第42話 公爵家のオーダー
土砂降りだった夜が明けた。朝7時という時間ながら雲一つない晴天の空が一日の始まりを告げる。そんな中、まだ私は夢の中で、ベッドに眠る彼の声で目が覚めた。
「エ、エリカ?」
「う、うん……? はっ! グーファ!! ううっ、良かったぁ……! ごめん、ごめんね。また私が暴走したばっかりに、こんな目に……」」
「ちょ……! エリカ、僕は……だ、大丈夫。大丈夫だから! だから、あの……えっと、そのっ……」
「ん……?」
なぜか、グーファがいつもに比べて余所余所しい。無性に嫌な予感がして少しずつ首を後ろに向けるとそこには目元を摩りながらニコやかな笑顔でこちらを見るセリーヌさんと感心するウェイドの姿があった。
「せ、セリーヌさんに、ウェイド!? いつからそこに!?」
「あはは……おはようございます。エリカ様」
「どうして部屋の中にいるのよ!?」
「あ、あはは……部屋をノックさせてもらったのですが、全くなく反応が無く……その、ウェイド様が「入ってしまえ」と……でも、起きられていたようですし、私たち、邪魔者はこれで――」
「ふむ、なるほどな。ああいう風に怪我をすればエリカとあんな展開や、こんな展開も夢ではないか……!」
そんなウェイドの発言にセリーヌさんはジト目で呆れるように見つめる。
「はぁ、本当に学習しない方ですね? ……だからエリカ様に振り向いてもらえないんです」
「な、な、なんだと!?」
「フンっ! もしも、わたくしのご主人様に不埒なことをしたらウェイド様だろうと容赦は致しませんから!」
勝ったと言わんばかりにピシりと指を差す。その気迫にウェイドは少したじろぐ。
「ッ……! ば、バカめ! 俺がわざとあんなケガするわけがないだろう! 俺はエリカにとってカッコいい系騎士様だからな! ハッ!」
「ふ~ん……? そうですか。――カッコいい系の騎士様が他人の『寝顔を盗み見』するんですね。へぇ~それは随分とご立派なことで」
セリーヌさんが口走った言葉に妙な胸騒ぎを感じてウェイドに鋭い視線を向ける。
「ん? それは……どういうことかなぁ? 寝顔を盗み見って……セリーヌさん、説明してくれるよね?」
「セ、セリーヌ! それ以上は絶対に――」
「はいっ! ウェイド様は、愛する『エリカの寝顔を撮りたい』っておっしゃっていて……私は止めたのですが――」
「くっ、エリカ! 俺はそんなことは言ってないぞ!」
「セリーヌさん、それ、本当よね……?」
「ええっ! 純度100%の事実です! 往生際が悪いですよ、ウェイド様」
セリーヌさんはしてやったりと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる。いつにも増した言葉の矢じりは鋭さを感じさせたのだが、私から見ると下からウェイドを覗き込む小悪魔的なセリーヌさんが可愛く見えてしまう。というか、この好意に気付かないとは朴念仁も良い所だ。
「ウェイド……。本当にアンタって人は……」
「あ、い、いや~そんなことは……あ、あったかな? あは、あはははは! あっ、そぉ~うだ! エリカ、昨日の件で話があったんだ! とっても大切なことだから来てくれるか――外で待ってるぞ」
「ウェイド様!? また、そうやって逃げるんですか!?」
ウェイドはこの空間からから逃げるように見せかけながら私に視線を合わせてきた。その一瞬の表情が真剣そのもので意味深だったこともあり、そちらが本題だということに気付くまで差して時間は掛からなかった。
「はぁ……ったく。このまま終わらせたくないし、ちょっと行ってくるね?」
「えっ?」
「グーファはまだ痛むだろうからゆっくりしてて。セリーヌさん。お願いします!」
「はいっ! 心得ております」
「あ、っとと、そうだ。セリーヌさん?」
「え? あっ、はい?」
「私には特に何もできないけど、その……応援してるから」
「え!? な、な、何をですのでございますか?」
「ふふっ! いや、何でも?」
セリーヌさんは丁寧語を口走りながら激しく動揺しつつ目を泳がせる。けれど、あの態度と反応を見たら私には何となく分かった。きっと、セリーヌさんはウェイドに振り向いて欲しいのだ。
「(少しくらい私もセリーヌさんの為に頑張ってあげようかな?)」
