第31話 私の剣士
ごすのだった。「それで? 「私に料理を作って」と?」
「そう、お願いっ!」
私は女の子たちと顔を赤くしながら遊んでいたリリアナを連れ戻し、厨房で事情を話した。ただ、相談も無く子どもたちとの遊びを任されたことが嫌だったようでリリアナの機嫌は悪い。
「私をよくあんな場所で遊ばせていたくせに――」
「エリカお姉ちゃんは悪くないの。リリアナちゃんだってエリカお姉ちゃんとグーファのこと、揶揄って遊んでたの!」
「あっ、いや……それは――」
「……リリアナちゃんはお料理、作ってくれないの? ……ミミ、食べたいな」
『あざとい』と思わせてしまう程、上目遣いでリリアナを見る。さすがにこの表情に折れたようで盛大なため息を付きつつ、腕まくりをした。
「しょうがない。ミミに免じて作ってあげるわ」
「「やったぁ~!!」」
「二人してチビっ子みたいに喜ばないの! もうっ! で? 何を作ればいい訳?」
私とミミの視線は一気にフェリスに視線が向けられた。フェリスはリリアナに肉料理をオーダーし、食材については全てウェイドが調達するのでタンマリ使って構わないとの話になった。
「じゃあ、ぶっちゃけやりたい放題ってわけね。フフ……」
「な、なんかリリアナちゃんが怖いの……」
「いや、多分、武者震い……だと思う、うん」
私は一抹の心配を抱えながらもリリアナの腕には間違いはないし、フェリスさんさえいれば、変なことはしないと信じてその場を離れた。厨房を出ると日差しの勢いが落ち始めていたが、何やら歓声の様な声が聞こえてくる。
「てやぁ!」
「……くっ、参りました」
少し広いグラウンド上になっている場所でグーファを起点に剣術稽古が行われていた。その場にはウェイドの姿もあって優しい眼差しで見つめていた。
「いい斬り込みだ。さすがはエリカの懐刀だな」
「正直、あの子がいなかったらヤバかったことも何回かあるしね」
「グーファはエリカお姉ちゃんのカレシだもん、かっこよくて強いのは当然なの!」
「か、彼氏……?」
「あは、あははは……」
ミミがそう言ってしまった手前、退けなくなった私はウェイドに事の顛末と私が導き出したその理想像について話した。公爵ではあっても同じ方向を向いている彼ならば理解してくれると思ったからだ。
「そ、そうか……ふーん、あいつがなぁ~? ――ちっ、セリーヌめ、こういうことを報告しないとはどういうつもりだ?」
「え? 今、なんか言った?」
「い、いや? ただ、エリカが言ったことは相当難しいことだぞ? その、エリカの言う理想は――」
「分かってる。でも、あなただって同じ方向を向いている。そうでしょ?」
公爵として見る景色は庶民とは違っていろいろと込み入ったこともあるのだろう。それ故にウエィドは苦笑いを浮かべながらこう続けた。
「そうだな。ただ、公爵なんて言う地位に居てもそう簡単じゃなくてな。恐らく、強引にそんな法案を出そうものなら、公爵としての地位も取り上げられて殺されかねない。悲しいが、それが政治なんだ。……まぁ、何にせよ。俺はエリカの行動を支持するぞ」
「そう……。お互い何かと苦労してる感じね」
「ああ、本当にな……。でも、セリーヌみたいに自立した子を見ていると気持ちが幾分か晴れるよ」
「え? セリーヌさんって私たちの屋敷にいるセリーヌさんの事?」
「そうか、エリカは知らなかったか。あいつもこの孤児院の出なんだ」
「それってつまり――」
「そうだ。どこの……とは言わないが、公爵家の実験で体をボロボロにされた一人だ」
セリーヌさんが私に偏見を抱かない訳はそういう境遇にあったからに違いない。彼女が私の理想を叶えるにあたり、考え出した『クラン設立』という案もウェイドという男を見ていたからこそ、上がってきた案なのかもしれない。
「さぁーて、気晴らしだ! あいつには強さというモノを味わせなくちゃな」
「え? ちょっと――!」
私が深く考えている最中、ウェイドは木刀を片手にグーファの元に歩み寄っていった。きっと彼なりにグーファのことを考えてのことだろうとは思ったが、どこか殺気を帯びているような気がした。少し話をしたグーファとウェイドはお互いに距離を開けて木刀を向け合う。
