第40話 優劣
「てりゃああ!!」
「エリカ様! 一匹そっちに! お願いします!」
「近寄ってこないでよ、このカエル! <火の聖霊よ。我が求めに応じて炎槍を穿て!>」
大雨と落雷が鳴り響く中、私たちはフレスト近郊にある村で激戦を繰り広げていた。
それも『至急』と書かれていたクエスト完遂の為にはやむ終えない事ではあったけれど、あまりにもカエル――もとい、『グレグ・ビット』という魔物が次々に湧いて出てくる。
最早、普通の『何匹か狩っておしまいのクエスト』どころじゃない。
「ったく、何匹居るのよ!? 切っても焼いても、次々にうじゃうじゃと……」
何でもこのカエルどもの狙いはこの村の作物らしく、それを是が非でも欲しいカエル―ー『グレグ・ビット』が近くに拠点を作ったらしい。
「こうなったら拠点を叩くしかないわ!」
「リリアナ! いくらなんでも俺たちだけでごり押しするのは無理だ……!」
グーファの発言はもっともだった。相手は「カエルだ」と侮る訳にも行かない。
鋭い歯で噛みつこうとしたり、爪で切り裂こうとしたり、終いには飛び跳ねて圧し潰そうとしてくる。それがキリも無くゲコゲコとやって来る状況なのだ。
とてもじゃないが、前に出て拠点を叩くなんて出来る訳がない。
それに畑の向こう側――つまり、私たちの後ろは村人の居住区画がある。
このカエルは腐っても魔獣。人間に対して容赦なんてしない。ここを突破されたら村の作物どころか、魔物による大量虐殺が起きてしまう。
「エリカ様! また新手です!」
「ああ、もう……!! なんで、こうも私はツイてないのよ……! 街に送った公爵家とギルドへの応援は!?」
依頼人の村長に向けて声を荒げたが、帰ってきたのは苦しそうな表情で首を横に振るジェスチャーだけだった。あの顔からして援軍が来ることはないだろう。
「くっ……。このままじゃ押し切られちゃう……」
私は決断を迫られ、大声で村の方へと叫んだ。
「村長!! もう、ここは持たない!! いますぐ住民の避難を!!」
「なっ……そんなことをしたら村が!」
「村が廃村になるのと人の命!! どっちを取るの!!」
カエルから浴びた緑の鮮血を体に纏う私が睨み返すと村長は数十秒の逡巡の末、村人に逃げるよう指示を出し始めた。
「賢明な判断よ。村長――よし! リリアナとグーファ、それから私はみんなが逃げるまで打ち漏らさずに対処するわよ! ミミは村人の避難誘導を!」
「ええ!」
「「はいっ!」」
私達は必死にその場で数時間にわたって戦い続けた。
まさに孤軍奮闘だ。
「エリカお姉ちゃん!! もう村には誰も居ないよ!」
「よし、急いで撤退するよ!!」
「しんがりは僕が務めます! エリカ様も早く!」
「馬鹿言わないで、グーファを一人置いていける訳ないでしょうが!」
私とグーファは互いに迫りくるカエルどもをいなしながらその場から逃げ出す。村の入り口には先に退いていたリリアナが馬車をとめて待機していた。
「リリアナ、出せ!」
「はいやぁ!」
駆け出す馬に向かってダッシュで飛び乗った私達だったが、カエルどもは私たちを餌だと思っているのか追撃を仕掛けてくる。
「エリカ、後ろのやつらを何とかして!!」
「わか……って……はぁはぁ……」
でも、息が上がっていて言葉が紡げない。
この場にいる全員が「このままだとまずい、追いつかれる」とそう思っていた。
「エリカお姉ちゃん、大丈夫だよ――わたしだって戦えるもん!」
ミミが一人で荷台から左手を前に向ける。その目には負けられないと言わんばかりの闘志が漲っていた。いや、違う。この感覚は――
「み、ミミ、ダメ……!!」
「<大地の聖霊よ・地の荒波と波動をもって・我らの槍と成れ!>」
