第36話 落としどころ
「エ、エリカ様!! これはどういうことですか!? んぐっ!」
「やめて! 放してよ! ん~!」
玄関から外に出て少し離れた位置でセリーヌさんの怒号が響き渡る。それも当然だ。屋敷に居るメイド全てを縄で拘束し、口枷をはめているのだから。
「……ったく、ウェイド様に頼まれてきてみれば、いきなりメイドを全て捕らえろなんて面倒なことを」
「すみません、エリックさん。念には念を入れたかったので」
「んで? 俺は何で、てめぇに呼ばれたんだ? ウェイド公爵からは屋敷に行けばうまい話になるし、もっと俺と多くの奴隷契約を結んだっていいって聞いてきた訳だが?」
「……私だって叶うならアンタの顔なんて二度と見たくなかったわよ」
「おお、奇遇だな? おれも同じだ」
「それで例のモノは?」
「……あぁ、しっかり持ってきたさ。でも、この光景から察するに面白そうだからよ、付き合ってやる」
ニタニタした奴隷商人は目の前に座る数十人のメイドたちを見て舌舐めずりをする。その不気味な笑みは商品としての価値を考えるような笑みだった。
「それじゃあ、この子たち全員を『私のモノ』にして。意味、分かるでしょ?」
「ほう? へへ、最高だなぁ~? 偽善者が悪に堕ちる瞬間ってのは――」
奴隷商人が気分よさげに取り出したのは真紫の液体容器だった。液体といってもペンキの様な質量のあるドロッとした紫色の液体だ。それを丁寧に奴隷商人はメイドたちの首裏に塗っていく。
「嫌っ、嫌だ!!」
「ほら、動くな……。せっかく楽しいパーティーなんだからよ!」
「ぬあああ!!」
液体が塗られるたび、雷でも落ちたのかと思う程、絶叫を上げてその場に倒れ込む。
そう、これは――奴隷にするための儀式だ。私は彼女たちを奴隷にしたのだ。
もう彼女たちに自由はない。私は隷従の指輪を付けた。
「ど、どうしてこんなことを――」
「セリーヌさん、後で怒られるから……今は――<我は主として命じる。指名した人間以外の発言は認めない>」
「っ……!」
「――そして再度、<我は主として命じる。虚偽の発言は許さない>」
そこまで命じて私は全員の前でこう告げた。
「これからあなた達に一人ずつ話を聞いていく。その答えによってはあなた達をそこの奴隷商に売ることも考えてる。じゃあ、まずは左端のあなたから――」
私は険しい目つきで一人ずつに対して私たちを何かしら裏で馬鹿にしたことはあるか聞いて行った。反応は人それぞれで嘘を話して痛みに苦しむ者や仲間を売る者、素直に自分から謝る者など様々だった。
「じゃあ、最後にセリーヌさん。あなたは私たちを馬鹿にしたことはある?」
「いいえ……」
「そう……。じゃあ、ここまで全員の話を聞いてどう思った?」
「……正直、情けなくなりました」
「どうして?」
「だって、ウェイド様みたいな方が居るからエリカ様のような人が出てきたんだって思っていたから……奴隷に対する価値観が違う人がようやく出てきたんだってすごく、すごく嬉しかったから……。それなのに信じていた人たちがこんなにも酷いことを思っていたなんて信じられなくて……」
「……そうだろうね。私もきっと同じ立場ならそう思う」
そこまで聞いた私は立ち上がってセリーヌさんに向けて言葉を紡ぐ。
「<我は主として命じる。セリーヌのみ従属の呪縛から解放せよ>」
全員がなぜあいつだけ開放されたんだと言いたげな視線を送って来る。
でも、これにはちゃんとしたわけがある。
「セリーヌさん、あなたには今後もメイド長として屋敷を任せる」
「待ってください!! だからってどうして私だけなのですか? 他のみんなはどうなってしまうのですか?」
「それは――全てあなたに任せる。あなたが信用できると思った人間だけ引き抜いて、屋敷で働いてもらえばいい」
「……でも!」
「でもじゃない。これはメイド長であるセリーヌ、あなたの失態。だから、責任を取ってもらう」
「……! しかし、そんな判断基準で奴隷落ちにさせるのはあまりにも――」
セリーヌは私に食い下がる。それでも過酷な環境を生き抜いてきたセリーヌさんをさらに成長させるためにもここでは鬼にならなくてはならない。
「可哀そうって言いたいのよね? でも、ココに居るのは今まで奴隷として苦しい思いをしてきた子たちでしょ? それなのに「奴隷だから」、「人殺しの娘だから」と人の傷口に塩を塗り込むように影口を叩くなんていうのは『幸せにあぐらをかいているに等しい』と思わない?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
