第39話 貴族としての誇り
翌朝は異常なほどの雨が降りしきっていた。
この時期にしては珍しい程の雨らしく、セリーヌさんたちは私たちが外に出ることを知って、慌ただしく雨具の用意を始めていた。
「こんな雨の日にどちらへ?」
「ちょっとフレストのギルドまで行ってくるつもり」
「えっ? まさか、クエストを受けに行かれるのですか?」
「そう、大正解」
「でも……大丈夫でしょうか?」
セリーヌさんは昨日の夜、あの場に居たから心配なのだろう。
真っ先に外へと出て行ったリリアナの残像を見るかのように入り口を見つめる。
「確かに泣き疲れて寝た朝の割には何事も無いように見えましたけど、昨日の今日ではさすがに――」
「うん、私もそうは思ったんだけどね? リリアナがやる気なのよ。今はあの子に任せてみようかなって」
「自暴自棄になっていなければ良いのですが……」
「うん……自分の父親が死ぬ間際の声を聴いた後だもんね。……セリーヌさん、心配してくれてありがとうね? リリアナのことはきちんと見て置くから大丈夫。それに昨日の事情についてはグーファやミミにも話してあるから」
「そう……ですか。くれぐれもお気をつけて」
「うん、いってきます」
カッパに身を包んだ私はセリーヌさんが昼食用に作ってくれたランチバックを片手に入り口で待つ三人の元へと向かった。
「遅いわよ、エリカ!」
「ごめん、ごめん。……ってグーファ、馬を扱えるの?」
「あっ、いや……その……」
御者台にポツンと座っているグーファが困り果てたような顔つきをしてリリアナに視線を送る。
「はぁ……なんで私から言わなきゃいけないのよ? ったく……エリカ、グーファに馬を教えてあげて」
「え? 馬を?」
「そう、私とエリカしか馬を扱えないんじゃ、これから先、大変でしょ?」
「ん~まぁ……扱える人間がいればそりゃあ、楽かもしれないけど……」
「それじゃあ決まりね!」
「(なんかリリアナ、張り切り過ぎじゃない……?)」
ニコッと笑みを零すリリアナの表情は怖いくらい明るい。
むしろ、今まで以上に真っすぐになったというか、動じなくなったような気がしていた。それはグーファも同じようで、目で「大丈夫でしょうか?」と訴えかけてくる。
「……。じゃあ、グーファ? いろいろ教えるから少しずつ覚えていこっか?」
「は、はい! よろしくお願いします」
でも、まだリリアナの動きを止めるには早い気がする。まだもう少し様子を見ようと私は決めてグーファへの指導を始めた。しかし、その道中もリリアナの様子はおかしい。どこか普段とは違っていた。
「なかなかセンスあるじゃない、グーファ! エリカもそう思うでしょ?」
「うん、そうだね? この調子ならすぐに扱えるかも。……ええっと、それで少しスピードを落としたいときは……こう」
「こう、ですか?」
「「あっ……」」
「え、あ……!? あの、その、手を握ろうとかそんなんじゃなくて不可抗力で!」
私の手とグーファの手が偶然、重なった。
きっと真剣ゆえに手元が見えていなかっただけだろう。
だが、それを見ていたリリアナは――。
「別に、二人でイチャイチャしていても私とミミは気にしないからいいわよ? イチャついてもいいのよ?」
「「そんなことしませんっ!」」
「ってシンクロ率、高っ……ふふっ、本当に純粋な恋よね」
いつもならそこまで積極的に絡んでこないはずのリリアナがそんな言葉で揶揄ってくる。ミミもどこか浮かない視線を私へと向けてきていた。
「(リリアナ、本当に大丈夫かな……)」
私の中で不安だけが募っていく。そして、その兆候はギルドでも現れた。
「え!? ちょっとリリアナ!? このクエスト、全部やるの!?」
「え? 当然じゃない! やらなかったらみんな困ることになるし」
さも当然かのように掲示板からぺらぺらと討伐関係の依頼書を取って受付のフレンシアさんに渡そうとする。でも、さすがにこれは常軌を逸して居る。私はリリアナの肩を掴んで確信を突くように言った。
「リリアナ、無理してない? いや、無理してるよね……?」
「え? ああ……大丈夫! もう私、子どもじゃないんだから!」
「それを無理してるっていうの! 全然、分かって――!」
「エリカ。心配してくれてありがとう。でも私、決めたの。エリカの思想だけに私は乗らない。乗るならこの国ごと変えるつもりでやろうって。それが、多分お父様から託された私の命の使い方だと思うから」
「リリアナちゃん、無理しないで……その、私には何もできないけど、でも……」
いつになく自暴自棄も聞こえるリリアナの言葉にミミは目を潤ませる。
「え!? ミミがなんで泣いて……ってエリカ! もしかしてあなた――!」
「ごめん、私の手には余るかなって思って……。それに仲間の一大事を知らないのは酷だと思ってさ」
「はぁ……ったく……」
リリアナはどうやら朝から私たちが余所余所しいことに気づいていたようで「そういうことか」と納得したように私たちを見渡す。
「別に死に急いでるわけじゃない。ただ、そういう家系の血を引く以上は私にだって意地はあるもの。上の連中が腐っていくのを見逃すわけにも行かないし、復讐だって果たしたい。だからこの国ごと変えるって言ってるの」
その眼には一切の迷いなど無かった。
真の意味でリリアナは生きる意味をみつけたように思えた。
「……そっか。うん、なら止める理由もない……かな」
「そうよ!」
「……。ねぇ、リリアナ?」
「ん? エリカ、まだこの期に及んでなんかまだあるわけ?」
「奴隷契約を解除、しよっか」
「えっ……?」
「だってさ、そんな生きる意味を見つけてるリリアナを奴隷なんてものに縛って置いておくなんていいわけがないし、それなら――い、痛っ!」
そう提案するなり、リリアナはズカズカと近づいてきてデコピンを打ち込んできた。
「あなたって筋金入りの馬鹿? 私はあなたの奴隷であることに変わりはないし、私がココに居たいからそれでいいの。それに奴隷って言う肩書きはヘルスティアの名を隠すにはもってこいなんだから!」
リリアナはそう言い切った。元から威勢の良い子ではあるけれど、ここまで輝くような、純粋な表情は見たことがなかった。
「……。リリアナがそう言うなら良いけど……」
「じゃあ、決まり。全部受けるわよ!」
「「「え?」」」
ドサッとカウンターに乗せられた依頼書。さすがにこれだけのクエストを受けるには無理がある。私がその束に手を伸ばそうとしたが、素早くフレンシアさんがその束をカウンターの中にひっこめた。その表情はにんまりしている。
「はーい、それではクエストの承諾を確認しました♪ ふふ~ん~! 頑張ってくださいね? いやぁ~雨の日はモンスターも強くなっちゃって全く冒険者が来なくて困ってたんですよ」
「あ……あはは……フレンシアさん?」
「ん~? なんですか、エリカさん? 却下は出来ませんからね?」
私は思わず「やられた」と心の中で声を出した。
晴天の日と比べて人気が少ないと思っていたが、そういう裏事情があったらしい。
とにもかくにも、受けてしまったものは仕方がない。
「こうなったら殺りに行くよ!」
「そう来なくっちゃね!」
「いやいや、エリカ様! これだけの依頼こなせないですよ!?」
「まぁ、期限があるモノも少ないしなんとか……なるかな? あはは」
私は苦笑いを浮かべながら三人と共に雨の郊外へ向けて出発したのだった。




