてぇ……」
「……いいのよ……それがアタシだから……。だから……そんなわんわん泣かないでよ……エリカ」
きっと、そう切り返してくると分かっていた。リリアナはツンケンしちゃう子だけど、心から優しい子だ。本当は私の数十倍、数百倍、辛いし痛いはずなのに。
だから、私の目からは涙が次々に零れる。
「でも、もし……もしも……これでリリアナが死んだらって思ったら――」
「……ばかね。アタシが……こんなところで死ぬわけ……ないじゃない」
そっとリリアナが私の手を握り、弱り切った顔だけをこちらへ向けた。
「だって……私たちは4人で一人でしょう? 一人はみんなのために……みんなは一人のために……そうやってきたじゃない」
「……うん、そうだね?」
「だから……エリカが泣く必要なんてない。マスターらしくしなさいよ」
鼓舞するようにがっちりと私の手を握ったリリアナはそのまま、眠りへと落ちて行った。その一方、ミミの方はというと――。
「どこか痛い所はないかい?」
「……あたま。あたまが痛いの……」
「なら、少し薬を打ってみよう。少しチクッとするよ?」
ロイドさんがこれでもかと言わんばかりに治療に専念してくれていた。
「ありがと……なの……おにぃ……すぅ、すぅ……」
「っ……。それで? いつまで見ているおつもりですか?」
「あはは……気付いてました? いや、治療の邪魔かなって思っちゃって」
「目元が赤いですよ? リリアナさんの所で泣いて来たんでしょうが、あまりそういう姿を弱っている人に見せない方が、心理的側面から考えても良いですよ」
「う、まぁ……そうですよね。ごめんなさい。それでロイドさん? 今回の件、本当に――」
「エリカさん、待ってください」
「え?」
感謝の言葉を伝えようとしただけなのにロイドさんは慌てて私の言葉を先回りで封じる。そして、私に向きなおった。
「感謝の言葉を受け取るわけにはいきません。今回の件はウェイド公爵からの依頼でお金で雇われている身。ましてや、自分はエリカさんたちとの契約を完遂していないわけですから」
「いや、でも……!」
しかし、ロイドは首を横に振る。
「そのお礼はエリカさんたちとの契約を完遂出来たらいただきます。それまではよろしくお願いします。ということで、今度はリリアナさんの方を見てきますね」
「え、あっ……ちょっと!?」
そうまくし立てたロイドさんは小さな鞄を持って飛び出していった。私は開け放たれた扉を前に「医者って気難しい人が多いのかな」と独りでに思いながらもミミの横で手を握り続けたのだった。
そして、その日は結局、明け方近くまで起きていた私はふらふらとした足取りでグーファの部屋へと入った。それは全てスコット公爵への報復行為を独断専行で考えてしまったことを詫びるためと今日までの頑張りを褒めてあげたかったからだ。
「グーファ? 起きてる?」
「え!? ど、どうしたんですか? こんな夜更けに」
「フフッ、動揺しすぎ!」
ノックもせずに入ったこともあってか、グーファの動揺が離れた位置でも感じ取れてしまう。けれど、私は有無を言わせず、グーファを抱きしめた。
「すこしグーファ成分を補充しようと思って」
「な、なんですか。それ! ちょっ……」
「ふふっ……まぁ、それは嘘半分、本当半分だけどね。よいしょっと」
そのまま近くにあったベッドに腰かけてグーファを隣に座らせる。
「しっかりグーファに「謝らないと」って思って」
「あ……ああ、その件なら良いですよ。僕もスコット公爵をこらしめてやりたかったですから。でも、ウェイドの奴とコソコソしていたのは許せません。エリカは僕のお、お付き合いしている人で――ああもう……僕だって! ……僕だってエリカ成分を補給したいです。少しくらい……わがまま言わせてください」
グーファはそのまま、私の膝の上へ頭を降ろした。唐突な行動に顔が赤面して、ビクッとしてしまうが、それでも嫌ではなかった。グーファのストレートな言葉が何よりも私は好きだった。
「これからもよろしくね。私の剣士さん」
「はいっ、こちらこそよろしくお願いします……!」
こうして、長かった一か月が終わりを迎え、新しい1ページがまた始まりを告げるように陽が上がり始めるのだった。