「それにね? さっき思ったの。朝ご飯をあなただけが配膳しに来た。それは配慮の意味もあったんだろうけど、普通悪いことをしたと思ったら謝りに来ると思うの。ここに来るまでの間、謝ろうとする意志があったのなら私もここまでする必要はないって思っていたの。――でも、実際はどうだった?」
「……っ」
「そういう物事、全てを見て聞いてあなたが奴隷に戻すか考えてほしいの。ウェイドのことを信頼しているって分かるからこんなことを言うのよ? ……もちろん、奴隷にはせず、屋敷から追放するっていう方法だってあるからよく考えて判断して。いいわね?」
セリーヌさんは私の言葉に言い返すことが出来ず、険しい表情のまま私から隷従の指輪を受け取り、指にはめ込んだ。
結局、その日は給仕はいいからじっくり考えてほしいと告げ、私たちは自由に一日を過ごした。ただ、「自由に」とは言ってもメイドさんたちが戦力にならない以上、掃除に洗濯、料理をグーファと共同でこなしていく。
「エリカ、メイドさんたち無事に落ち着くかな……?」
「こればっかりは何ともわからない。私たちが心配したってどうにもならないと思う。今はただ、セリーヌさんを信じるしかないよ。あっ、グーファ。菜箸を取ってくれる?」
「あ、うん……エリカって結構、料理がうまいんだ……?」
「そう? このくらい普通だと思うけど」
心配そうでいて、楽しそうなグーファと共に昼下がりを過ごし、起きたリリアナとミミに事情を話した。二人ともまさか寝ている間にそんなことになって居るとは知らず、驚いていた。
「そんな事をしてくれていたなんて……ありがとう、エリカ」
「ううん、お礼を言われることじゃないよ。私は自分が思ったことをしただけ。あとはセリーヌさんがどう決断するかだろうけどね」
「さぁ、エリカっ――様! そろそろ夕食の準備をしましょうか?」
「ふっ、グーファはなんだか、私たちが寝ていた間、楽しんでいたみたいね」
「た、楽しんでなんて! そ、そんなことありませんよね? エリカ様?」
「どうだったかな~? 私は少なからず楽しかったよ?」
「……!? どうしてそこで梯子を外すんですか!?」
慌てふためくグーファを見て思わず、みんなで笑う。なんかいつもの感じに戻ってきたような気がしていた。そんな最中、部屋のドアがノックされた。
「セリーヌです。今、よろしいでしょうか?」
「あっ、うん。どうぞ?」
「やぁ、エリカ! 俺もお邪魔するぞ」
「ウェイド!?」
颯爽と入ってきたのはセリーヌではなくウェイドだった。その後ろからはメイド長であるセリーヌとそれ以外に5名のメイドが入って来る。
「なんでも今回の件、処理の目途が立ったそうだ、それじゃあ『最終報告』とやらを聞こうか」
ウェイドはドスッと私の横にあるソファーへ座りながらそう言った。その声に反応する形でセリーヌさんは一歩前に踏み出して報告を始めた。セリーヌさんが下した決断は5名の追放と3名の奴隷商への売却というものだった。
「私は信頼できる人間を丸1日かけて見極めたつもりです。それにこの人数が私が扱える最大人数だと思います。何かとご不満、ご不便をおかけするかもしれませんが、これでお許しをいただければ――」
「分かった。ごめんね、セリーヌさん。辛い決断だったわよね?」
「いえ、私がまとめ切れていなかったのが問題でしたので……」
「……。またこれからよろしくね?」
私は手を差し出すが、セリーヌは首を横に振った。そして、そっと私の手を戻させて6人全員がリリアナの前に並び、頭を下げた。
「「この度は本当に申し訳ありませんでした」」
「本当に、本当に申し訳ありませんでした」
セリーヌさんが最後に頭を下げる。突然の謝罪にリリアナは動揺したようだったが、静かにメイドたちの元に寄っていき、手を差し出した。
「……。こちらこそ……また、よろしく……お願いします」
「はい。こちらこそ誠心誠意尽くさせていただきます」
「よし! これで一件落着だな。エリカ?」
「ええ……。でもウェイド? あなたにも色々と聞きたいことがあるんだけど?」
「ああ~それはあれか? 結婚の条件か?」
シレッと待ってましたみたいな反応をするウェイドを見て本当にブレない男だとため息を付く。そして同時にグーファの殺気が増し始める。
「エリカ様……こいつ、叩き切っていいですか?」
「お? 青二才、怒ったか?」
「誰が青二才だ!!」
「ちょっ。グーファ! 落ち着いて」
こうして話の焦点がぐちゃぐちゃになった最終報告はウェイドにかき回される形で終わりを迎えたのだった。