少しあったかい気持ちに包まれながら部屋を出た私を待っていたのは、先ほどまでとは打って変わって、鋭い目つきを床に向けながら壁に体を預けて腕組みをするウェイドだった。明らかにおふざけ感は全くなしのオーラが漂っていて私は唾を飲み込む。
「……。それでウェイド、話ってなに? さっきの続きってわけじゃないでしょ?」
私が恐るおそるウェイドの表情を伺うと深く息を吐いて私の方を向いた。
「ああ、真面目な話だ。……正直、お前に話すべきか悩んだが、あえて伝えておく。勝手に動かれたくないからな。――昨日、村へと逃げ帰った村人たちのことだ」
「……! あの後、あの村の人たちはどうなったの? 全員、無事だったのよね?」
「ああ。村にいた10名弱の村人はな。『生き残り』は俺たちが保護した。……だが、それ以外は――」
「まさか、魔物にっ……!」
ウェイドはこくりと一度だけ頷いた。その場が一気に静寂に包まれる。
もし、私があそこで退く決断をしなければ、こうはならなかったかもしれない。そう考えると血の気が引いていく。そんな私の心境に気付いてか、ウェイドは私の肩にそっと手を置いた。
「エリカ。今回の一件は絶対にお前のせいじゃない。だから……辛いだろうが、変に気を落とすな。これはお前が一人で抱える込むべき問題じゃない」
「そんなこと……言われても無理だよ。もし、私に力があれば、私が他の逃げ道を考えていたらもっと、もっと、しっかりしていれば村の人たちは死なずに済んだかもしれない! そうでしょう?」
「いいや、エリカ。それは違う。お前はやれることを全てやった。俺が、お前の立場でも避難を最優先に行ったはずだ。だから、お前の行動は間違っていない。それは誇ってもいいことだ。お前が悔やむことは何もないんだよ」
そう言い切るウェイドの瞳はまるで私の心の傷を縫い合わせるようにスッと入って来る。けれど、私が決断し、生んだ結果には何も変わらない。そして、その結末はいつまで経っても、私の後ろを追いかけてくる。
それに心のどこかで私の大切にしている者たちが無事でホッとしていたんだ。
心の片隅にあったはずの村人たちの事を今まで忘れていたんだ。
そんなことは決してあってはならないはずなのに――。
「っ……。教えてくれて……ありがとう。話はそれだけ? じゃあ――」
私は気付けばウェイドの手を払って踵を返していた。仮に自分の命を脅かされるとしても私は前に進む事を決めた。生きたくても生きられなかった命を、無念を晴らすためには『あの兵士』たちを雇っていた公爵を叩き斬るしかない。
自分に宿った殺意を感じながらも「絶対に後悔させてやる」という思いだけが私の足を動かした。けれど、ウェイドは見越したように私の腕を掴む。
「……待て! どこに行くつもりだ?」
「どこでも……いいでしょ? あんたには関係ない!」
「……ったく、関係ない訳ないだろ! だからお前には言いたくなかったんだ!」
「いいから離して!」
手を振り払おうとする私をウェイドは強引に引き寄せる。
「エリカ。冷静になれ! お前が暴れたって何も変わらない。むしろ、状況を悪化させるだけだ!」
「悪化させる、ですって……? この状況より悪化することがあるっていうの……? ――このまま何もせずに黙って居る方が悪いでしょ!! ふざけないで!」
「ふざけてなんていない。全部、お前の為を思って――!」
そう言うと急にウェイドは口を噤んでふぅっと息を吐き、少し嫌そうな表情をした後、「やむ終えん」と言って急に私の手を離した。そして、よろけた私にウェイドは一枚の丸められた便箋を胸ポケットから出して私へと突きつけた。
「冒険者エリカ。君に対してウェイド・ルグラスからの『公爵権限でのオーダー』を発令する」
「馬鹿馬鹿しい。公爵権限のオーダーなんて知らないわよ」
「聞かないと後悔するぞ!」
立ち去ろうとする私の背後から強い語気が響く。その芯に響くようなウェイドの声は今まで聞いたことがない。それ故に思わず、私の足取りが止まる。
「いいか、エリカ。これはな? 公爵家が独自の強制力で国家、または自家の存続に関わると判断したときに出せる依頼だ。つまり、このオーダーに拒否権はない。拒否をすれば拒否した者を好き勝手に扱って構わないというモノだ。まぁ、公爵家の身分差別の一つだと言っても過言じゃないな」
「っ……。わ、笑わせないで。そんなことで私が止まるとでも!」
「ああ、お前は止まらないだろうな。きっとお前を鎖に繋いだって引きちぎって行くに違いない。――だがな、それでもあの兵士たちを雇っていた公爵に危害を加えようとすれば、俺はお前に容赦なく制裁を下す」
