第38話 ヘルスティアとの契り
「ごちそうさまでした」
「ああ~食った、食った! よし、次は風呂だな!」
ウェイドは私に『進呈した』と言いながらも図々しく、我が物顔で自分の屋敷であるかのように振舞う。なんやかんや、私やエリックさんに文句を言われながらも就床の時間まで粘って居座り続けた彼だったが、いよいよ帰ると言い出して去って行った。
あくまで、『建前上』は――。
「エリカ様? 失礼します」
「……、セリーヌさんが来たってことはウェイドね?」
「はい。リリアナ様のお父様の件でお話があるとおっしゃっておりまして今、一階でお待ちになっておられるのですが――」
セリーヌさんの後ろには渦中のリリアナが俯いた表情で佇んでいた。
それも当然だろう。自分の父親を殺した男が――殺したいと憎んでいる人物が今になって何かを明かそうとしている。その場に立ち会わされる身からしたら苦しすぎる。
「わかった。案内して」
「はい。ではこちらです」
そう言って通されたのはメイド長の部屋だった。そこには例の如く、ウェイドとエリックさんが居て双方とも真剣な面持ちで私たちを出迎えた。お遊び無しの本気さが伝わって来る。
「悪いな、二人とも。こんな夜も更けてきたころに」
「ううん、それだけ重要な何かなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
リリアナはウェイドに対して強い眼光を向けながらも私の後ろで服をギュッと掴んで離さない。恨みと恐怖――まさにそんな感情が入り混じっているような感じだ。彼はそんなリリアナを見て頷く。
「それでいい……。俺をそんな目で見るのは当たり前だからな」
「白々しい、よくも……お父様を殺しておきながらぬけぬけと……今更、何を話すっていうのよ! この人殺しっ……!」
「……。別に許されたいとは思ってはいない。ただな、今日は君の父上の代行者としてここに来た」
突然、出てきた意味深な言葉に私はオウム返しで聞き返す。
「代行者?」
「ああ。そしてエリカ。君にもこの王国内部の腐り切った現実を見せたくて呼ばせてもらった」
「どういうこと……?」
あまりに深く方向性が見えない話に私は眉間にしわを寄せる。
そんな私たちを他所にウェイドは懐からアーツ・クリスタルのようなモノを取り出し、ボタンを押した。
『殺せぇ!! いますぐ極刑だ!!』
するとそこから響いてきたのは歓声と罵声が入り乱れる声だった。
最早、狂乱するような声が流れ続ける。
「……これって……まさか……あ、あの時の……」
「そうだ。俺がこの手で君の父上に手を下したあの日の音声だ」
「ちょっとウェイド、あなたって人は! なんてモノを流してるのよ! 今すぐ止めてあげて!!」
リリアナはあの日の景色がフラッシュバックしたかのようにカタカタと震える。
当然のことだ。実の父親を目の前で殺された音声を聞くなんて地獄以外の何物でもない。それでもウェイドは首を静かに横に振った。
その直後、音声の中に人の話し声が混ざり始める。
『ルグラスの長男坊か――確か、ウェイドだったな? あれからリリアナはどうしている?』
「お、お……お父様――!!」
その声にリリアナは崩れながらもクリスタルへと駆け寄る。
『……エリオット様、その……残念ながらリリアナ様はこちらの屋敷には――』
『な、なんだと……!? 娘はルグラスの屋敷に着いていないというのか!?』
『はい、残念ながら……。周辺を捜索しましたが、見つかりませんでした。本当に、ほんとうに申し訳ありませんっ……』
『く、くそっ……! 娘だけはと……。リリアナ、こんな罠にハマった愚かな父を許してくれっ……』
歓声がワーワーと高まって来る。公爵による民間人の殺害。それは国家を揺るがすことであり、民意が狂気に満ちるのも納得できるものだったのだろう。
『最早、俺もここまで……か』
『何を言っているのですか! 今から縄を切ります。そのうちに――!』
『馬鹿め、そんなことをしてみろ! ヘルスティアだけでなくルグラス家も根絶やしにされるぞ! それに、ルグラス家の当主になったばかりのお前が俺の斬首に選ばれた理由を考えよ。『家柄同士の関係を断ったという証を示せ』ということであろう』
