第41話 守る意志
「それが貴様らの意志ということでいいんだな?」
「へへっ、五人を相手に敵う訳がねぇだろ! それに言い訳はどうとでもできるんだ! やっちまえ!」
私を人質に取った状態で男はそう叫んだ。瞬く間にウェイドに向かって男たちが押し寄せる。多勢に無勢――それに兵士は訓練だって受けているはずだ。しかし、それでも彼は動揺する素振りすら見せず、振りかざされる斬撃すらも簡単に見切りながら一人ずつ切り刻んでいく。
「がはぁ……!」
「それしきの剣戯で俺に歯向かってくるとはな。まだあの青二才の斬撃の方が鋭くて重いぞ。――さぁ、俺のお姫様を返してもらおうか?」
冷血な瞳で刃に付いた血を払ったウェイドは右手に剣を持ったまま、ゆっくりと近づいてくる。彼が放つオーラは闘神そのもので、鬼のように見えてしまう。その殺気を目の前にした男は悲鳴に近い声を上げながら去って行った。
「(たす……かった……?)」
危機から脱せたからか、一気に力が抜けて立っていられなくなった。
「おっと! 大丈夫か。怖かっただろう? ケガはないか?」
「う、うん……」
この時ばかりは雨に打たれた体が彼の熱を求めた。いや、正確には安心したというべきかもしれない。みんなとの生活が楽しかったのにまたこんなことに巻き込まれて日常が遠くへ去って行きそうだったから――。
「(情けないなぁ……私……ううっ……)」
しばらくの間、私は彼の腕に包まれながら静かに涙を流し続けた。そして、馬車の中に場所を移してからウェイドに今までの経緯を伝えた。
「そうか。そんな事が……分かった。その件はこっちで対処はしておく。エリカたちは屋敷に戻れ。ロイド、悪いがそいつの事は頼んだぞ」
「はい。おまかせを」
「ちょっ、ちょっと待って! 私はあの村人たちを放ってなんて――」
依頼を受けた私がここで投げ出すわけにはいかない。
しかし、ウェイドは私の考えを見越したかのように優しく微笑みかける。
「エリカ、大丈夫だ。俺は王国を代表する公爵だぞ? 私兵を動かすくらいできる。お前が心配すべきことじゃない」
「それは……そうかもしれないけど……!」
「今はお前を守ったグーファの看病でもしてやれ。こいつが庇って無かったら今頃、どうなっていたか分かったモノじゃないだろ? よっと!」
「ちょっとルグラスのアンタ! 待ちなさい!」
ウェイドが馬車から颯爽と降りて去って行こうとするとリリアナが呼び止め、道路に転がった死体を指さす。
「あの死体はどう説明するつもりなの? 公爵の中にはあんたのポジションを狙う輩だって多いはずよ!」
「それに関しても心配するな。あいつらがやったことにするさ。――大丈夫、同じ轍を踏むほどルグラスの名は簡単に汚せないし、潰せもしないさ」
「本当に……気を付けなさいよ……?」
「ああ、肝に銘じますとも。リリアナ嬢」
挙句には軽口を言いつつ、ウェイドは大雨の中を去って行った。
結局、私はリリアナやロイドさんの強い説得もあってウェイドの言いつけ通り、すぐに屋敷へと戻った。セリーヌさんもウェイドから連絡を受けていたのか帰ってきた私たちを手厚くもてなしてくれた。
「おかえりなさいませ! グーファ様とロイド様は寝室に――! お三方は体が冷えていますし、魔物の血が――ああ! とりあえず、お風呂ヘ」
「うん、ありがとう。セリーヌさん……」
朝に出発したとき以上の笑顔とやさしさで私を迎えてくれたセリーヌさんにそっと近づいて抱きついた。
「エリカ様? お話なら後でしっかり聞きますから今はお風呂に」
「うん……。本当にありがとう。ただ、それだけを伝えたかっただけだから」
私だって一人の人間だ。甘えたいときだってある。帰ってきた時に迎え入れてくれる存在がいる。そしてホッとできる空間がある。それがどれだけありがたいことなのか私は実感していた。
お風呂に入って冷たい体を暖め始めると次第に気持ちも落ち着きを取り戻していった。それでも村人が斬られ、地面で動かなくなっている光景だけは頭から離れない。
「(どうして……あんなにも簡単に人を――ううん、必死になって逃げてきた人を守るべきはずの人間があんなにも呆気なく、斬り捨てることができるの……?)」
自分が同じ立場なら絶対に手を差し伸べた。それなのに彼らはそれをしなかった。この世界においては貴族だけじゃなく、関係者も貴族と同等として扱われる。そんなに人間として差があるわけでもないのに格差があるなんてひどすぎる話だ。
「エリカ?」
