第43話 甘い判断
「あら~エリカさん! ちょうどいいところに!」
私とリリアナ、ミミがウェイドの孤児院に着くとフェリスさんが元気よさげに手を振って迎え入れてくれた。しかし、その片手には屋外では不釣り合わせな配膳用のカートを携えていた。
「これは……?」
「あ~これは村の方たちの朝ご飯です! 今日はシチューにしてみました」
「うわぁ~美味しそうなの!」
「ミミちゃん、後で味見してみる?」
「うんっ! 食べるの! えへへ」
ミミが笑顔をまき散らして場を和ませる中、フェリスさんは私に視線を合わせる。
「エリカさん、手伝いに来ていただいて早速で申し訳ないのですが、配膳を手伝っていただいても?」
「ええ、もちろんです。でも、村人さんたちはどこに?」
「……。こっちです」
その返答と同時にフェリスさんの目線が一瞬、下がる。その理由は村人たちが住まう場所に着いてすぐに分かった。
「何度も言わせるな!! お前らが提供する飯など要らん! 公爵の温情など受けて生き延びるなど、わし等にはできん! ましてや、わしらを見捨てた冒険者からの飯など、死んでいった者たちに顔向けができんわぁ!!」
「エリカ! 危ないっ……!」
「っ……」
パシャッという音と共に私の顔面に投げつけられた暖かいシチュー。そして、地面に落ちた皿の音がその場を静寂に戻す。でも、村長さんの怒りだけは収まらない。
「はっ! すぐにわしらの視界から消え失せろ。臆病者め!」
「――それで満足ですか? こんな風に食べ物を投げつけてスッキリしました?」
私はカチンと来た気持ちよりも悲しい気分に見舞われながら、顔についたシチューを手ですくい取って口に含む。
「……うん、おいしい。私たちが気に入らないのは分かります。でも、食べ物を粗末にする意味、本当にありますか?」
「何を言っている。ワシらはお前らが――!」
「そう、許せない。知っています。そんなこと……。でも、せめて未来を担う子どもたちには苦を負わせないでくれますか?」
私はそう言いつつ、村長や村の男たちの後ろに隠れた女性や子どもたちに目を向けた。恐らく、この反応からしても昨日も食べて居ないはずだ。
「わしらが苦を負わせていると? ははっ!! お主らがここに居る子どもたちの親を奪ったんだろうが!」
「ええ。そうです。私が奪いました。ごめんなさい……」
「エリカ……」
私は深く頭を下げる。どんな言葉を連ねたって結果的には守れなかった事実だけは変わらないからだ。けれど、その態度は怒りを増長させるだけに過ぎなかった。
「今度は開き直るつもりか!」
「いいえ、その子たちにも私へ復讐する権利はあると思うんです。でも、少なからず、それはお腹を空かせて倒れそうな、今じゃない」
人の恨みがそう簡単に晴れることは無い。なら、その悪人は全て私が引き受ける。それがきっと私の役回りなんだ。
「それに、ここでご飯を食べなかったら私だけが生き残って何も成せないまま、あなた達は死んでしまう。だから、どうかお願いします。ご飯を食べてください」
「――私達からもお願いします。私たちに償わせる機会をください!」
「お願いしますなの!」
「白々しい! こんな人間以下のゴミどもの話など聞くでないぞ!!」
「村長、言い過ぎです! あの、そんな頭を下げるなんてやめてください。何もあなた達のせいじゃ……」
その場で再度、頭を下げると数人の村人が駆け寄ってきて「あなたたちのせいじゃない」と言ってくれる。しかし、村長たちは依然として拒否的だった。それから三日三晩、同じようなやり取りが続いた。
「今日もご飯食べてくれなかったの……大丈夫、かな?」
「ミミ、大丈夫よ! 村の子どもたちだけは食べてくれたでしょ? あの人たちだって馬鹿じゃないのよ」
「うん……」
「でも、ホッとしたわ。子どもたちだけでもご飯に手を付けてくれて。エリカもそう思うでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど……」
