第46話 成長の断片
「エリカ様? エリカ様~? どこに行ったんだろう?」
「あっ、もしかして探してた?」
「そんなところに! 一体、どこに行っていたんですか? 金髪野郎が「もう行くぞ」って呼んでますよ? ……って、その背負ってる鞄は?」
「あはは……秘密」
「……?」
「まぁ、行こうか! グーファ!」
私たちは遂に今回の一件にケリをつけるべくエリックが操る馬車に乗り、スコット・コーベル公爵の屋敷へと向かった。けれど、なぜだろう。すごく緊張感がない。
「エリカ、このスイーツが美味しくて街で有名なんだそうだ。一口どうだ?」
「ウェイド様? 最近、甘い物を食べ過ぎです。少し控えた方がいいですよ?」
「そうそう。控えた方が良い。それにソレ、エリックさんに買ってきてもらったやつだろ? 人に頼んだものを自分の手柄にするなんておかしいだろ」
「何と言われようが、エリカはこういうモノが好きなんだ。エリック、お前も女性の前で余計なことを言わないで黙っていろ」
そんな会話を私はジト目で見つめながら大きく息を吐いた。
「あのさ~? 私たち今から戦いに行くんだよね? こんなマッタリしてていい訳? 少しはこう、作戦ブリーフィングとかザ・戦い前みたいなことをしないの?」
「まぁ、そんなに気負っても仕方がないだろ? エリカはそこに居ればそれでいい。あとは俺たち三人がケリをつける」
「そうですよ。エリカは僕のう、後ろに居れば安心ですから!」
ウェイドたちは堂々と言ってのける。その威勢はとても素晴らしいものだが、これから始めるのは殺し合いだ。事実、にこやかに話すウェイドは少し鋭い目線でこちらを見ている。
「(それにグーファ……あなたにこの数週間で何があったの?)」
以前に増して男らしくなった雰囲気が漂うグーファに、そんな思いを巡らせる。
しかし、馬車はあっという間にスコット公爵邸へと着いた。門口で止まるとすぐに敷地を守る私兵が「夜分に何事か」と歩いてくる。だが、その数秒後には音を立てる間もなく血を流して倒れた。
「ふぅ……造作もない。さぁ、お屋敷の中へ行きましょうか」
そう言ってエリックさんは軽いゴミ掃除でもしたかのように屋敷へと馬車を進め、今度はウェイドが盛大に屋敷の入り口を開け放つ。
「さーて。始めるとするか! 本丸は二階だろうし、サクッと行こうじゃないか!」
「ちょ、ちょっと! さすがにこんな音を立てたら――」
「何事かと思えばルグラスの……! ハハッ! 遂に気でも狂ったか?」
「あちゃぁ……ウェイドのバカ」
「エリカ、そこはカッコいいと言ってくれ? 大体、こんなの想定の範囲内だ。心配することじゃない。」
「貴様ら、我の敷地に無断で入って生きて帰れると思うな!!」
高級そうなシャンデリアが煌めく玄関ホールにスコット公爵の声が響く。しかも、彼は数十名の私兵と共に二階から弓で狙っている。これでは完全におびき出された獲物だ。
「無断で敷地に入った賊だ。全員を殺せ!」
「無断ではないぞ? 理由があってのことだ」
「この期に及んでなんと白々しい。我を殺しに来たのだ! 容赦をするな! ――貴様を消せればジルバート様にもいい報告ができよう。アハハハッ!!」
「ほぉ? 今、すこぶる不味いことを言ったぞ、お前。もし万に一つ、いや億に一つ、俺から逃げられたとしても必ず、消されることになるだろうな」
「ここで死ぬ奴の戯言など知らぬわ!」
「ふ~ん、逃げんのか? まぁ、それもそうだよ――なぁ!!」
その次の瞬間、エリックとウェイドが剣を居合切りの度量で抜く。すると思いっきり突風が吹き荒れ、その隙にグーファが飛び込んで乱戦に発展する。
