第45話 朝日が照らす真実
「エリカ、もう泣くのは終わりにして僕と前を見ませんか?」
夜が明ける頃になるとグーファは静かに私へそう言って抱きしめる。自然と落ち着きを取り戻していた私は顔が熱くなるのを感じながらもグーファの体つきが明らかに変わっている事に気付く。どう考えても鍛え上げていることは肉付きからも分かった。
「そうだ、青二才の言う通りだ。まぁ、俺が言えた義理じゃないがな……すまん」
「ウェイド、いつからそこに……」
「さぁな? こうなることは俺も誤算だった」
そう言いながらミミの方を覗き込む。
「だが……悪い事だけじゃなかった。その分、良いモノを発掘できたしな?」
「は、発掘……?」
真剣な表情でウェイドはトントンとグーファの肩を叩く。それに触発されるようにグーファは少し息を吐いた。
「人をモノのように言うな」
「なんだと? エリカには見せてやりたかったよ。あの必死なまでのお前の嘆願を」
「え? どういうこと……?」
「なぁに……。こいつが俺に頭を下げたんだ。「俺を強い剣士にしてくれ」ってな、それこそ、地べたに頭を擦りつけてな――」
「黙れ。っ……」
ウェイドにネタをバラされたグーファはかっこ悪くてそっぽを向く。今までに何回も敵意むき出しで戦いを挑んでいたグーファがウェイドに頭を下げるとは思ってもみなかった。それ故に私は反応に困り、ウェイドの方を見る。
すると彼は少しにこやかな表情でこう続けた。
「ほぅ? 黙れと? 何ならこれからは稽古を付けてやらなくてもいいんだぞ?」
「っ……。すみませんでした」
「とまぁ、こいつはコイツなりに本気だってことだ。皆まで言わないが、今までの戦闘で自分がどういう身の振り方をするべきか、考えたんだろうさ」
「こいつの下に付くなんてごめんだったけど……エリカやリリアナ、ミミを守る為にこれが僕の取れるベストな決断だって思って……。だからプライドも全部捨てて、未来の為に頑張ろうって……」
「グーファ……。うんっ! さすが私の認めた男の子だね! えらい、えらいよ! それに、ありがとう……」
私はそのグーファの判断が嬉しかった。今までは誰かの為とか、私の為に何かをしようとしていた。それが今は誰にも言われず、自分の意志で自らの技能を高めようとする姿を前にグッと心が惹きつけられて、抱きつかずにはいられなかった。
「く、苦しい……」
「いいの、今だけは私だけのグーファなんだから!」
「「っ…………!」」
自分が言ってしまった言葉に顔を熱くしながらお互い微笑を零してしまう。
ウェイドはそんな状況につまらないような表情を浮かべながら首を掻く。本人からすれば敵に塩を送ったようなものだからしょうがないだろう。しかし、そんな矢先、ウェイドの右手であるエリックが廊下から駆けてきた。
「ウェイド様!! 大変です! 今、スコット・コーベル公爵が――!」
「ははっ!! 久しぶりだな! ルグラスの二枚目!」
「お待ちくださいと言ったはずです!」
「我は公爵であるぞ? お前に指図されるゆわれなどないわぁ!」
エリックさんの制止を他所に高圧的な態度を取りつつ、接近してきたスコット公爵は笑みを浮かべながら私たちを一瞥する。
「フハハハハ! これがお前の女か! 大したことなさそうだな!」
「お戯れを。彼女は私の妃に足る人です。侮辱するのはおやめくださいませ。――《《ご老体》》」
「ちっ……若造の癖によく言うなぁ? いい気になるなよ!! 俺の村人を何人か匿っているらしいじゃないか、耳を揃えて返してもらおう!」
「さて、何のことだか? わかりかねますが?」
「馬鹿め、シラを切る段階は当に通り過ぎている。もう、村人は我々が確保した! それで子どもはどこにやった? 国に仇を成す愚か者め!」
「子ども? 知りませんね」
ウェイドがくだらなさそうに吐き捨てるとケタケタとスコット公爵は笑い始める。まるで、勝ったと言わんばかりのように。
「実はな? 先ほど子どもの死体が一体。この近くで発見された。もう、言い逃れはできんぞ! 我から領民を奪い、それを殺した。これは極刑だぞ? あははははははははは!!」
「それはそれは……。で? ご用件はそれだけですか?」
「……! きょ、極刑だぞ! 分かっているのか!」
「ええ。広めたければ広めればいい。――だが、その代償は高くつくぞ?」
「くっ……喰えん男だ。せいぜい、そこの女と最後の時間を楽しむと良い!」
そう言うとスコット公爵は口を曲げながらも気分上々と言った感じで去って行った。
しかし、今の会話を聞く限りではウェイドが圧倒的に不利な状況にも聞こえる。
「ウェイド……本当に大丈夫なの? ヤバい状況みたいだけど」
「大丈夫だ。あいつはただ単純に勝利の美酒に酔ってるだけだ」
「え? どういうこと?」
「エリカは薄汚い公爵家の薬物実験――つまり、遺伝子改良実験を知っているな?」
「う、うん。ミミが昔、受けていたっていう実験よね?」
「ああ、あれは人体実験であるため禁止されている」
「き、禁止されているって……それじゃあ、ミミは!」
「そう、あいつも違法な実験をされたってことだ。特に子どもは成長がいいから遺伝子実験にもってこいなんだが、ミミのような被験者は大抵、奴隷市場に流される。なぜならそうした要因で死んだことを偽装することが容易だからだ」
「……? でも、それと今回の件、関係ないんじゃ」
私がそう言うとウェイドは「まぁ、そういう反応になるよな」という様な顔つきで私の顔を覗き込む。
「エリカ。お前が最初にこいつら、青二才たちを見た時、どんな様子だった?」
「どんな……って、え? まぁ、ボロボロで死にかけそうな顔つきだったけど?」
「だろ? つまり、実験に使おうとしても《《すぐに死んでしまう》》。となれば、実験する側からすれば『元気で健やかに育っている子ども』がいいよな?」
「ま、まさか……」
「そうだ。あのスコット・コーベル公爵は秘密裏に魔物を繁殖させ、天災のように装って子どもを回収する算段だったんだ。もう証拠も上がっている。何なら王からの勅命も受けている。『風紀を乱すやつらを根絶やしにせよ』とな」
そう聞かされた瞬間、強い怒りと憎悪が私の中で湧いてくる。これでようやく今回の一件にもケリが付けられる。リリアナとミミを傷つけた代償はデカい。ましてや私の大切なグーファにもケガを負わせたのだから。
「まぁ、俺らが行く予定だが、お前も付いてくるか?」
「な! 僕にはエリカは連れて行かないって! そういったじゃないか!」
「まぁ、そうカッカするな、青二才。エリカの場合、勝手についてくるぞ。そうなったら気を病むのはお互い様だろ?」
「そ、それは……」
「それに俺はそういうエリカのところが好きなんだ。どこの誰とも知らない奴らの為に頑張れる力を持っている奴なんて世界を探したって多くない」
「別に私はそこまで崇高な人間じゃないよ、ウェイド。今回は私の単なる身勝手な復讐で付いて行こうってそう思っているだけだから」
「ふっ……それでも君が思う以上に、他人から評価されているんだよ、エリカ。――まぁ、なにはともあれ3人で行くことは決まった。決行は今日の夜だ。それまでお前らは休んでいろ」
そう言ってウェイドとエリックさんは去って行った。残された私たちはただじっとその時を待ちながら、リリアナとミミの回復を祈るだけだった。