私たちは孤児院の洗い場で食器を片付けながら村の生き残りである子どもたちから向けられる視線を思い出す。その視線は『親の仇としてのエリカ』と『ご飯を恵んでくれるエリカ』――そんな二つの虚像に苦しんでいるような目で、全員が私を見ているような気がしてならなかった。
「(いや、私がそう思い込んでいる……ただ、それだけなのかもしれないけれど)」
「ん? 誰か来た? 今、ノック音が――」
「きゃああ!! リリアナちゃんっ!」
「えっ? 嘘! リリアナ!!」
突然、ミミの悲鳴に私が振り返るとリリアナが地面に倒れていた。暗闇に包まれた扉の先から出てきたのは、木を削って作った手製のナイフを持った村の子どもたちだった。
「エリカ……逃げてぇ……」
「父ちゃんと母ちゃんの仇……!」
「っ……。この子たちは関係ない。やるなら私をやって!」
いずれ、こうなる事は分かっていた。私は咄嗟にミミとリリアナを背後に庇って前に出る。それでも、子どもたちは私の大切なモノから奪おうとしていく。
「そんな言う事、聞けるかよ。おい、やれ!」
「やめて! ミミ!!」
「うるせぇ、黙りやがれ!」
ミミを強引に引っ張り出した彼らは容赦なく、ミミの太ももに木の矢じりを突き刺した。
「いやぁあああ!! 痛い、いたいよぉ!!」
「やめて、お願い! お願いだから二人に手を出さないで!」
その刹那、私の太ももにも痛烈な痛みが走る。閉じた目を開けて見れば、太ももに木の枝が刺さっていて、少し動かすだけでも痛くて動けなくなる。
「ここだと人が来る、場所を変えるぞ」
「アンタたち……こんなことをして……ただで済むと思ってるの?」
「うるせぇよ、冒険者の、奴隷風情が――楽に死ねると思うなよ?」
私たちは子どもたちに首元を掴まれ、地面をズルズルと引きずられていった。
パチパチと木々が燃える音が爆ぜる音がする限り、外だということは分かった。けれど、それなりの時間が経過していることもあって痛みで頭がくらくらする。
「なぁ、これからこいつらどうする?」
「痛めつけて嬲り殺す。それが俺たちの復讐だって決めただろ」
「あぁ、だけど、誰からやるべきかなってさ」
「そりゃあ、こいつの奴隷からだろ」
この時、私は初めて自分の醜さを思い知った。悲しみや苦しみは消えなくても丁寧に低く頭を下げ続ければ、いつかは許される。そう思っていた。だけど、現実は甘くない。最初から安易に近づくべきじゃなかったし、毅然とした態度で臨むべきだったんだ。でも、それに気づくのにはあまりに遅すぎた。
「それじゃあ、こっちの弱そうな女から――」
「この、腰抜けっ……! アタシからやりなさい! でないと、いずれアンタたちの事を殺すわよ」
「ははっ、殺す? その状態でかよ。上から目線で俺たちに指図するんじゃねぇよ!」
「リリアナちゃん!」
目の前でリリアナがボロボロになるまで殴り飛ばされる。きっとあれは私とミミを守るために自分を犠牲にしたに違いない。暴行が終わった時には事切れた人形のように動かなくなった。
「リリアナ……! リリアナ! しっかりして!」
「あらら、逝っちゃったのかよ。こいつ、もう燃やしちまおうぜ?」
そう言って彼らはまるで廃材を捨てるかのようにリリアナの体を持ち上げて火にくべようとする。それは耐えがたい映像だった。
「お願い……もうやめて、やめてぇ!!!!」
その刹那、付近に居た子どもたちがパタパタとその場に倒れ込む。あまりに突然の状況に理解が追いつかない。しかも、数十秒後には頭を押さえつけられ、私の首元にチクッと何か注射を打たれた。
「(う……意識がぁ……)」
「スコット公爵――例の……子ども……確保――」
何事か、聞き覚えの無い言葉が途切れ途切れに聞こえて意識を澄ませようとするが、そこで私の意識は完全に途絶えた。