「こういうときは応援しなきゃだよ! エリカお姉ちゃん!」
「うん、そうだね。グーファはわたしたちの――ううん、私の剣士だもんね」
「「グーファ!! 頑張って!!」」
そんな私たちの声援に少しビクッと反応したグーファだったが、私の方を一回向くとすぐにウェイドを見る視線が鋭さを増していった。
「それでは始めっ!」
「てやぁああ!」
ガツンと木刀と木刀がぶつかり合う音が木霊するが、グーファの力を簡単に逃がしながらウェイドは次第に攻勢へと転じていく。ただ、グーファも負ける気など更々なく、力では押し切れないと感じ取ったのだろう。斬撃のスピードを上げていく。
「ここだ! てやぁああ!!」
スピード重視の斬撃で少しバランスを崩したのを見てグーファが決めに掛かる。だが、それはウェイドの仕掛けた罠で瞬時に体制を立て直し、強烈な一撃をグーファの腹部に入れた。
「ぐふっ……」
明らかにグーファは深手を負ったはずだが、負けるわけにはいかないと何度も立ち上がろうとする。とてもじゃないが、見て居られなくなった私は手を上げつつ駆け寄った。
「ストップ、ストップ! グーファ! 大丈夫?」
「くっ……」
「フッ、エリカにカッコいい所を見せようとする男の意地は良い。だが、今の一撃は体の臓器にも響いただろ。大人しく降参しろ。今のお前では俺には勝てない」
「くそっ……」
「グーファ。……いいよ、そんな無理しなくて」
「すみません。こんなに見っともなくて……」
「ううん、頑張ってたよ。それは私とミミが保証する。お疲れ様」
私がギュッと抱きついて頭を撫でると周囲から黄色い声が上がる。
「あ、あの……エリカ様……さ、さ、さすがにこんな大勢の前で――! しかも、僕、汗臭いからそんなにギュッとされると」
「ふふっ、いいの。私がギュッとしたいんだから。それに頑張ったグーファの匂いは嫌いじゃないよ」
「くっ……自惚れるのもいいが、お前の腕では万が一のことがあった時、エリカを守れないからな! それだけは忘れるなよ!」
抱き合う私たちを見てウェイドは面白くなかったのか、そう捨て台詞を吐いてその場を後にしていった。
「ああっ、そうだ! そろそろ私、リリアナちゃんを手伝ってこないとなの!」
「え? ちょ、ミミ!?」
ミミは私とグーファに気を使ってか、そう言って慌ててその場を去って行く。その場に残された私たちは隅っこの木陰に場所を移し、グーファを休ませることにした。
「はい、横になって?」
「え? これはさすがに――」
「いいから。これはある意味、罰だから! 元々、体が本調子じゃないのにあんな危ないことをするわ、喧嘩に乗っちゃうわ……こっちとして冷や冷やもんだったんだから」
「すみま……じゃなくて……ごめん」
「うん、よろしい」
私の膝に頭を乗せたグーファを撫でながら私は景色を眺めみる。上品なほど良い景色とは言えないけれど、その場に夕刻の穏やかな風が吹く。
「……でも、格好良かったよ。確かに負けちゃったけど、私のことチラチラ見ながら必死に立とうとしてたもんね」
「あっ……!? き、気付いていたなんて……」
「バレバレだよ。その視線で大方、ウェイドが言った喧嘩文句も想像できたし」
エルバスの診療所で一合交えただけで敵う相手ではないことくらいは分かり切っていたはずだ。それでも、受けて立ったのは『私をダシに喧嘩文句を吹っ掛けられたからだろう』という予測は付く。そう考えれば逃げずに戦ったグーファは偉い。
「今度は……絶対に勝ちます。その……エリカの為に」
「えっ? ごめん、なんて言ったの、今?」
「き、き、聞こえてましたよね!?」
「うーん、ちょっと聞こえづらかったかな~?」
「エリカのいじわる……」
「ごめん、ごめん。だからそんなにへそを曲げないで? ありがとうね、グーファ」
木々の間を夕陽が差し込む中、私はグーファの頬に口づけをした。決して、いじわるのつもりではない。私なりの頑張った交際相手へのご褒美のつもりで――。
「……は……」
「ん、こら……こっち向かないで? 私だって……恥ずかしいんだから」
まだまだあか抜けていないのは私も同じかと思いながら夜へのひと時を過ごすのだった。




