第32話 晩餐と予兆
「この世界の女神に、そして大地の恵みに感謝を――」
「「いただきまーすぅ!!」」
その夜、孤児院の食堂では『これでもか!』と言わんばかりの肉料理が振舞われた。さすがはリリアナと言うべきか、どれもかしこもおいしそうな料理ばかりだ。その中でもひと際、目を引いたのはとても大きな骨付きの肉だった。
「これ、どうやって食べるんだ?」
「これはこうやって切って食べるのよ」
「うわっ、すげぇ! なんか滅茶苦茶、旨そう!!」
リリアナが前の方で肉を大きい肉の塊に包丁を入れ、スライスし始めると子どもたちがわーっと席を立って殺到する。それに対して丁寧に対応するリリアナは嫌そうだったけれど、子どもたちが食べるさまを見て満足げに笑っていた。
「ほぅ、丸焼きをここまでうまく焼くとはな? うん、うまっ――ん?」
「ウェイド様~?」
「な、なんだ? フェリス。意味深に笑って――」
「はいっ! こちらをどうぞ~?」
「こ、これは……?」
「ふふっ、今回の請求書ですっ!」
その刹那、食事を私たちと楽しんでいたはずのウェイドの顔がみるみる青ざめて行った。フェリスはニコニコしたままウェイドの肩を掴んで離さない。どうあってもウェイドを逃がさないつもりらしい。
「あはは……リリアナは相当な材料費を使ったみたいだね?」
「くっ……リリアナめ……」
ウェイドは請求書の額に怒りながらも盛大なため息を付いて出入り口に控えているエリックの元へトボトボと歩いて行った。そんな後姿をみると居たたまれなくなってくる。
「ねぇ、グーファ? やっぱり、少しだけでもお金、肩代わりした方が良いかな?」
「いや、その……エリカ様、あれは許容の範囲と言うか何というか……相手が相手だから仕方がないと思います」
「え? どういうこと?」
「まぁ、その……いろいろとあの二人――過去にあったらしいんです……」
「その感じだとあんまりいい話じゃなさそうだね?」
グーファは頷きながら思い悩むような表情を見せる。
「正直、僕もミミも知っている事ですけど、僕らが話すべきじゃないかなって……。だから、決して黙っていたとかそういうんじゃなくて――」
「……。言いたいことは分かったよ。要はリリアナ本人から聞いた方がいいってことでしょう?」
「はい。すみません……」
「グーファが謝る必要はないよ。私だって何か隠されているっていうのは薄々、気付いていたしね。きっと、いつかリリアナが話してくれるって私は信じてるから」
私はそう言いながらリリアナの様子を遠目から眺める。依然として子どもたちに囲まれて料理を提供し続けている嬉しそうなリリアナ。その影に隠れた『公爵との関係』が正直、気にならないわけじゃない。でも、まだ私たちはそういう過去に踏み込むだけの仲ではないのだろう。
それに――そういうことを話すには時間も決心も結構、掛かるものだ。
「さて~そろそろみんな、寝る時間ですよ~!」
「「ええ~!」」
たらふくご飯を食べきった子どもたちにフェリスさんは片づけをさせ始める。最初こそ駄々をこねる子どもも居たが、定期的に私たちがやって来ることを告げるとみんな、渋々ながら片づけを手伝って部屋へと戻っていった。
「最後の片付けまで手伝っていただいてすみません」
「いいえ、フェリスさんが大変なのは数時間、一緒に居ただけで十分なほど理解できましたから。リリアナもお疲れ様」
「本当に……疲れたわ……」
「片付けが終わるまでゆっくり休んでて」
私たちがすべてを片付け終えて孤児院を後にしたのは夜9時くらいのことだった。
ウェイドはあの請求書のせいか、所要なのか食事途中に孤児院を後にしたらしい。
1時間ほど掛けて私たちが屋敷に戻るとふくれっ面で仁王立ちしているセリーヌさんが待ち構えていた。
「遅いっ! こんな時間までどこで何をやっていたんですか! こちらがどれだけ心配したか!」
「うっ……ごめんなさい。ウェイド公爵の孤児院に――ちょっと」
