第33話 リリアナの奇行
ウィイイン――。
何もない穏やかなはずの朝。奇妙な音でグーファと私は目覚めた。
――いや、目覚めてしまった。
「んん……? なんだ……今の音……」
「う……ん? どうしたの……? グーファ……」
「手を繋いで寝るなんて可愛らしい。最高の一枚が取れましたよ! ふふっ!」
「「えっ?」」
ベッドの脇にはチェキのようなモノを片手にニコニコ笑っているセリーヌさんが居た。私たちが起きたことに気づいてスッと手に持ったチェキを隠したが、もう遅い。
「セリーヌさん?」
「アハ、アハハハ……すみません」
それから私とグーファにコッテリと絞られたセリーヌさんは涙ながらに今までもこっそりと撮っていたことを認め、『思い出を形に残したかった』ことを白状した。
「気持ちは分かるけど、撮られる側からしたら隠し撮りなんて――」
「まぁ、でもセリーヌさんなりの気遣い……だったんですよね? 僕らに対しての」
「へぇ? グーファ? 急にセリーヌさんを庇うじゃない」
「いや、僕は――」
「すみません……すべては私が悪い訳で……」
シュンとなり切ったセリーヌさんを見て私たちは思わず、言い過ぎたかなと思ってしまう。そんな中、グーファはセリーヌさんに歩み寄る。
「セリーヌさん、僕もカッとなってすみませんでした。その……もしかしてですけど、あいつに――ウェイド公爵に撮れって言われたんじゃないですか?」
「……? な、なんのことでしょう……?」
「言、わ、れ、たんですね?」
「うぅ……はい。エリカ様の可愛い姿を撮れ……と」
グーファは『そういうことです』と言わんばかりに私に目を向ける。
セリーヌさんの自白を前に私は盛大なため息を付いた。
「はぁ~あのバカ公爵は……ったく」
「変質者に近い奴ですね。きっと、エリカの写真を見てにやにやしてますよ……あの野郎」
「うっ……」
そう言われると想像に難くない。ハッキリ言って気持ち悪い。
「セリーヌさん? これ以上、写真で隠し撮るのは禁止。それからあいつになんか言われても従わないで。あいつのニヤけるネタになるのは分かるでしょう?」
「は、はい……でも、こういう写真を送ればエリカ様のことを諦めるかなって……その猫ちゃんを愛でるような感覚になって次第に薄れるかな……みたいな」
「それ、多分、逆に拗らせますよ……? あの、ウェイド公爵なら」
「そ、そういうもの……ですか?」
「男なんてそういうものです」
グーファは顔を赤らめながらもセリーヌさんにキッパリと言い切った。
確かに、昨日の稽古に格好つけた男同士の決闘も、グーファが『私の彼氏になった事』が原因な気がする。
「……分かりました。本当に申し訳ありませんでした……」
「こらこら、そんなに落ち込まない! セリーヌさんたちが居てくれることで助かっていることも多いんだから。ね? メイド長ならいつもみたいに笑顔をみせて」
「エリカ様……」
セリーヌさんは涙を拭きながら深く頷く、メイド長としての地位はウェイドから押し付けられ、仕方なくやっている部分も多いだろうけれど、他のメイドたちをまとめながらご飯を作ったり、掃除をしたり、細かい着替えや朝の声掛けなどをしてくれている。これがどれだけありがたいことであるのか私は理解しているつもりだ。
「このセリーヌ、これからも誠心誠意、皆様に尽くさせていただきます」
「うんっ! それでこそ、セリーヌさんだよ! よろしくね!」
そんな清々しい朝の始まりを切ろうとした時、前触れもなく『その事件』が起こった。
「――いい加減にして!!! ふざけるなら出て行って!! あんたみたいなメイドなんて死んじゃえばいいのよ!!!」
「「えっ!?」」
突然、廊下の方からリリアナの怒鳴り声が響いてきて、セリーヌさんはいち早く反応して廊下へと飛び出していく。私たちもただならぬ予感を感じてすぐに廊下に飛び出た。
「嘘……。何が――!」