『しかし、それではあまりにも――!』
外野では罪状が読み上げられる。その時は刻一刻と迫っていく。
『いいかよく聞け、ウェイドよ。今回の一件は財政を仕切っているジルバート・サルミレスの奴隷流入案が原因だ。大量の奴隷を作り出し、経済を回そうなど……人のすることではない。ただ、私利私欲のためだけの政策だ。だが、あれを阻止しようとした結果、俺はこうなっている。あの男には気を付けよ。何があっても奴を信用するな』
その言葉の節々から怒りと恨みが伝わって来るが、本質はルグラス家のことを心配しての発言であることは分かる。それだけでいかにヘルスティアとルグラスの関係性が高かったかが伺える。
『……そして、最後に若手の公爵であるお前に頼みがある。いち子を持つ親としての願いだ。どうかリリアナの生死を探って欲しい。生きているならば面倒を見てやって欲しいのだ。頼む……。でなければ死ぬにも死に切れん』
『死刑を執行せよ!!』
時間は残酷にも終わりを告げる。声の節々でウェイドの声が悲しみのあまり、震えていく。
『……その願い、その思い、承りました。ルグラスの家名にかけて盟友であるヘルスティア家との契りは……必ず、果たします』
『そうか……ならば、もう思い残すことはない。――リリアナよ、何があっても折れるな、強く生きろ。ヘルスティアの名に相応しいようにな』
まるで、その言葉はリリアナが生きていると信じてやまない公爵としての言葉ではなく、一人の父親としての願いと思いだった。
「お父様……! 私は――わたしは生きています。……だから……!」
言葉にできない辛さ、無念さを溢れだすようにリリアナはその場で泣き崩れた。
私も涙が止まらなかった。こんなにも理不尽なことで親と子ども引き裂かれる、こんなことがあっていいのかと。もう、どんな声をリリアナに掛けたらいいのか分からない私は彼女を抱きしめてあげる事しかできなかった。そんな中、ウェイドはリリアナの前で膝を付いて冷静に語る。
「改めて言おう。リリアナ。俺は決して許して欲しいとは思ってなどいない。だが、君の父上との――いや、ヘルスティア家との盟約はいまだ健在だ。必ず、盟友ヘルスティアの不条理を、汚名をそそぐまでルグラスの名にかけて、戦うと約束しよう。我ら両家は一心同体だ」
そして、彼は確信を持ったように私の目を見る。
「エリカ、聞いての通りだ。こんなことが続けばいずれ、反王家という思想が出てくる。それは民意ではなくても反乱軍という形で出てくるかもしれない。そこまでのリスクを他の公爵連中は微塵も考えてなどいないんだ。要は民は『モノ』だと思っている。はっきり言って腐りきっていると言っていい。でも、それが隠しようのない王国の現状なんだ」
変革を望んでいるが、それでも変えられない。そんなやり場の思いを一心に込めた言葉だったように思う。今の私に言えることはただ一つだけしかない。
「正直、私にはウェイドたちのような『公爵』の考えは分からない。それでもそんな考えは間違いだってそう思う。だから、私は愚直に、実直に前へと進む。もちろん、この子たちと一緒に」
「……。別にけしかけるつもりで言ったんじゃないんだが……。まぁ、それでいい。リリアナの為にもあの坊主や嬢ちゃんの為にも、俺たちが進んで道を切り開くしかない。お互い確実にやれることをやっていこう。最悪、エリカの背中は公爵である俺が守ってやるから心配はするな」
「ぁ……な、何を急に格好つけたように……」
「ふっ、格好良かったか? ドキッとしただろ?」
「まさか、全然よ」
「たぁぁぁ……真面目な話なのにどうしてそうなるんですか……」
そんな風景に終わりを告げるようにエリックさんがため息を盛大に漏らす。結局、ウェイドはその後、嫌々ながらもエリックさんに引っ張られ、屋敷を後にして行った。
そして、残された部屋では静かな泣き声が木霊していた。
「お父様……私はどうしたら……ううっ……」
「リリアナ……(正直、掛ける言葉が見つからない……)」
「今、ハーブティーをお持ちしますね」
私とセリーヌさんは泣き止まないリリアナとそのまま一晩を明かした。
これから私が進むべきを道を頭の片隅に思い浮かべながら――。




