第35話 下準備
「――そう。そんな過去があったんだね……」
「ちょ、ちょっとエリカ? 苦しい……」
「ごめん……。でも、私にできるのってこれくらいだからさ……」
リリアナの過去は私が想像していた以上にハードでショッキングなものだった。
どんな言葉で見繕ってもその悲しみは癒すことは出来ないだろう。
今思えば、今まで強気に思えた態度は『最早、どうでもいい』という現れだったのかもしれない。それでもリリアナはヘルスティア家の家訓を受け継いで強く、つよく生きていたことに違いはない。
「ありがとう……リリアナ。そんな辛いことを話してくれて」
「うん……」
少し暑くなり始めた太陽の日差しが私たちを照らした。私はとりあえず、リリアナを屋敷に戻してグーファとミミに事情を話してから一緒に居てあげてほしいと頼んだ。
「エリカ様に話したんですね……リリアナの奴」
「うん、とりあえず、私はセリーヌさんと会ってからどうするか考えてみる」
「わかりました。お願いします」
グーファは心配そうにしながらも私の部屋にいるリリアナの元へと向かった。私はその足で屋敷一階にあるメイドたちの部屋へと足を運んだ。
「セリーヌさん、居る?」
「あっ、エリカ様! リリアナ様は見つかりましたか?」
「うん……まぁね? それでさ、ちょっといい?」
部屋の中に複数名のメイドたちが居るのを確認してセリーヌさんだけ部屋の外へと呼び出した。
「今回のこと、他のメイドさんたちはなんて言ってる?」
「起きないリリアナ様を無理やり起こしてしまったからああなったと……」
「そう……。リリアナは『私たちのことを馬鹿にする発言をされた』って言ってる。それに父親のことも愚弄されたって。だから、許せなくて掴みかかった」
「え? それは絶対にありえません!」
「なんでそう言い切れるの? リリアナ本人がそう言われたと言ってるのよ?」「……。しかし、私たちは元々、奴隷だった身なんです。そのようなことを言われるのが一番、嫌だということは私が、私たち自身が一番知っています。そんなことを言うとは思えません!」
セリーヌさんは元々、奴隷だったことは知っていたが、まさか他のメイドたちまでもが元奴隷だったとは知らなかった。でも、それならなおさら許すわけにはいかない。
「ねぇ、ウェイドに連絡は付けられる?」
「えっ!? ウェイド様にですか? そ、そこまで勘に触ってしまったという事でしょうか? それであれば私がもう一度、メイドたちに聞いて事実を確認いたします! そして、その後、事実がはっきりし次第、どのような罰でもお受けします。だから、どうか――!」
セリーヌさんは私の言葉に明らかに動揺する。
でも、それも善し悪しだと思っている。確かにメイド長という立場上、彼女たちを庇い、屋敷の風紀を守る。それがセリーヌさんに課せられた役目だ。だが、だからといってすべてを背負い込む必要性はない。
「ごめん。悪いけどセリーヌさんの為にも私は退くつもりはないよ」
「えっ? どういう事でしょうか?」
「今回の件は確かにメイド長としての監督責任を取られるかもしれないけど、セリーヌさんは悪くない。言ってしまえば人としての価値観の問題。――だから私たちにいつも優しく接してくれているセリーヌさんが全ての責任を負う様なことになって欲しくないの。まだ出会って、たったの数日だけど私はあなたの言葉に救われたのは本当だから」
「……エリカ様」
「それにね? トップのあなたが責任を負っても本人たちが自覚しなきゃ意味がないでしょ? その発言がいかに自分の立場を不味くするものかってことを――」
「そう……ですね。分かりました。では、こちらに」
何も言い返せなくなったセリーヌさんは一度、目を瞑ってからメイド長にあてがわれた部屋へと私を通した。その部屋は綺麗に整理されていて本棚と机、それからベッドがあるだけの簡素なものだった。机の上にはウェイドと仲睦まじく取った写真が飾られている。
「本当に仲が良かったんだね? ウェイドと」
「……ええ、この屋敷に来る前は数年間、ウェイド様のお屋敷でメイドをしていたので。すごくお世話になりました」