私が目を向けた通路の奥。そこでメイドの胸ぐらを掴んで引き倒して殴ろうとしているリリアナが居た。間一髪でセリーヌさんに止められたようだったが、その目は怒りに満ちていた。
「リリアナ様、どうか落ち着いてください」
「手を離しなさいよ!! こいつを殴らなきゃ、気が済まない!!」
「一体何があったの!?」
「私が……私が悪いのです。リリアナ様を早い時間に起こしてしまったから――」
殴られかけたメイドとその場に居た数名のメイドは私の後ろに回り込んで涙目を浮かべる。
「……あっ、ちょっと泣かないで」
「「ううっ……」」
「リリアナ? どういうこと!?」
「くっ……! なってないのよ!! ここのメイドは!!」
「おい、待てよ、リリアナ!!」
「グーファ、メイドさんたちをお願い。私が追うから!」
セリーヌさんの制止を振り切って逃げだしたリリアナは階段を勢いよく降りて行く。
私も素早く追いかけ始めたけれど、階段を下りた時にはリリアナの姿を完全に見失った。ただ、玄関口の扉が開いていて外に逃げたことは間違いない。
「リリアナ! どこにいったの!? リリアナ!」
私はそう声を連呼しながらリリアナを探す。でも、リリアナは咎められると思ってか出て来ない。そう遠くに行けるはずもない以上、絶対に近くにいる。
「しょうがない……<我は主として命じる。リリアナ、声を上げて!>」
「う……ううっ……!」
「見つけた。どうして出て来ないの?」
木の裏に座り込んで隠れたリリアナを見つけた私がそう問いかけるとリリアナはただただ、大粒の涙を流し続ける。
「いったい何があったの? そんなに泣くなんてタダごとじゃないよね?」
「エリカっ……私……わたし……」
いつも気丈に気高く、そして迷った私に意見を正面から述べるリリアナがここまで泣き崩れるんて相当なことだ。あの場で何があったというのか、想像もつかない。
「リリアナ、ゆっくり話して? 何があって、あんなことになったのか」
「あいつら……私のことを、私たちのことを馬鹿にして……だから、だから」
「馬鹿にしてる? あのメイドたちが?」
「そうよっ……! エリカのこと何もしらないのに奴隷に淫らなことをするとか――ミミのことを貴重な薬草を無駄にしたゴミとか、そんなこと……言ってるの!!」
仲間を侮辱されたら私でも食って掛かる。しかし、それだけでリリアナがあんなにも攻撃的になるとは思えない。それにリリアナは私たちの誰よりも賢い。
私やセリーヌさんに言いつけることだって出来たはずだ。
「確かに許せないね、それ。でも、それだけ?」
「……っ」
「リリアナ、何か私に隠してない? 私にはリリアナがあんなことで怒るとは思えないの。だって、今までだって散々なことを言われてきたじゃない? ギリギリのところで私を止めたり、説得してきたのはリリアナだよ?」
「……。」
「もちろん、言いたくないなら言わなくていい。けど、これだけは忘れないで。私はリリアナの味方だし、仲間だから。――よしっ、リリアナは少しここで休んでて! 私がギャフンと言わせてくるから!」
ここまでリリアナを泣かせてくれたメイドたちにツケを払わせるべく私が立ち上がるとリリアナは行かせまいと手を掴んできた。その姿はあまりに弱々しかった。
「お父様の……ことを……犯罪者だって……人殺しだって言われて……それで……」
「お父さんってリリアナの?」
突然出てきた話題に状況が理解できずにいた私だが、一段と弱々しくなるリリアナをそのままにしておけるわけもなく私は腰を下ろして抱きしめる。こんなことでしかリリアナの悔しさを、悲しさを受け止めてあげる事しかできない自分に腹が立ってくる。だから、私は真正面からぶつかる。
「全部話してくれる? 知りたいの、私はリリアナのこと――」
「うんっ……」
そこからリリアナは少し泣き叫んだ後、腫れぼったい目をこすりながら私に自分の過去をゆっくりと語り始めた。