ミミから紡がれた三節の詠唱。
それは大地の地形をトゲの様に変えて走ってきたカエルを串刺しにした。もちろん、中には飛び越えようとした奴も居たが、そのトゲはそんな悪あがきをする魔物すらも貫いた。
「や、やったぁ! や……やれば……私だって……」
「ミミ! しっかりして」
スッと力が抜けて倒れたミミをキャッチした私は体を揺さぶる。
すると、ミミは薄っすらと目を開けて静かにほほ笑んだ。
「マナを使いすぎちゃった……えへへ……」
「グーファ、これをミミに飲ませて」
「おっと! これってマナ補充用のポーション? こんな代物、何処から!?」
グーファは疑心暗鬼になりながらもリリアナが渡してきた薬液をミミの口へと運ぶ。
「ん……んぎゃぁああ!!」
「「ええ!?」」
口に液体が入って数秒後、ミミは大絶叫を上げた。
「み、ミミ……? 大丈夫?」
「にゃに……これぇ……苦い……」
「あれ、『調合』を間違ったたかしら?」
「……まさか、これってリリアナちゃんが?」
「そう、私が作ったポーションよ」
自信ありげに言ったリリアナだが、それに対してミミは依然として渋い顔をしたままだった。
「絶対、これぇ……薬草をそのまま潰したりして……ちゅくったでしょ?」
「うん、そうだけど? もしかして作り方違うの?」
「ありがとうだけど……リリアナちゃんはこれから絶対に薬つくっちゃダメ……!」
「え!? な、なんでそうなるのよ!?」
少し怒ったように言われたことが面白くなかったのか、リリアナとミミはしばらくの間、あーでもない、こーでもないと言い合いをしていた。
「(心配したけど大丈夫そう……。ふぅ、ミミには後でお説教しなきゃだけど……ホント、この二人は姉妹みたい……)」
私が心を撫で下ろしたり、ため息を付いているうちにフレストの城門付近に到着した。そこには逃げた村人が数多く居た。
この光景にすべてがうまく行った。
――誰しもがそう思っていた。しかし、それも束の間で門の入り口に居た全員が一斉にこちらへ逃げるように走り出してくる。
「やめてくれっ!」
「ははっ! 早く村を取り返してこい! この下民ども! もし、公爵様への納税が一分でも遅れて見ろ! 全員、斬首刑だぞ!」
「クッ、エリカ様! ……これは」
「な、なんで……? どうして……こんな……」
私が目にした光景。それは貴族と思われる家の紋章を掲げた私兵が数人の村人を斬り捨てるところだった。私の頭の中には「ありえない」という文字が浮かぶ。
そして、絶句している最中、村長が私の横を通り過ぎていく。
「この、役立たずの冒険者風情が……。すべてお前らのせいだっ!」
「ぁ……待って! このまま戻ったら――!」
「それ以外にどんな方法があると言うんだ? 我々、全員があの兵士どもに殺されろとでも言うのか?」
明らかに敵意を向けられた目線だけが私の瞳の裏に焼き付く。彼らは元来た道を引き返していく。武装もしていない人間があの村に戻れば全滅は免れない。
「ふざけんな……ふざけんじゃないわよ……!!」
「エリカ、ダメっ!」
私は気付けば馬を降りて剣を抜いていた。人によって経験していることも違うし、価値観だって違う。それでも人の命に代えられるものは絶対に存在しないと私は思う。
それなのに、目の前のこいつらは逃げてきた丸腰の村人を躊躇なく、叩き切ったんだ。到底、許せるわけがない。
「アンタら……痛い目に遭う覚悟は出来てんでしょうね?」
「ヒュー! 英雄気取りの女が剣を抜いてこっちに来たぞ?」
「馬鹿な女め、俺たちに歯向かえば極刑は免れないというのにな? おい、女っ! 今すぐ剣をしまって謝ったら許してやる! あ~それから酒に付き合え!」
