第26話 恋愛の壁
「はぁ……お腹いっぱい。うーん……」
「こんなに食べたの、いつぶりかしら?」
夕食を食べ終えたミミとリリアナは椅子に寄り掛かって幸せそうな顔をする。それは右に同じといった感じで私も同じだった。久々にきっちりとした味がするご飯を食べた気がする。そんな私たちの表情にセリーヌさんは笑顔を零す。
「そんなに喜んでいただけるなんて、わたくしとしても嬉しい限りです」
「でも、本当にいいんですかね? 私たちがこんな風に屋敷住まいなんて」
「はい! ウェイド様のご意向ですから」
だが、そういうセリーヌさんはグーファに気を使ってか控えめな笑顔に切り替えて微笑む。そして、話題を取られまいと話を移す。
「あっ、お風呂を既に沸かしておりますが、皆様、お入りになられますか?」
「お風呂! 私、入りたいのっ!」
「あはは……反応が早いね、ミミは――。よし、じゃあ、入ろう!」
「では、ご案内します――と、グーファ様? グーファ様も一緒に入られてはいかがですか?」
グーファは再び、席に座ったまま沸騰しそうな顔になる。
その様子を見てリリアナはジト目でセリーヌさんを見る。
「あの告白を見ていたくせに、そんなことを言うなんて……あなた悪い人ね?」
「お褒めにあずかり光栄です」
「誰も褒めてなんて居ないわよ!?」
「あはは……セリーヌさん? あまりグーファをからかわないで上げてください。根は素直でいい子なので!」
「……す、なで……いいい……!?」
「馬鹿! エリカが一番、それを言っちゃいけないでしょ! グーファ!? あ~ダメね、意識が飛んじゃったわ……」
グーファはその場で失神するという事態になったが、私たちはセリーヌさんにグーファを預けて難なくお風呂につかることができた。
「あ~気持ちいい……」
「エリカ、おばさんみたいね?」
「誰が、おばさんよ!?」
「そうだよ! エリカお姉ちゃんはお姉ちゃんなの!」
「もう、そんなに二人とも怒らないでよ? 冗談よ、冗談!」
リリアナはそんな冗談を交えたかと思ったら珍しく私に肩を寄せてくる。
そして、意味深な笑みを浮かべてこう言い出した。
「それで? エリカはグーファとのこと……どうするの?」
「……どうするってそれはぁ……」
目を背けようとしていた話に急に足を入れられて逃げるように湯面へ口を付けてブクブクと泡を立てる。正直、奴隷の主人と奴隷がそういう関係になるのはおかしい気がする。でも、かといって無碍にするわけにもいかないし、答えは見えない。
「考え中ってわけ?」
「うーん……さぁ~て、体を洗って――」
「逃がさないわよ、ちゃんと答えて! ミミそっち!」
「了解なの!」
「って、ミミまで!? 分かった、分かったから腕掴まないで!」
ニシシと笑う二人に挟まれて逃げ場を失った私は渋々、両サイドを囲まれながら自白を強要され始めた。
「確かに……その、グーファがこう……かっこいいなって思ったときもあったけどさ? いざ、そうハッキリ好きですって言われちゃうと……ね?」
「……? 私はお姉ちゃんとグーファは仲良しだと思うよ?」
「それは……そうだよ? でも、そうじゃなくて、ううーん……」
また湯面に口を付けてブクブクと潜るとリリアナは楽しそうに笑う。
「グーファに初心とか言っていたくせに、エリカもなんやかんや、凄い初心なんじゃない! おもしろいわね」
「ん~! 他人事だと思って……!」
「まぁ、でも……付き合うならグーファにしといた方が良いわ。あの公爵よりは絶対、マシだからね」
「あの公爵って金髪野郎のこと?」
「そう、ルグラス家のボンボンよ。お金だけが取り柄のね」
リリアナはそう素っ気なく答えながら少し悲しそうな目をしつつ、湯船に漬かったまま伸びをして見せる。
「ねぇ、リリアナ。前から気になっていたんだけど……あの公爵のことを知ってるの?」
「あっ……まぁね? ほら、あの人って公爵の中じゃ権力が高くて、王族とも親しい間柄の人だから――その、有名人なのよ」
「へ~そうなんだ?」
リリアナは明らかに「しまった」と言わんばかりに、慌てながら「有名人だから」といいきった。でも、ミミも何かを隠すように動揺している。私の脳裏をある事が過った。
「……まさか、あいつがミミに実験をしたんじゃないよね?」
「ううん、違うやつなの!」
「……そっか。ってあれ? リリアナ?」
「ごめん……! のぼせそうだからもう出るね」
「待って! リリアナちゃん! 私も――!」
「え? ミミまで?」
私は何かをリリアナに隠されている気がした。確かに命令を使えば吐かせることもできるけど、リリアナがあそこまで嫌がる素振りをみせること。それからウェイドと初めて会った時のリリアナの目線。それを考えると何か根深い気がした。
「ブクブクブク(はぁ……考えることが多すぎてパンクしそう……もう……)」
結局、私は一人、頭を抱えながら長湯をすることになるのだった。
それから数時間が経ってみんなが寝静まり始めた頃、私は自室でベッドランプを灯し、椅子に座って真剣に考えていた。これから私はどうするべきかと――。
「(グーファのことはぶっちゃけ意識していたか、いなかったかと言われれば『していなくはなかった』けど……でも、奴隷とその主人の恋なんてアニメじゃ、見たことも無いし、こんなシュチュエーションもなかった……)」