セリーヌがそう言いつつ、本棚をいじると小さな小部屋がその先に現れた。俗に言うその隠し部屋にはメモ帳とペン、指輪だけが置かれていて、セリーヌさんは私の指に指輪をはめた。
「これでウェイド様に声が届くはずです。私は外でお待ちしておりますので――」
セリーヌさんは心配そうな面持ちで小部屋を後にしていく。きっと私がどんなことを言うのか気になるのだろう。
「……ウェイド、聞こえる?」
「え、エリカ!? どうしてお前がこの回線を――!」
驚くウェイドを他所に私は朝に起きた一件を包み隠さず話し、同時に私がこれからしようとすることについても話を通した。
「……エリカの言い分はよく分かった。全て任せる。元々、屋敷の全権は全てエリカにあるからな。使用人に関しても同じだ」
「そう……ありがとう。でも、あなたが『反対しない』なんてね」
「恩を仇で返されたんだ。ましてや俺の好きな女とその女が大切にしてる人間が馬鹿にされたんだぞ? 当然のことだろ。……本当にすまないな、俺の監督不行き届きで面倒をかけて」
「もう起きたことだから仕方ないよ。あとは私の方で終わらせるから――あと、セリーヌさんを絶対に責めたりしないでよ?」
「ああ、分かってる。こっちからもいろいろと手配をしておく。よろしく頼んだ」
そこでウェイドとの通信は途切れた。これで日が暮れるまでにはすべてが片づく。
小部屋を出ると酷く落ち込んだ表情のセリーヌさんが飛びついてきた。
「ウェイド様はなんておっしゃられていましたか!?」
「全て私に任せるって」
「そう……ですか……」
「ああ、もうそんな心配そうな顔しないの。みんな平等に裁くから。きっちりメイド長であるあなたにも責任は取ってもらう」
「はい……謹んでお受けします」
「ん。とりあえずさ、腹が減っては何とやらだし、ご飯出してくれる?」
「かしこまりました。すぐにお部屋の方にご用意します」
それからしばらく経ってセリーヌさんが私たちの部屋を訪れ、食事を提供し始めた。
「失礼します。……リリアナ様、大丈夫……ですか?」
リリアナは少しだけこくりと頷くだけで特に言葉を発しなかった。メイドに対する不信感はきっとセリーヌさんにまで及んでいるのだろう。
「私が言うべきことでは……ありませんでしたね」
「……。」
「……? あの、エリカ様、どうかされましたか?」
「あっ、いや、何でもないの。ありがとうね、セリーヌさん。グーファ、手伝ってあげて? そのパンとおかずをリリアナの方に」
「はい! 今日は洋食だ! すごい旨そう!」
「ミミも手伝うの! リリアナちゃんはそこに居てね!」
「あ、ありがとう……ミミ」
平穏の様で平穏ではないこの空気感を何とか和らげようとグーファとミミが精いっぱいの明るさで振舞う。さすが仲間だなと思ってしまう。遅めの朝食を取るとミミはリリアナにべったり甘え始める。
「ちょっとミミ……なんでそんなに今日はびったりと」
「くっついちゃダメなの?」
「いや、ダメじゃないけど……眠くなっちゃう」
「フフっ、リリアナもミミも寝ていいよ。別に今日はギルドの仕事もやるつもりもないから」
「え!? 私にもしかして気を使ってるなら――痛っ! なんでデコピン!?」
「気を使うのは当たり前でしょ? 私はあなたのマスターなんだから! 辛いなら辛いってちゃんと言わないとダメ」
「そう! エリカお姉ちゃんの言う通りなの!」
「……ごめん。じゃあ、ちょっとだけ眠むってもいい?」
「うん」
「じゃあ、ミミも寝るの!」
リリアナが塩らしく寝ると言い出したことでミミは付き添うようにベッドに入る。そんな風景に「姉妹みたいだなぁ」と思ってしまう。すやすやと寝息を立てる二人を見ながら私とグーファがお茶を飲んでいると扉がノックされた。
「エリカ様……あの、エリックさんと奴隷商人の方が」
「分かった。今、行くから。――来たわね。グーファ、突然で悪いんだけどお願いがあるの」
「お願い、ですか……?」
「そう、私たちの為に――」
そこから手短に私はグーファへと『これからやること』について掻い摘んで話をした。最初こそグーファは難しい顔をして悩んでいたが、「朝の一件が起こった以上は仕方がない」と私の案に賛同した。
「さぁ、ツケを払ってもらおう」
私はそう静かに声を出し、グーファと共に部屋を後にした。