「このゲス野郎どもが――!」
「ダメですっ! エリカ様!」
振り上げた手をグーファが浮かない顔で必死に止めた。
「グーファ!? どうして……どうしてこの状況で止めるの!!」
「相手は腐っても貴族の私兵です。剣を下せば極刑になってしまう!」
「くっ……!」
この世界での優劣。それは絶対的に貴族が上であり、民が下である事には変わりはない。完全な縦のピラミット構造なのだ。
「そうだ、俺たちに手を上げれば――よっと! 極刑になるんだよ。俺たちが法律そのものってわけだ! さぁ、分かったなら酒に付き合ってもらおうか」
汚い笑みを浮かべて私から剣を取った男は私の肩に手を回して連れて行こうとする。
しかし、そこでグーファが男の肩をグッと掴んだ。
「ゲス野郎っ! エリカ様に触れるな……」
「あ? なんだと? てめぇ面白い奴だな? ご主人様に忠告しておきながらよ?」
「そ、それとこれとは……別問題なんだ!!」
グーファが兵士の胸ぐらを掴むと兵士たちの目が一瞬で豹変する。
「奴隷の分際で……。俺らに歯向かった事を後悔させてやれ!」
「グーファ!! やめ――がはぁ……」
このままじゃまずい。咄嗟に私も兵士の束縛から抜け出そうとするが、腹部に一発お見舞いされて動けなくなる。さらには後ろから首を絞められ、腕をグッと強く握られて身動きができない。
「女はそんな手荒なことをしちゃ駄目だろ。俺らの人質さん? おい、お前ら! このガキを教育してやれ」
「へへへっ」
雨が一段と強さを増す中、グーファは数十分にわたって暴行を加えられた。私はボコボコにされるグファ―をただ涙を流しながら見ている事しかできなかった。それは私だけじゃない。リリアナもミミも動くことはできなかった。
庇えばきっと、これ以上に酷い事をされると分かっていたから。
「もう、もうやめてっ! グーファが死んじゃう!! 私が悪いんでしょ? なんでも……なんでもするからもう許してあげて!!」
「へぇ? なんでもなぁ? おい、そのくらいにしといてやれ、言質は取ったし楽しませてもらおうじゃないか」
「……エ……リ……カァ……」
「(ごめん……。ごめんね、グーファ……)」
これから何をされるか分かったもんじゃない。ただ、恐怖だけが渦巻く。でも、抗うことは許されない。抗えばグーファが、みんなが痛い目に合うかもしれない。
「(怖い、助けて……誰か――ううっ、ダメだ、ここで泣いたら)」
もうどうにもならない、そんな絶望に包まれていた時、透き通った声が響いた。
「おい、貴様ら……。俺の女と大切な仲間に何をしている」
「ああん?」
その場に響いた怒りと嫌悪を示す低い声は公爵――ウェイドのものだった。
彼はすさまじい形相でどこぞの貴族の私兵を睨む。そして、やや後ろ目に立つもう一人の男に目配せをする。
「あいつを頼めるか?」
「はい! グーファさん、大丈夫ですか? 今すぐ処置を――ああ……これは酷い。《《今回はナイフじゃないだけ》》まだましですね。数日ぶりの再会がこんな風になって残念です」
「あ……薬を作ってくれた……お兄ちゃん!」
そう、ウェイドの後ろに隠れていたのは私たちと旅を共にしたロイド、その人だった。そんな再会も祝う暇もなく、ウェイドは私兵を殺しかねない目で睨みつける。
「俺はウェイド・ルグラス。王からの信頼も厚い貴族だ。俺が剣を抜く前に俺の女を返してもらおうか?」
「ルグラス家の……チッ、なんで冒険者なんぞと」
「そんなことは貴様らのような一介の兵士が知る筋合いはない」
貴族の私兵たちはその言葉に目を合わせて汚い笑みを零し、全員がウェイドに向けて抜刀した。それは最早、退くつもりのない意志を示すものだった。




