第37話 剣士の意地
「てやぁ!!」
「だから、お前の攻撃は単調なんだっ!」
「僕だってお前の攻撃は読めてる! 昨日と同じ結果になると思うなよっ! ぬらぁぁぁ!!」
カンカンと木刀がぶつかり合う音が屋敷の前で響き渡る。
どうしてこうなった?
「はぁ、それも私のせいかぁ……」
「エリカ様も大変ですね? お二人から求愛をされて」
私を見てほくそ笑むセリーヌさんはどこか楽しそうだ。
「セリーヌさんはいいよね? 他人事だから――いっそのことウェイドを貰ってくれればいいのに」
「え!? な、なんでそうなるんですか!? 私は一介のメイドであってそのようなことは――」
「ふ~ん~?」
「わ、私! 夕飯の状況を確認してきます!」
「あっ、逃げた……!」
少しだけ鎌をかけてみただけなのに顔を赤くして去って行く。やっぱりセリーヌさんはウェイドに気があるのかもしれない。今度、絶対に問い詰めよう。
「そんな事よりコレ、どうしたものかな……」
グーファとウェイドの稽古――もとい、私をかけた戦いは不思議なことに平行線をたどっていた。まぁ、正確にはウェイドが手を抜いているのだろうが……。
「青二才、脇が甘いぞ! 近距離なら得物だけに頼るな!」
「がはっ……クソが! 足を使うなんて卑怯な!! このぉ!!」
「馬鹿が‥…感情に任せればそれは力技になるんだ!」
ウェイドの膝蹴りで距離が離れた二人はつばぜり合いになるが、そこからウェイドは体を半身外し、グーファの足を引っかける。ドテッと勢いよく転んだグーファは体勢が立て直せず、ウェイドに剣を向けられる。
「くっ……」
「何が「くっ」だ、この馬鹿者! 目を瞑ってどうする!! これが刀だったらお前はあと数秒で死ぬんだぞ? むざむざと死ぬつもりか!?」
「ぬあああ!!」
パコン、パコンと殴られながらもグーファは木刀を片手に立ち上がり食いついていく。限界でも、力が届かないと思っても勝ちに行こうとする姿勢を諦めない。
そんな姿は見ていて嫌いじゃない。グーファに勝って欲しいから私は出来る限り、大きな声を出す。
「グーファ、頑張れ! きっと一本は取れるよ!」
「おい、ハニー? 未来の婚約者である俺への応援はないのか?」
「ぬかせぇ!!」
「お? 青二才が怒ったぞ? 熱い、熱い!」
やっぱり、ウェイドは楽しんでいるらしい。するりと体裁きで斬撃を交わしてグファ―に一撃を入れた後、笑顔をこっちに送る余裕すらある。これは今回も無理だと思った。グーファも片膝を付いて動こうとしない。
「ははっ! もう動けないか! また俺の勝ちだな! まぁ、そもそも一日で埋まるほど、剣の修業は簡単じゃない」
「うっ……」
ウェイドは意気揚々と木刀を片手に悠々とグーファへ近づいて行く。
しかし、グーファが強かに笑うのが私からは見えた。
「――待っていた。俺の間合いに入るのを!!」
「なっ!?」
「もう遅いっ! <剣帝よ、鋭き刃は神速となりて真敵を滅する。我が斬撃に力の施しを与えよ>」
グーファはゴーレムとの戦いで見せた閃光の刃を放った。それも絶対にウェイドが避けられないポイントまで引き寄せてからの攻撃だ。
確実に『取った』と確信してやまなかった。
しかし、ウェイドはその場に倒れ込みながらギリギリで攻撃を避け、その勢いのままバク転するように後転し、態勢を立て直す。そして、その間に目の前まで接近したグーファに対して平然と木刀の剣先を向ける。
その一連の激しい動作があったにもかかわらず、ウェイドの息は乱れていない。その余裕綽々とした表情にぎょっとしたグーファは敵わないと感じたのか、上段の構えのまま止まる。その手はあまりの悔しさからか震えていた。
「くっ……なんで……なんで、届かないんだっ……!」
「それは経験の差だよ、坊主。だが、今の一撃は良い発想だった。――まぁ、騎士道精神には反するが、愛する者を守るためなら当然のことだな」
「っ……。参りました」
「うむ。エリカにギュッとしてもらえ? 俺はカッコいい系騎士様だからな」
確実に貫くはずだった刃。それが届かなかったことがあまりにもショックだったのだろう。その場に崩れ堕ちたのを見て私が駆け寄ろうとしたが、ウェイドは「待て」と手で合図をしながら私の元へ寄って来る。
「あいつだって男だ。たまには突き放して一人で泣かせてやれ」
「でも……」
「見込みのある奴ならもっと上達するためにはどうしたらいいのか、考えるはずだ。それにお前のことが本当に好きならあの程度の腕では駄目だ。絶対に守り切れん」
「守り切れないって戦争が始まるわけでもないのに」