「な、なに? 急にリリアナの方からすり寄って来るなんて」
「今、あなたが考えてる事が分かるからよ。貴族と私たちの違いなんてないのにどうして、ああも呆気なく兵士のやつらが村人を斬れたのか……それでしょ?」
「うん……もしかしてリリアナもそんなことを考えたり……あっ、ごめん。無神経、だったね……」
「馬鹿ね。な、仲間なのにそこに神経使われたら逆に私が気にするわよ」
「あはは……それもそっか……」
お風呂場の中にはミミが頭を洗ったり、お湯を流す音だけが響く。
「でも、正直な話……私にもああいう事をする理由は分からない。だけど、前にお父様が教えてくれたことがあるの」
「……?」
「「貴族学校では『民間人を統治し、運営感覚に鋭敏になることが求められる』と教えられるだろうが、アレは真っ赤な嘘だ」って――」
リリアナはお風呂の天井を見つめながら、懐かしそうに――でも、真剣に語り出す。
「要は貴族として領土を治めていくためには民心も掴まなきゃダメっていうお父様の教えだったんだけど……学校での教えを貴族連中が真に受けていたとしたら『統治=民間人』を抑圧して構わないって考えているのかもしれないわ」
「……。そんなことって……」
「ええ、絶対にあってはならないことよ。それにもしも、それを信じている連中ばかりなのだとしたらまったくもって情けない話だわ」
そんな認識が浸透していて、カネや権力といった問題になっているのだとしたらいずれ、大きな問題に発展することは想像に難くない。そして、その問題はきっと唐突にやってくる。
「(その時、私は自分の大切な人たちを、場所を守ることができるの?)」
「――から。ちょっとエリカ? 聞いてる?」
「あっ、うん。聞いてるよ」
「何度も言うけど私たちは『あなたの仲間』だから。辛くなったら頼って。きっと前の私よりは頼りになるはずだから」
「ありがとう、リリアナ。その時は頼らせてもらうね」
「ええ、この私を――私たちを頼りなさい。それだけ」
持ち上げられたからか気分が良くなったリリアナはスッとたちあがってミミの洗い方を手伝い始めた。
「ミミ、洗ってあげる!」
「え? 自分でできるもん」
「いいから私に任せなさい!」
ガヤガヤしながら二人を見ながら「姉妹にしか見えないな」と思いながら湯船につかり、寒さを癒した私たちはグーファの寝室へと足を運んだ。中ではロイドさんが治療を施していた。
「……あっ、エリカさん」
「ロイドさん、グーファは?」
「容体は安定しています。後は意識さえ戻れば……といったところです」
「良かった……ごめんね、また私のせいで――」
あの時、もしも自分の思いに歯止めをかけることができていたらこんな事にはならなかったかもしれないと思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。椅子に座ってグーファの手を握った私は話の矛先をロイドへと向けた。
「それにしても……どうしてあそこに?」
「僕も驚きましたよ。まさかエリカさんたちとここまで早く再会するとは思っていませんでしたから。実は――」
ロイドはそこから全てを包み隠さず話してくれた。
私が紹介した商人――ユザルダの力を借りてあのふりかけを考案すると大絶賛されたらしい。しかし、実際のところ売り上げを上げれるかは不透明で、それ以外にも利権が絡むらしく公爵家へ話を持ち込んだのだという。そして、その公爵家というのがウェイドだったという訳だ。
「そんなこともあるんだ……世の中、狭いというか何というか……」
「ええ、それで学校への口添えと奨学金の話まで行ったのですが、そこでウェイド様から「出してもいいが、条件がある」と言われて……」
「条件?」
「ええ。なんでも、ウェイド様が設立された孤児院で調剤の仕事をして欲しいということだったのですが――」
「ああ……。なるほどね……」
私にはウェイドの腹が少し読めた。きっと、奨学金を餌に『調剤』と格好つけて、子どもたちの薬を作らせるつもりだったのだろう。なにせ、孤児院を運営するお金のすべてはウェイドが工面している。調剤の依頼料さえ消えれば相当、資金面に余裕ができる。そこが狙いだろう。
「孤児院は本当にいい場所だよ、私も行ったことがある場所だからわかる。きっとロイドさんも行ったら気に入ると思う」
私はその一言を最後に黙ってグーファの手を指でさする。外は私の感情に寄り添うようにシトシトと雨が降り、その夜は月が出てくることは無かった。




