第28話 僅かな輝き
「すみません、クランの申請をお願いしたいんですが」
私たちの姿は円形都市『フレスト』のギルド本部にあった。そこでクランの設立を行うためだ。しかし、ビジロックのギルド本部とは違い、周囲の人間は冷たい視線を送って来る。
「(まぁ、想定の範囲というか何というか……)」
「じゃあ、これに記入してくれ。『奴隷連れ』の女」
「あ、ありがとう……」
私はあからさまな挑発をしてくる男の言葉に顔を引きつらせながらも申請書にペンを走らせる。最近、多少なりとも陰口に対する耐性が付き始めたのか、怒ることを通り過ぎて呆れかえる。そんな私の後ろにはミミがぴったりと寄り添い、グーファとリリアナは周囲に睨みを利かせていた。
そんな緊張感溢れる最中、後方から聞きなれた声が不意に入って来る。
「お、遅くなりました~!」
「エリカ、見て! あの人ってビジロックの!」
リリアナの声に反応する形で後ろを振り返ると入り口から荷物を抱えてくるフレンシアさんの姿があった。
「え? フレンシアさん!?」
「ほえ!? エリカさん!? き、き、き、奇遇ですね!?」
「う、うーん……?」
私の横をまるでロボットの様に通り過ぎようとする。その顔には焦りが見えた。明らかに『私の絡み』で何かを隠している。
「フレンシアさん、ちょっと待とうか?」
「ひっ! な、な、な、なんですか!? 私はここに異動になっただけで、べ、別にエリカさんをカンシ――んっ……そう! 関心したからコ、ココに来たわけじゃないですよ!?」
「いやいや、今の一言でバレバレだから。『監視しに来た』って」
「ぎゃあああああ!? ギルマスに殺されるぅぅ!! あっ、いやいや? その前にエリカさんに殺されるぅ!!」
「いやいや、殺さないから」
本当にフレンシアさんは面白い人だ。
あくまで推測だけど、ビジロックのギルマスこと――アルギオンさんはバレても構わないと踏んでフレンシアさんを送り込んできたのだろう。それにココ、フレストのギルドはビジロックのギルドよりも劣悪だ。ある意味じゃ、トカゲのしっぽ切り――クビにしたって構わないみたいな感覚で送り込んできた節まであるのではないかと勘ぐってしまう。
「お前って確か、今日からの新入りだろ? この女と知り合いなのか?」
「え? あ、まぁ、そんなところですね!」
「なら、あとは頼むわ。めんどくせえし」
「ちょ、ちょっと! 受付をしたのはアンタでしょ!?」
私がそう食って掛かって呼び止めると受付に立っていた男はけだるそうに舌打ちをしてこう吐き捨てた。
「いや、俺はお前らみたいな奴隷連れなんて雑魚を相手にするほど暇じゃないんでな。精々、魔物の餌になってろよ、クソババア」
「っ……!」
「はいはい! エリカさん、落ち着いてください」
さすがの私もピキッと来て斬り捨ててやろうと思ったが、意外にもそれを止めたのはフレンシアさんだった。彼女は一度、首を振ってため息を付くなり、微笑を零す。
「あんな馬鹿を相手にするだけ無駄ですから! まぁ、バカに言われても意味なしでしょうが?」
「……。」
「いや、そこは笑ってくださいよ!? 自虐ネタって傷付くんですから!」
「フフッ、何というか……フレンシアさんはいつも通りですね?」
「それ、褒めてます?」
「褒めてますよ? ねぇ?」
後ろの三人にそう話を流すと「うん」と頷く。確かにへっぽこな所はある。
それでも私たちのために、ましてや奴隷連れの女が出したとんでもない『薬調合のクエスト』――そんなたった一つの為に真剣に取り組んでくれたことは私たちが知っている。
「あはは……こ、困りましたね~私、調子に乗っちゃいますよ? ――っと!」
荷物ごとカウンターを潜って受付に立ったフレンシアさんは置いてあったペンをくるくるっと回して置かれていた紙に目を通す。
「なるほど~今度はクラン設立ですか。随分とキッツイことしようとしてますね?」
「ん? どういうこと?」