「これは、もう座って待っていてもお釣りがくるな。あいつに任せて大丈夫だろう」
「信用するのは結構ですが、エリカ様から白い目で見られますよ?」
所詮は弓を持った兵士たちということもあり、至近距離に入り込んで瞬く間に峰内で意識を刈り取っていく。それでも、弓を放ってくる兵士には倒した兵士を盾に使いながら迅速にグーファは制圧していく。
そして、静かになると同時にグーファは階段の踊り場へと姿を見せ、スッと剣を鞘に戻して私たちを見る。
「スコット公爵は奥へ行ったぞ。もちろん、言いつけ通り手を出さなかったぞ? 気に食わないけど……」
「ああ、それでいい。俺が手を下すべき相手だからな。それに殺すとしてもまだ罪状読み上げていないしな」
「ウェイド様……子供のお使いでもあるまいし、そこまで配慮する必要がありますか? あの外道に」
「まぁ、そう言うな。せっかく青二才にとっては貴重な実戦だ。楽しませてやろう」
「はぁ……ったく、うちの公爵と来たらこれだから……」
「あぁん? なんか言ったかエリック? ――っと新手のお出ましだ」
そんな話をしているうちに私たちを殺そうと私兵たちがやって来る。しかし、戦闘慣れしているエリックとウェイドがバッタバッタとなぎ倒していく。それに加えて、私のことは完全にグーファが守ってくれる。
「てぃっ! 弓矢なんてモノを使うなんて小癪な奴もいるもんだなぁ! エリカ様は――エリカは僕が守ります。絶対に離れないで」
「う、うん!」
私はグーファの後ろに隠れ、弓矢や襲い来る兵士から守ってもらいつつ、すこしずつ前進していく。時間にして五分もかからないうちに敵を倒しきった私たちは各部屋を練り歩き、スコット公爵が逃げたと思われる最後の場所へと踏み込んだ。
「あれ、あの公爵が居ない? 私たちの見落とし……じゃないよね?」
「ああ。そんなことがあるわけない。ほら、エリカ。ここを見て見ろ。床に本が散らばってる。――ということは……だ」
ウェイドが本棚をいじるとその裏側に下へと降りる階段が現れた。無均質なその階段はいかにも秘密基地を彷彿とさせる。
「緊急用の脱出路とかかな?」
「いいや、それは無いな。エリカ、お前に俺が今朝、言った事を覚えているか?」
「今朝っていうと……あの実験の話?」
「そうだ。アイツは周到に薬物実験をやるために子どもをさらう算段をしていた奴だ。つまり、自分の利益が最優先の男だ。それだけプライドも高い。そんな「俺、最強」と思っている奴が逃げるための装置として隠し扉を作ると思うか?」
「だとしたら……この先って――」
「恐らく、実験用のラボだろうな。悲惨な光景があるかもしれん。覚悟して行こう」
そう言いながらウェイドはゆっくりとした速度で階段を降りてゆく。すると、その先には案の定というべきか、無数の水槽が並んでいて、その中には子どもたちが入れられていた。
「なんてこと……私たちが思っている以上の事をしているのかもね。あの公爵……」
あまりの光景に全員が絶句する。しかし、そんな中、不意に前方の扉が開く。
そこから何人かの小さな人影がこちらに歩いてくる。
「あれって――あっ、村の子どもたちよ! 助けないと!」
「待て! エリカ!!」
「え!? なんで!?」
グッと肩を掴まれた私はピタリと止まる。それと同時に子どもたちの手元がギラリと光った。そして、子どもたちの後ろからは下品な笑いが木霊し始める。
「フハハハハッ! こいつらは俺の『兵士』だ! いくらお前らとは言えども子どもは殺せまい! <我は主として命ずる――」
「まさか、この子たちを奴隷に――」
