第29話 地に堕ちる公爵
「さぁ、それじゃあ――まずは荷物の運搬業務ね」
私たちはクランを作るなり、すぐにクエストの掲示板を見回してお手頃なクエストを受け始めた。一概に『クエスト』とは言っても私たちがやるのは『誰でもできる仕事』で賃金がめっぽう低いものだ。
「意外でした……エリカ様だったらもっと、こう――モンスターの討伐みたいなハードな奴を選ぶのかと……」
「グーファの中で私はどんなイメージなのよ……」
「まぁ、でもグーファの気持ちも分かるわね。エリカって何かと戦いに巻き込まれるしね」
リリアナは意味深な笑みを浮かべる。何となくそれは「恋の戦いも含めてね」と言いたそうな目だが、下手に突っ込むと地雷を踏みぬきそうなのであえて突っ込まない。
「まぁ、否定はしないけど……。で、目的地は『メインストリートから三本、裏に入った路地』って書いてあるけど、ここ?」
「なんか怖いの……」
そんな風にミミが怯えるのも納得できる。日差しが届かない薄暗い場所で馬車2台がようやくすれ違えるくらいの場所で何とも不気味な場所だ。
「一様、商品の運搬がメインのお仕事ですけど、こんなところから運び出すモノって……何だろう?」
「まぁ、深く考えてもしょうがないでしょ? 仕事には変わりないんだから」
リリアナがそう締めくくって目的地の家の扉をノックする。
すると、中からどこか聞き覚えのある声がした。
「へへへ、ようやく来たか。ちょっと待ってろ」
「「「……!?」」」
その場に居た私を含め4人が凍り付き、全員が息を飲む。
扉が開いたその先に現れたのは街で3人を叩き売っていたスーツ姿の奴隷商だった。
「ハハッ! こんなチンケなクエストを受けるのは誰かと思えば……偽善者じゃねぇか」
「っ……!」
「まぁ、そう睨むなよ。俺は今回、お客様だぞ?」
その言葉、その態度にピキッと来るものがあったし、今すぐココから出て行こうとも思った。しかし、私は逃げることはしなかった。奴隷商の後ろでやつれきって、ぐったりした奴隷が居ることに気づいたからだ。
「今回の依頼は奴隷をウェイド・ルグラス公爵の家にまで届けることだ。既に前金は貰っている。だから、送り届けるだけでいい」
「(ウェイド……ですって!? あの公爵……やっぱり――)」
「あ? どうかしたか?」
「いや……どうもしていない……」
「なら、契約成立だ」
私は引きつった笑みを浮かべながらも握手をする。奴隷商の目は正しく狂乱者そのもので表情はニヤついている。そして、別れ際にこう付け加えた。
「ぜってぇにバックレんじゃねぇぞ? バックレたら地の果てまで追いかけてやるからな? わかったな?」
「……。」
私達は奴隷商の男から一人の奴隷《女の子》を受け取り、走り始める。しかし、その子は予想を覆さないほど衰弱しており、馬車内で嘔吐を始める。
「ううっ……」
「大丈夫!? このままじゃ不味い! リリアナ、町外れに向かって!!」
「そう言うと思ってたわ! 少し飛ばすわよ!」
リリアナが馬車に鞭を打って飛ばす中、私たち3人はとにかく無力だった。
女の子が吐血しても彼女の細い体を摩ってあげることしかできない。ミミやグーファも何か自分にできることはないか必死に考える、でも、結局は何も思いつかず、寄り添う事しかできなかった。
「エルバスさん!! 急患なんです! 見てください!!」
「また、おまっ……! 中に入れろ――!」
状況を瞬時に察したエルバスはすぐに容態を見始める。しかし、エルバスの表情は終始、曇ったままだった。そして、ある程度の診察と処置を終えると覆らない事実を私たちに告げた。
「残念だが、もうこの子は絶対に助からん。ミミの時よりも遥かに症状が進行した状態だ。あと持って数時間だろう。今、亡くなったっておかしくない――」
「あああ!! 痛い、痛いよ。……ううっ」
「エリカ、どうにかならないの!?」
悲痛なリリアナの声を聴いても私にはどうすることもできなかった。すぐに彼女の意識が落ち始めたのだ。
「死に……たく、ない……」
「くっ……なんでこんな……」
もし、まだミミと同じくらいの時間的猶予があったのなら、オルニアスの花を手に入れることもできたかもしれない。でも、そんな猶予は残されていなかった。
私たちはただ、その現実を前に今にも死にそうになっている女の子を抱きしめてあげる事しかできなかった。
「お母さん……」
「ごめんね。何も、何もしてあげられなくて……」
「おかあさん……に、あいたい……」
彼女は両目から涙を流し、そう言い残して私の胸の中で息絶えて逝った。