「あ……! ウェイド様が絡んでいるのですか? はぁ~なら仕方ないですね。うん。今回は不問にします。ただ次から遅くなる時はご一報くださいね?」
「うん、わかった。ごめんね、心配を掛けて」
「いいえ。今回の件はウェイド様のせいでもありますから! ……私も声を荒げてしまって申し訳ありませんでした。すぐに夕飯もご用意できますし、お風呂もご用意できますがどうしますか?」
セリーヌさんは私たちが孤児院を訪れたと言ったにもかかわらず、動じない。
多分、知られてしまったとしても問題ないと踏んでいるのだろう。まさにプロ意識の塊に思えてしまう。
「じゃあ、お風呂を貰おうかな?」
「そうですね。汗でぐちょぐちょですし……」
セリーヌさんがほくそ笑んでいる傍ら私達は談笑しながらもお風呂へと向かった。その道中でグーファは「あっ……」とようやく気付いて少し足を遅らせ始めていく。このまま行ったら私たちと入ることになると理解しての行動だったのだろうが、夜風も冷たかったし、入らないと風邪を引いてしまいかねない。
「グーファ、別に気にしないからおいで?」
「い、いや……でも、それはさすがに!」
「そんなこともあろうかとわざと外気温の差を利用して湯気が出るようにしてあります。このように――!」
セリーヌさんが開けた先には真っ白な湯気が立ち込めた湯船になっていた。これだけモクモクな湯気ならばグーファも私も気兼ねなく入れそうな気がする。でも、それ以前にグーファには選択権というモノは無かったようで――。
「「ふふ~ん」」
「へ!? おい、なんだよ!? なんで腕をつかんで!?」
リリアナとミミはグーファを逃がすまいと両腕を掴む。最早、強制連行だ。
まぁ、別にやましいことをする訳じゃないし、何度も沸かし直すセリーヌさんたちの手間を考えれば一回で終わらせた方が良い。
「ったく、アンタは男なんだから少しくらい度胸ってモノを見せなさいよ」
「リリアナちゃんの言う通りなの! ただお風呂に入るだけ! 何も恥ずかしくないの!」
「わ、わかったからやめろ!」
「あはは……」
なんやかんや揉めに揉めながらも私たちは体をお互いに洗い合ってお風呂に漬かる。今日1日もドッと疲れた気がする。
「ぶはぁ~疲れが抜けていく~」
「い、いい湯ですね」
グーファと二人肩を並べてお風呂に入るとは思ってもみなかったけど、これはこれでありかもしれない。お互いに肌と肌が触れ合う距離っていうのは恥ずかしいけれど、落ち着ける気がした。
「(なんだか今日も今日で、いろんなことがあったなぁ……)」
楽しいことや悲しいこと――私は湯船の中で1日にあったことを思い出しながら疲れを癒すのだった。お風呂から上がった後は各々の部屋に分かれて就寝となったのだが、これが不思議なモノで、どうにもこうにも寝れない。
「……どうしてだろ? 寂しい、のかな」
布団にくるまって自分の胸に手を当てれば「そうだ」と実感するほど虚無感が沸き上がって来る。今思えば、異世界に来てから一人で寝るのはこれが初めてだった気がする。
「一人ってこんなにも寂しいんだ。みんなは――グーファは寝れてるかな?」
私は一人、ベッドに身を埋めながら思いを馳せる。そんな思いを感じ取るかのように突然、扉のノック音が響いた。
「エリカ様、グーファです。起きてますか?」
「起きてるよ、今、開けるから」
本当に偶然なのだろうかと疑ってしまう程のタイミングで訪れたグーファ。
私は駆け足で扉のロックを外した。
「お待た――!?」
ガチャリと扉を開けるとそこには照れたように少し頬を赤らめたグーファが居て、唐突に抱きつかれる。
「え、えっと……きゅ、急に抱きつかれると――」
「……。一緒に居たいんです。ダメ……ですか?」
「あ……ううん。私も全然、寝れなくてさ。今夜も一緒に寝よっか」
結局、その夜もまたグーファと何気ない話を交わしながら二人でベッドに入って眠りに付いた。これが今の私にとって一番の幸せだと感じながら――。




