第34話 リリアナ 【リリアナ視点】
私――リリアナ・ヘルスティアはヘルスティア家の長女としてフレスト郊外の貴族街で育った。私の両親は公爵家の中でも発言力があり、王家とも親しい間柄だった。
そんな環境のせいでもあったのだろうが、小さい頃から英才教育を受けながら過ごしてきた。それはいずれ、ヘルスティア家の当主になるためには必要な事だった。
「いい? リリアナ、あなたにはお父様に似て魔術の才能があるわ」
「そうなの……? 私はお父様みたいに完璧な魔術は使えないし……」
「大丈夫さ。俺の娘なんだ。今だって攻撃に守り、それぞれの魔術を使えているじゃないか。俺もその歳で魔術は使えなかったからな」
「そういうもの……なのですか? お父様」
「ああ、そうだとも。だからこんなにお母さんも嬉しそうなんだぞ?」
ニコニコと笑顔を浮かべるお母様と私を誇らしく思ってくれるお父様。
ただ、単に公爵家という地位が付いて回るだけでどこにでもある家庭環境だった。
しかし、不幸というモノは音も無く忍び寄って来ていた。
「リリアナ、起きなさい!」
「う……ん? お母様……?」
「家を出る支度をしなさい。早くっ!」
深夜、私は意味も分からぬまま叩き起こされ、これからヘルスティア家と親交の厚いルグラス家に身を寄せることになる事を矢継ぎ早に聞かされた。突然の事態に状況の処理が追いつかない。
「一体、何があったのですか?」
「詳しく話して居る時間はないが……リリアナ、お前ももう15歳だ。立派に家を継げるだろう。どうか冷静に聞いて欲しい」
「は、はい……お父様」
「今、俺には複数の民間人を殺したという殺人の容疑が掛けられている。どれもこれも根も葉もないでっち上げだ。……しかし、証拠も入念に作り上げられてしまっている。それ故に私や母さんが拘束されるのも時間の問題だ。だからリリアナ。お前にはここから逃げて、生き残ってほしい」
「えっ……? お父様とお母様は?」
「すまないが、今の状況を覆すのは難しい。恐らく、あともって数日の命だろう」
「嫌っ、イヤイヤ! そんなのダメ! みんなで逃げましょう? そうすれば――」
その刹那、パチンとお母様が生まれて初めて私の頬を平手で打った。
「お父様のご厚意を無駄にしてはいけません! これは私とお父様の願いなの、どうか、生きてっ……!」
「リリアナ、本当に済まないと思っている。身勝手だが、行ってくれ。ヘルスティアの血を受け継ぐお前を――愛しい愛娘をこんなところで殺されるわけにはいかないんだ」
死を覚悟してる両親を前に私は何と言えばよかったのだろう。その時の私はいろんなことが頭の中を駆け巡って言葉にならず、とにかく泣くことしかできなかった。
「エリオット・ヘルスティア公爵! 貴殿には殺人の容疑が掛けられている! すぐにこの扉を開けよ! さもなくなば抵抗の意志ありと判断し、勝手に入らせてもらうぞ!!」
「今、行く! ――意外にも迎えの兵が早かったな……。リリアナ、ヘルスティア家を再興しろとは言わん。だから、必ず何があっても生き延びろ。それが俺の――父としての願いだ、約束できるな?」
「はいっ……」
「よし、頼んだ」
「リリアナ、こっちよ」
お父様は私の返事を聞くと深く頷いて杖を片手に玄関へと向かって行く。その後ろ姿はとても偉大で大きかった。私を守り、逃がすためだけにお父様は戦うつもりなのだという意志を感じ取れるほどだった。
そして、私は裏口に止められた馬車に乗せられた。
「お母様、お母様も来ないの?」
「……リリアナ、ごめんね。一緒には行けないの」
「居たぞ! 逃がそうとしているぞ!!」
「行って!!」
お母様の声に反応し従者が馬を走らせ始める。お母様と繋いでいた手がスッと離れる。そして、最後はいつも見せる優しい笑顔を見せていた。
「……お母様、お父様――!」