こんなにも報われない死に私の心はズキリと痛んだ。もし、この子が普通の生活を送れていたらどれだけの幸せが待っていただろうかと思うと心が張り裂けそうだった。
「心配しないで安らかに眠って。絶対に、絶対に……あなたの死は無駄にしないから」
「エリカ様……」
私の傍に寄り添ったグーファをはじめ、全員がやり切れない思いになっていく。そんなとき、診療所の扉が思いっきり開かれた。そこに居たのはあの『金髪公爵』だった。
「俺の奴隷は――奴隷はどこだっ……! エリカ? なぜ、ここにお前が!」
私はそっと息絶えた彼女を横にして目を手で閉じ、剣に手を伸ばした。もう、これ以上、彼の蛮行は許せない。それにこの子も――この場にいるすべての人間も、目の前にいるクソ公爵を斬って捨てたところで文句はないはずだ。グーファも視線でそう訴え掛けてくる。
「(この子の弔い合戦だ……)」
私は瞬時に振り返って金髪公爵の方へ駆けつつ、剣を引き抜いた。その呼吸にグーファも合わせるように私の後ろで剣を抜いて二人で接近する。一閃、二閃と体裁きでかわすが、グーファが横から斬撃を入れる。
「馬鹿なことはよせ!!」
「もらったぁ!」
「息が合っている、だが――ここは屋内だ」
「な、そんな馬鹿な……!」
「え!? わぁああ!?」
グーファの攻撃をかわしたウェイドはグーファの体を掴んで私の方へと思いっきり放ったのだ。完璧に思えた複数方向からの攻撃――それを体裁きだけで凌いだ彼は一息ついて、診療台で横になっている彼女の元に近づき、状況を察して両手を合わせた。
「すまない……」
ウェイドはそう言いながら静かに涙を流す。
そして、振り返ったウェイドは私を鋭い眼光で睨んだ。
「どうしてすぐにこの子を俺の元に持ってこなかった……?」
「アンタこそ、この子をどうするつもりだったわけ? この外道!」
「黙れ、質問に答えろ」
「そんなの決まってるでしょ? あんたみたいな公爵に渡れば弄ばれて殺されるのがオチじゃない! だから、私達で救おうと思った! ただそれだけよ!!」
「……そうか、分かった。エリカ、君がそういう態度を取るなら仕方ない。エリック、治癒士以外全員を拘束するぞ。絶対に斬るな、いいな?」
そうウェイド公爵が言うとため息を付きながらドアの向こうから現れたエリックが静かに剣を構えて頷く。私たちはこの状況がいかにまずいかを感じとって戦闘態勢に入る。
「グーファ、突破だけ出来ればいい……」
「ええ。任せてください」
同時にリリアナへと視線を送ると何度か頷き、ミミの手を握るのが見えた。
私とグーファはリリアナとミミを最初に逃がすべく、目の前の二人をドアから離れさせようと肉薄する。しかし、相手は手練れだ。そう簡単に行く訳も無かった。
「キレは悪くないが、重みがないな。そんな斬撃でウェイド様に敵う訳がない」
「がはぁ!」
「グーファ!」
「そんなよそ見している暇があるのか、エリカ?」
「なっ、あっ……! がぁ……」
ウェイドの力任せの攻撃で私は壁に吹き飛ぶ。グーファも肩を激しく剣で叩かれて立ち上がることは出来ない。それをカバーするようにリリアナがすぐに叫ぶ。
「動かないで。これ以上やるなら私が――!」
「リリアナ、君は賢いはずだ。この盤面で一人を守りながら負傷している二人を脱出させることは、不可能だということくらい理解できるだろ? 大人しく降参しろ」
「くっ……! エリカ、ごめん……」
リリアナは状況からして勝ち目はないと踏んで杖をウェイドの方へと放った。
「それでいい……。エリック、頼んだ」
「はいはい、うちの公爵様と来たら本当にもう……」
「愚痴は結構だが、あまり強く縛るなよ? 痣ができたらルグラスの名が泣く」
「そんなことで名が泣くなんて初めて聞きましたよ」
エリックと呼ばれたウェイドお付きの兵士は私たちに手縄を掛けて自由を奪った。そして、私たちを馬車に乗せてどこかへと移動を始める。こうなってしまうと最早、反撃の術はない。この後、どうなってしまうのか不安だけが過る。
「(拷問か、殺されるか……それとも両方か、どうしよう……?)」
「……そんなに怯えなくて大丈夫だ。ウェイド様は鬼じゃない。まぁ……君らがじっとしている限り、痛くなるような危害は加えないさ」
私達は馬車の中で身を寄せ合い、口を噤んだ。グーファや私は頑張って縄を解こうと必死になっていたが、馬車が停車するまで縄を解くことは叶わなかった。
「さぁ、終点だ、ほら降りろ」
目の前には鉄柵で囲まれ、レンガや木材で作られた建物が見える。周囲には畑がたくさん作られていた。まさに、その場所はさながら『強制労働所』だった。