「くだらない……勝手にすれば?」
「そうか!! なら、俺はお前がそのまま行けば、あの三人を奴隷商に売ることにしよう! 何なら血族の、遺伝子実験をしている貴族に売渡してしまおう。最近、孤児院は損失続きだしな」
「……! あの子たちに手を出すなんて許さない! あんた……自分が何を言ってるか分かってるの!!」
あの子たちだけには指一本だって触れさせない。私は踵を返してウェイドの胸ぐらを思いっきり掴みかかる。けれども、ウェイドは冷酷に言葉を吐き連ねる。
「分かってるさ。どれだけ自分が最低で、卑怯なことを言っているのかも。何ならエリカ、お前も俺の奴隷にしてやろうか?」
「くっ……! このクソ野郎がぁ!!」
私は怒りに任せてグッと握りこぶしを振り上げた。
でも、その目の先には憐れむような――それでいて望んでいるかのような目つきをしたウェイドがこちらを見てきて、思わず動作がとまる。
「なんだ? 殴らないのか? 殴りたければ殴ればいい。恨みも憎しみも、憤りも怒りも、悲しみも何もかも全て公爵である俺に向けろ。それでいいんだ」
「うぅっ……くっ……!」
そこまで潔い表情を見せられたら――私はウェイドを殴れない。彼を突き放してグッと力がこもった握りこぶしのきしむ音だけがその場に響いた。
「……何を言っても遅いだろうが、「すまない」とだけは言っておく。本当はこんな手段に出たくはなかった。だが、お前を止めるためにはこうするしか他に手立てがなかったんだ。別に理解してくれとは思わん。ただ、今だけはじっとしていてくれ」
襟元を直したウェイドは悲しそうにも見える一方で前を向き続けようとする。その視線を一心に浴びて自然に冷静さが戻ってきた。
「ねぇ、ウェイド……アンタはどうしてそこまであいつらの雇い主を守るの? あいつらが村人を受け入れればこんな事態にはならなかった! そうでしょ?」
「そうだな。お前の言う通り、庇う筋合いなんて微塵もない。――ハッキリ言って庇う行為なんて俺自身、やりたくも無いし、反吐が出る」
「えっ……?」
怒りがこもった言葉を前に私は動揺する。だって、さっきまでと言っていることが真逆なのだ。怒りの感情をかき消すようにウェイドは窓際に寄った。
「エリカ。俺はな、今回の一件はまだ、終わっていないと思うんだ」
「それは……どういうこと……?」
「まだ推測の域を出ないが、あいつらが仕えていたスコット・コーベル公爵はギルドに手を回して魔物を狩らせず、繁殖させた上で意図的に村を攻撃するように仕向けさせた。そういう可能性があるんだ」
「そんなことある訳……!」
「あるんだよ! この腐った貴族社会の中ではな……」
「だから私が動くと面倒になるって事……?」
「そうだ。だが、それも今だけの話だ。証拠さえ集まれば俺が近いうちにやつらを一人残らず『殺す』。――あいつらは村人を殺し、あまつさえ俺の女に刃を向けた。それは俺に刃を向けた事と同じ意味を持つことだからな」
一瞬、あの場で漂わせていた殺気がその場を支配したが、すぐにウェイドは私の目を見て歩み寄り、手にオーダーが書かれた便箋を握らせた。
「納得ができないことは重々、承知している。それでもやれることはある。エリカたちには孤児院へ向かってもらいたい」
「孤児院に行けって、どうして?」
「そこには今、村の生き残りが生活している。大きな傷を抱えながらな……。エリカたちには村人たちの心のケアをしてやってほしいと思っていたんだ」
「心のケアを私たちが……?」
「ああ。本当は俺がやるべきだが、なにぶん多忙でな……その点、お前らなら青二才の治療が終わるまでは時間が腐るほどある。それに貴族も平民も、奴隷すら同じ人間として見れる奴らはお前らくらいしか俺は知らない。それに恨まれ役になってもお前の事だ。あと腐れなくが無くて良いと思うだろ? ……まぁ、この案件に関してはスコット公爵に手を出さなければ、これを受けようが、受けまいがどっちでもいいが」
「……。わかった。孤児院の方は私たちに任せて。ウェイドの言う通り、恨まれているとしてもケジメはつけないとダメだと思うから……。詳しい話を聞かせて」
辛い記憶を埋め込まれた人たちを立ち直らせるなんてことは私にできるか分からない。それでも、今回の一件に何らかの形で関わらなければ、いつか後悔するような気がしてならかった。だから、私の理性がその話を受けろと急かす。しかし、当のウェイドは私と打って変わって少し嬉しそうな表情をしながら冷静に喋りはじめた。