「クランっていうのはいろいろと利権が絡んだり、覇権の争いだったりと結構、人の欲が関係しやすい性質上、クランを創るより既存の大規模クランで名を上げる人が多いんです。だから、奴隷連れのエリカさんがクランを作っても誰も入ってこない可能性が高い訳で……。むしろ、今の男みたいな反応が日常茶判事になるだろうなって」
「あ~そういうこと……。でも、なんか……もう慣れちゃった」
「あはは……それは悲しいやら、頼もしいやら複雑ですね」
そう言いつつ、フレンシアさんは手続きを進めていく。どうせ私を止めても無駄だと分かっているのだろう。
「それじゃあ、クラン設立にあたってクラン名を決めてください。それさえ済んでしまえば設立は完了になります」
「クラン名か……なんか、カッコいい名前より馴染みのある名前が良いよね? 何か案はある?」
「エリカお姉ちゃんの名前じゃだめなの?」
「あはは、確かに面白そうだけど、恥ずかしいから――」
私はここぞとばかりにグーファに視線を向ける。まさか意見を求められるとは思っていなかったのだろうが、困った時に頼ってくれと啖呵を切ったのはグーファの方だ。
「え、えっと……うーん……あっ、『優しき女神』とかどうでしょう? 僕たちの行動の指針にも合うし、エリカ様は……優しくて、その、可愛いから」
「……!? ぐ、グーファ……もう、バカっ」
「ええっ!?」
「ふふっ、エリカが答えをグーファに求めたくせに、真っ赤になってる」
「エリカお姉ちゃん、可愛いの」
「もう、リリアナもミミもおだてないで!」
なんで、こうグーファはいつもドストレートに、ストライクゾーンまっしぐらな言葉を放って来るのだろうか。でも、そんな答えを私も心のどこかで期待しているのも事実で少し嬉しくなる。
「じゃ、じゃあ、もうその『優しき女神』でいいや! フレンシアさん、お願いできますか?」
「うーん、可能なら『ユリュキエールの女神』のことには触れない方がいいと思うのですが……その、不吉ですし」
「ユリュ……なに? 不吉ってどういうこと?」
「はぁ!? エリカ、ユリュキュエールの女神のこと、まさか知らないの?」
「あ、えっと、ほら……私って遠い土地の生まれだから分からなくて」
リリアナの反応から察する限り、有名な女神様なのだろう。もちろん、私はそんな女神様なんて知らないし、知っていてもそんな偶像にすがるほど困っても居ない。
「いい? ユリキュエールの女神は『魔神の女神様』で、この世界に初めて魔術をもたらした女神さまのこと! まぁ、ただその恵みと言える英知を人々に付加した代償として『数百万の民間人を殺した』なんて逸話があるの。だから不吉と呼ばれる女神なのよ。王国の南端には『優しき女神像』っていう怒りを鎮める偶像があるくらいなんだから」
「なるほど……殺戮者のあだ名ってわけね」
「そういうこと! でも、別に私はその名前でいいと思うわよ?」
だが、今度は意外なほどにリリアナはにっこりと笑みを零す。
「だって、実際のところは本当に『殺したか』なんて分からないじゃない。所詮、過去の噂話で勝手に外野が騒いでいるだけ。それこそ、エリカの言う奴隷への意識みたいなものじゃない」
まるで私の考えに沿うように話を進める。
つまり、リリアナは『奴隷への先入観なんて捨て欲しい』という意味を込めるならいい名前じゃないかと言いたいのだろう。
「それにグーファにとっては? エリカは可愛くて? 優しき女神であることには変わりないんだから!」
「リリアナ! おまっ……」
「リ、リ、ア、ナ?」
「あはは! ごめん、ごめん! つい初々しい二人を見るといたずらしたくなっちゃって」
「……??」
フレンシアさんはよく分かっていない顔つきで私たちのことを不思議そうに見つめる。何があってもフレンシアさんだけには知られては不味い気がしたので、私はすぐに話を進めようと声に出す。しかし、これが不思議なモノで――。
「「もういい、優しき女神で!」」
「あっ、グーファとㇵモってるし!」
「「ハモってない!!」」
なんやかんや騒ぎながらではあったものの、私たちのクラン名は『優しき女神』という名前に落ち着くのだった。