いいや、アニメに逃げるのはダメだ。その先に待つのは私自身の暗い過去しかない。
それは一種の逃げだ。知識として持っているならともかく、判断材料にしちゃ駄目だと自分に言い聞かせる。
「うーん……涼子……私、どうしたらいいんだろ?」
私はこうして一晩中、悩みながら夜をふかしていった。時刻が少しずつ、すこしずつ過ぎ去り、深夜0時を回った頃、控えめにコンコンとノック音が鳴った。
「はい?」
「エ、エリカ様……グーファです」
「あっ……ちょっと待ってて今、開けるから」
ドアのロックを解除するとそこには寝間着姿のグーファが申し訳なさそうに立っていた。その表情を見る限り、どうやら考えていたことは同じように思えた。
「あの……エリカ様……」
「まぁ、立ち話もなんだし中に入って?」
「あっ、はい……」
私とグーファは一つのソファーに横掛けになって座った。グーファはずっと下向きのままで一向に喋ろうとはしない。だから、私から口を開いた。
「それで……グーファ? こんな夜中にどうしたの?」
「……にきました」
「え? 今、なんて?」
「だから……この部屋で『言ったことを取り消し』に来ました」
私は無言のまま、グーファの顔を覗き込む。どこか府に落ちないような顔つきをして苦しそうな表情だ。まるで、テッピオの街で私と街の人を助けるか否かの言い合いをした時とそっくりだ。
「……そっか。あのさ、私が言うのも……その、おかしな話だけどさ? グーファはそれで後悔はしない? あっ……! もちろん、私の返事とかは置いといての話だけど」
「っ……! だって……僕は――あぁ、ずるいですよ。そんな言い方……」
「ごめん……でも、こう私も一見、何ごともないように見えてさ? あんなストレートに言われたら嫌だってグーファのことを意識だってするし、どうしようって考えてていたからさ? ……だから、グーファだっていろんなこと考えていたんじゃないかなって――例えば『奴隷と主人のお付き合いが現実的にできるのか』とかね? ……それで『無理だ』って思ってそんなことをいいにきたのかなって……。全部、推測だけど、何となくグーファの顔見たらそんな気がして……」
私がそう言うと図星だったのか、グーファは太ももに手を乗せ、下を向きながら静かに涙を流し始めた。
「……っ、好きな女性にそんなことまで見抜かれるなんて……僕は……何やってんだろう……」
「やっぱり、そういうこと考えていたんだ? ……でも、何も悪いことなんかじゃない。むしろ、嬉しいよ。きちんと考えてくれていたんだなって分かったし……。だからさ、逆に聞くよグーファ、取り消しに来たって言葉は――本気?」
私は涙を流すグーファの背中を優しく摩りながらそう問いかけた。
「いいえ……僕は……こんな僕ですけど……エリカ様のことが――エリカさんが好きです!! 死んでも諦めたくなんてない!!」
「……そっか。そんなに私のことを――」
その言葉を聞いて私はグーファを異性として受け入れるのか、このまま仲間として進むのかを必死に考える。今までの思い出や色々な思い、考えが頭を掠めていく。
「(グーファは私のことを真剣に考えてくれていた。そして、向き合ってくれた。それに対して私も答えを出さないとそれこそ、不誠実……だよね)」
意を決してグーファの方に向き直り、肩を叩いた。それに反応するようにグーファは涙を拭きながらこっちを向く。
「グーファ、私も私なりにあなたが来るまでの間、十分なほど考えたの。グーファが私の彼氏になるとして、それが認められるのか……それは果たして私的にどうなのかってね……。それこそ何十回も考えた。……それでね? 私の答えはまとまったよ。受け止める準備はいい?」
「……はい」
いざ、言うとなると恥ずかしさが増してきて鼓動が早くなるのを感じながら私は胸元を左手でグッと握った。
「わ、私の答えは――そ、その…………お付き合いからなら……いいよ?」
「え? い、今、なんて……」
「だから、お付き合いからなら……良いって言ったの」
「え? え、エリカ様ぁ!!」
「うわああ!?」
私はグーファに抱きつきかれて少し驚いたが、これが私なりの答えだった。
確かに周りの人間は『奴隷と主人のお付き合い』なんて淫らな関係しか想像しないだろう。でも、そもそも恋に人種も差別も関係ない。こんな私を受け入れてくれるというのなら飛び込んでみようと思ったまでだ。
「(それに素直でカッコいいところもあるし……ね。まぁ、あか抜けてないところも多すぎるけど……)」
「やったぁ……!」
「もう、本当に素直なんだから……。でも、別に私は「グーファを振らない」とは言っていないからね?」
「えええ!?」
「そんなの当たり前でしょ? 恋愛なんだから――! それと、私と付き合うならグーファは私の名前から『様付け』を外すことからはじめないとねぇ~?」
「そ、そ、それは……えっと、色々と善処します」
「あれ? 善処するって誰に言ってるのかな?」
「ゆ、許してください!」
「許さない。今日は名前を呼ばないと帰さないよ?」
そんな意地悪をグーファに言いながら朝方を迎えたのだった。