「何も、そうがっつく様に構えるな。難しいことは何もない。とりあえず、この前みたいにウチの孤児院を手伝ってくれ。そこでお前なりの表現で良い。みんなの思いをしっかり受け止めてやってくれ。そして、願わくば『公爵と平民、奴隷には大した差がない』と教え込んでやってくれ」
「分かった。私に何ができるか分からないけど、やれることをやってみる。だから――!」
「ああ、分かってる。そっちは勇猛果敢なお姫様に託して俺も本気を出す。じゃあな、期待してるぞ!」
そう手を上げて少し笑って言いつつ、ウェイドは歩き出す。私はそんな彼の背中を見て直観的に今回の一件から私たちを遠ざけようとしてくれているのではないかと疑念を抱く。ただですら、難しい立ち位置のウェイドがわざわざ私の元に来て、予測される行動に釘を刺したのはそうとしか考えられない。
「……。ねぇ、ウェイド!!」
「ん、なんだ? まだ何かあるのか? それとも……愛の告白でもしてくれるのか?」
「あ、いや……そうじゃない、そうじゃないけど……その――ウェイドも絶対に無理だけはしないでよ?」
「ふっ、馬鹿な奴め! 俺にその言葉は逆効果だ。だが、ありがとう、心に刻んでおく」
敬礼をするようなモーションをしつつ、髪を靡かせて再び歩き出す彼の背中はどこか寂しげだった。でも、最後にその場へ残した視線は未来をすべて貫くほど真剣な眼差しだったことに間違いはなかった。
私はウェイドが屋敷を後にしていくのを眺めた後、リリアナとミミにグーファが目覚めたことを伝えて部屋に集め、ウェイドから聞いたことを話しつつ、今後は孤児院に活動の重点を置くことを話した。
「そう。ルグラス家が動くのね……。私があのクエストさえ、受けなかったら……」
「ううん、リリアナは悪くない。どちらかといえば私が――」
「ねぇ、エリカお姉ちゃん。もう、やめよう? そんなお話……聞きたくないの」
「あっ……ごめんね? ミミ」
湿っぽい空気になってしまったけれど、私は一度三人を見回してから席を立った。
「とにかく! 今は孤児院に行って手伝いをしながら村の人たちとしっかり向き合おう。行動しなきゃ何も変わらないから」
「そうね、そうよね! あたしたちがこんなんじゃ駄目よ……。それにジッとしているなんて私らしくもないもの」
「うん……。私も何ができるか分からないけど、エリカお姉ちゃんを手伝う!」
「よしっ……! じゃあ、僕も――」
「「グーファはじっとしてて」」
揃いもそろってダメと言われたせいか、グーファはシュンとなって残念そうな顔を浮かべる。
「でも……僕だけが休んで居るっていうのは……」
「いや、怪我してるんだから絶対安静! もし、無理にでも来たらう、う~ん……」
飯抜きとか、殴るとか、そんな選択肢は使えない。それ以外で、となると――
「わ、私の隣で毎日、寝てもらうから!!」
「え!? あの……えっと……それは……その、願ったりかなったり……かな?」
「うっ……!」
「はぁ、エリカ、あなた馬鹿ね。そこは毎朝、おでこにキスしてあげるとかにしなさいよ? ふふっ」
「あ、リリアナちゃん、それ知ってる!! お母さんにしてもらったやつ!」
「あれって素敵よねぇ~? ミミもそう思うでしょ?」
「うんっ!」
そんなミミのハツラツとした声にグーファは顔を赤らめながら私の方をチラチラ見ながらもじもじと考え込む。
「お、おでこに……キ、キスか……。あ、あながち……あり……か……?」
「グーファの馬鹿! 何を考えてっ……! リ、リ、ア、ナちゃん~? 後で個別に裏で話そうか? みっちり絞ってあげる」
「じょ、冗談よ! そんな怖い顔して近づいてこないで! 冗談だってばぁ!」
なんやかんや私の事を使ってリリアナは遊ぶけれど、グーファもひとしきり笑えるくらいには元気のようにも見える。私はため息を付いて手をパチンと叩いた。
「はいっ! ほら、いい加減バカやってないで、孤児院に行くんだから二人ともちゃんと用意してよ? 道すがら魔物だって出てくるかもしれないんだから。ほれ、行った行ったぁ!」
「「はーい!」」
リリアナとミミは勢いよく部屋から飛び出して行った。こうして私たちはグーファを屋敷に残し、三人で孤児院に向かうことになった。