しかし、悲劇はまだ終わってなどいなかった。兵士たちが私を逃がすまいと騎馬で猛追してきたのだ。従者の男も精一杯、馬を操り逃げようとしてくれていた。だが、不幸にも馬に矢が命中し、私が乗った馬車は盛大に事故を起こした。
目覚めた時には従者は既に殺されていた。
「へぇ、こいつが人殺しの公爵令嬢か? 可愛いな?」
「馬鹿、手を出したら斬首刑になっちまうぞ?」
「んなもん、楽しんだら奴隷商人に渡しちまえばいいんだよ。これだけの上玉だ。多少、傷物でも高く売れるさ」
そこから私は男たちに凌辱され、翌朝には街の奴隷商に売られていた。
悔しかったし、悲しかった。『気高く、誠実であれ』とお父様からヘルスティアの家訓を教わったが、こんな状況でこれからどんな目に合うのか分からないのに気高く、誠実になんて無理だった。恐怖と絶望だけが渦巻く。それでも両親と約束した誓いだけが私の道を照らした。
「(何があっても……必ず……生き残る。そして絶対に……ぜったいにお父様たちを罠にハメた奴を見つけ出してこの手で――殺してやる)」
その思いが、家族を奪われた憎悪だけが私の活力になっていた。それから三日後、そんな私をさらなる不幸が襲った。奴隷商人が「今日、お前を売りに出す」と言い、とある場所で馬を止めたのだ。
「へぇ? 面白いことをやってんな? まだ時間もあるし見てから行くか。ここで待ってろ」
「嘘っ……ここって……」
私は思わず、口を必死に塞いだ。大衆に囲まれたその先にはお父様とお母様が居て、まさに今から斬首刑に処される現場だった。心が張り裂けてしまいそうになる。
「――よって、この者、エリオット・ヘルスティアとその妻、リーナ・ヘルスティアを斬首刑とする! 即時、執行せよ!!」
民衆がワッとなる中、私は目も耳も全て塞いで必死に見ないようにした。それでも声だけは響いてくる。
「何か最後に言い残すことはあるか!」
「……私は罪人ではない!! 例え、この肉体が朽ちようとも私の生きる血がこの世を照らす日が来るであろう!! 我が一族は最後まで負けぬ!!」
「おとう……さま……くっ……」
その言葉に私は目を開く。周りはきっとその言葉の意味など分からなかっただろう。そして私がこの場に居るなど、お父様は知る由も無かっただろう。でも、その最後の言葉は確実に私へ向けた言葉の気がしてならなかった。
「刑を執行せよ!!」
「やめて……やめてぇぇぇ……!!」
そんな声も届く訳がなく、ルグラス家の当主であるウェイド・ルグラス公爵が剣を天高らかに振りかぶり、その場で両親を手に掛けた。私はその直後、何度も嗚咽が上がって来て何度も何度も吐いてしまう。
「こんなの……こんなのって……」
私はそれ以降、酷い絶望に包まれた。当然、そんな状況であろうが、なんだろうが奴隷であることに変わりはない。仕事は山の様に振って来る。日雇い契約で夜の仕事や鉱山での仕事をさせられる日々が続く。
ご飯だって少ないし、殴られたり蹴られたりなんて当たり前の世界を呆然と生きていく。もちろん、体は次第に弱っていったけれど、それでも良かった。奴隷になった以上、いつかは使い古されて死んでいく身だと理解していたからだ。
現にここ数年来、一緒に生き残ってきたグーファやミミも疲弊の色が強く見えていた。奴隷商人も『私たちに商品価値がもう無い』と踏んで叩き売りに出すくらいだ。次のマスターが決まったらそれで終点だ。
「じゃあ、俺が買おうかな? 真ん中の子を五万で」
「(もう、あれから何年経ったんだろ……? お父様、お母様――私もそろそろダメかもしれない……)」
「――ちょっと待ったぁぁぁ!! 私が買う! 真ん中の子は10万! 後の二人は5万ゴールドで!」
そんな時、現れたのが不思議すぎるマスター、エリカだった。この出会いが私たちを変えるなんて、あの時はこれっぽっちも思ってなどいなかった。