「……エリカ、お前は分かっていない。お前がやろうとしていること――つまり、理想として掲げようとしていることは実質、王国や帝国、下手したら世界全土を相手取った『戦争』のようなモノだ。どこから脅威が襲い掛かって来るか分かったもんじゃないんだぞ」
「そっか……そう、だよね……」
リリアナの一件で私は知っていたはずだ。奴隷を平等に、そして幸せな生活を送らせる。それを実現するのかどれだけ難しいのかということを――。
「まぁ、そう落ち込むな。俺は俺なりにやる。だから、エリカはエリカなりに前に進んでみろ。あの坊主みたいに悩みながら前に進めばきっと、いつか道は開けるはずさ」
そんな言葉を残してウェイドは屋敷の中へと戻っていく。そのフォローといい、グーファへの剣術指南と言い、優しい人だなと思ってしまう。
そうこうしているうちにグーファが涙を溜めながらこっちに歩いてくる。
完全にタイミングを逃した私はどうしようと慌てふためく。そんな様子の私を見たからか、グーファもやり場のない悔しさが湧き出て涙を流す。
「すみません……また……また負けて――」
「……そうだね。また負けたね」
塩を送るような言葉にグーファはピクッと反応して酷く落ち込む。今にも壊れてこの場から走り去ってしまいそうな彼を逃がすまいとギュっと抱きしめる。
「離してください……僕は負けたんだっ……」
「馬鹿だなぁ、それなら努力すればいい……。経験と努力は絶対に裏切らない。それは私が保証する」
「分かったようなことを言わないでくださいよ……。僕はあいつの動きを見て勝てると思って戦った――それでも届かなかったんですよ……?」
「グーファ、少し冷静になって? 私のことが目の前にあって目が曇ってる。あれが――この前のウェイドが、本当に『全力』だと思う?」
「っ……」
そう問うとグーファは静かに胸の中で首を横に振った。
「そうでしょ? なら、そのすべての技術を奪うくらいの勢いで行かなくちゃダメ。今日できたこと、やればよかったと思う事を見つめなおして次に生かせばいい。そうすればそれが私の――いや、みんなの為になる」
「そういうもの……なの、かな……」
「確かにグーファにとっては辛いことの連続かもしれない。それでもその技術がきっといつか役に立つ時が来る。私はそう思うの。それは実力的にも精神的にもね? あとグーファ? 勘違いしているかもしれないから言うけど、私は剣の実力がないとかあるとか、そんなことで『グーファとの関係を断ったりしたい』とは思わない。だから前を見て。――前を向かないグーファが一番、格好悪い」
そう言い切ると一段とグーファは涙を拭おうとする。それでこそ、私の剣士だ。
それでも今だけは優しくグーファを包み込む。それが私に今できることだから。
こうして淡い青春のような感覚を覚える私たちを初夏の夕陽が照らし、そして太陽は暮れて行った。
「エリカ様~グーファ様~? 夕食のご用意が出来ましたよ!」
「あっ、うん! 分かった! 今行くね!」
セリーヌさんの声掛けで私たちは屋敷へと戻ったが、そこにはあまりにも複雑な状況が広がっていた。
「遅いぞ? エリカ」
「ウェイド……!? あなたまだ居たの?」
「おいおい、心外だな、ハニー?」
「誰がハニーよ……さっきから気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって……」
「はぁ~……だから進言したはずですよ? 「ささっと帰りましょう」って」
エリックさんは疲れたと言わんばかりに盛大なため息を漏らす。正直、心中察する。
私とウェイドに振り回される一日だっただろうエリックさんには頭が上がらない。
でも、それ以上に気まずそうにしている人物がいた。そう、リリアナだ。
彼女の為にもウェイドはココに居てほしくない。
「……。悪いけど、帰ってくれる?」
「俺は飯を食ってアフターティを飲んだら帰るぞ? それまでは帰らないからな」
ニコッと笑いながらウェイドの顔が一瞬、真顔になる。あれはどう見てもふざけている顔じゃない。エリックさんに目を向ければほんの少しだけ会釈をされる。何かをするためにここに残っているのは間違いないみたいだ。
「はぁ、バカに何を言っても無駄ね。勝手に食べて行けば?」
「ああ、セリーヌの作る飯はうまいしな!」
「……そ、じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
こうして長い1日を終えたはずの夜はまだまだ長さを帯びるように始まった。