「かの者らを一人残らず、殺せ!>」
その刹那、子どもたちがナイフを持って突っ込んでくる。対応が遅れたウェイドは服の裾を切られてしまうが、子どもの一人に一撃を入れて意識を刈り取る。
「――下民が! 何を寝ている! <我は主として命ずる・奴らを殺せ!>」
「ぬわぁああああ!!」
「胸糞悪いことをしやがって……」
子どもたちは何度も意識を刈り取られても従属の指輪の力で起き上がる。それがどれほどの痛みか私にも理解はできないが、想像を絶するものだろう。
「まだまだこれは序の口だ! <我は主として命ずる・我の後に復唱せよ・火の聖霊よ。我が求めに応じて炎槍を穿て!>」
「危ないっ! エリカ様!!」
グーファは私に飛びついて実験機材の後ろへと押し倒す。その刹那、リリアナの魔術よりも膨大な出力の魔術がウェイドとエリックさんを覆った。到底、あの出力の魔術を食らったら生きては居られない。
「ウェイド、エリックさん!!」
私がそう叫ぶ中、スコット公爵の笑い声が響く。
「フハハハッ! 消し炭になっただろう! これで俺の天下だ!」
「エリカ、大丈夫だ――しっかし、ふっ、お前が天下を取るだぁ? 笑わせてくれる。馬鹿を言ってんじゃねぇぞ? 奴隷にするだけに飽き足らず、子どもたちに実験をしたな、老害クソ爺!!」
「な、何だと? あの魔術を食らって生きているだと!?」
ウェイドがエリックと煙の中からゆっくりと姿を出す。そして、自慢げに前を歩くエリックの肩にウェイドは手を置いて自慢げに話し始める。
「俺の右腕はオモテに出しても強いが、本業は裏方がメインだ。能力を低く見られては困る。エリック、さすがはルグラスの名に恥じない働きだな」
「ウェイド様、そんな馬鹿げた能書きみたいなことは良いですから、ケリを付けましょう。この無礼者に下知を――」
「ああ、分かっている。時間が無駄だな。こんな時間があるなら心配してくれた可愛いエリカとお茶をしていた方が楽しいしな」
ウェイドは頷くと静かに鞘から剣を抜き始める。
その正義感に満ちた瞳はスコット公爵を貫く。それは最早、殺意すら見えてしまいそうな迫力があり、焦った公爵は子どもたちに魔術を発動させまくる。しかし、その攻撃は全てエリックさんが張った防御魔術で無効化されていく。
「スコット・コーベル公爵。これは王家からの命令である」
剣を抜き切ったウェイドは右胸の内ポケットから丸められた布を取り出し、スコット公爵へ突きつける。
「貴殿には『村の近隣に自生する魔物を意図的に増殖させ、襲わせた上、禁止されている薬物実験を行うべく、村の子どもを素材として回収、それを実施した。よって、ここに公爵家としての地位をはく奪し、国外追放とする。また、これに対して抵抗する場合は王家の威厳を誇示するため、ウェイド・ルグラスの名の元に、スコット・コーベルの生死を問わず、排除することを許可する」
「そ、そんな命令ありえるものか!! こいつらを殺せぇ!!」
スコット公爵は王様からの命令にも関わらず、子どもたちを使って抵抗を続ける。
けれど、それも限界に達していく。使役していた子どもたちが血反吐を吐き、次々に倒れていく。私の目に見えるのは琴切れていく子どもたちの姿だった。
倒れて動かなくなってしまった子どもたちを前に私はただ抱きかかえて抱きしめてあげるしかできない。
「っ……。こんな、こんなのっ……おかしいよ……」
「もう情状酌量の余地はない! お前には地獄をみてもらおう!」
スッと踏み込んだウェイドがスコット公爵を斬り捨てる。だが、ウェイドの剣は血濡れていなかった。それがスコット公爵にとって地獄の始まりだった。




