第25話 グーファたちの本心
私の自室でソファー越しにグーファたちと向き合う。
その沈黙を破るようにセリーヌさんの手が私の肩をポンと叩く。
もう、逃げずに聞く。そう私は決めたんだ。
「えっと……大切な話……というか、聞きたいことがあるの。その聞きたいことっていうのは……さっきの公爵が言っていたことなの。単刀直入に聞くけど、『みんなは私のこと、本心ではどう思ってるのか』……教えて欲しい」
その言葉に全員が言いたくなさそうに固まり、目を下向きにする。
しかし、そんな中、グーファが一番に声を出した。
「それならエリカ様。僕たちに命令してください。「思っていることを言え」と」
「えっ、でも……」
「エリカ。それがフェアなルールよ。エリカが求めているものは、そうでもしないと分からないでしょう?」
「……分かった。ごめんね。<我は主として命ずる。一切の虚偽はみとめない。思っていることを言って>」
こくりと頷いた3人。それから先に口を開いたのはリリアナだった。
「じゃあ、私から。……私はエリカと初めて会ったとき、こんなのが私の『最期のマスターなのか』って思ったわ。お腹も空いてて体も痛くて正直、もう駄目だって思っていたから。それでも、エリカは私がこんな風に呼び捨てで呼んでも怒らなかったし、殴らなかった。それに強い言葉で殴る様に誘導しても絶対に手を上げなかった。だから――私はエリカを『信用に足る人間だ』って思ってる」
「っ……!」
「確かに頑固だったり、ドジな一面もある人だし、私をからかって来たりすることもあるけど……こんなマスターとならいつまでも生活を一緒にしていけるって思ってる。これが私の本音! あんなクソみたいな公爵の言葉に耳を傾けてんじゃないわよ! そんなのエリカらしくないっ!」
「……。ありがとう。でもさ? 私を殺したい、とは思わないの?」
「思わない。確かに、今まで私たちは酷い目に遭ってきた。でも、それは過去の話。エリカとは全く関係のない所の話よ。まぁ、エリカが暴力女だったとしたら在りえたかもね。そんな考えも――」
そう言うとリリアナはミミに視線を送る。その視線に「うん」と頷いて目をきょろきょろさせる。その手はリリアナにぎっちりと握られている。
「じゃあ、次は私がお話するね?」
「うん……」
「私は……わたしはね……? お姉ちゃんのこと、お母さんだと思ってるの」
「え!? お母さん?」
「うん……私ね、お母さんにお金の代わりになれって言われて奴隷になったの。さっき、リリアナちゃんが言ったみたいに痛いこともされたし、怖い思いもいっぱいしたの。……だから、お姉ちゃんと出会って病気だって治癒士の人にいわれて……「もう駄目だ、死ぬんだな」って思った時、この人はきっと私を見捨てるんだってそう思ってたの。……でも、エリカお姉ちゃんは私を見捨てなかった! だから……その、うまく言えないけど……お母さんみたいに私の大切な人なのおっ……!」
ミミは目元を必死に擦る。
泣いてしまっているミミには酷だと思いながらも私は一つだけ聞いた。
「お母さんの元に戻りたいとは思わないの?」
「そんな……そんなこと、思わないもん! エリカお姉ちゃんのほうがいいもん!」
「エリカ、それくらいにしてあげて。ミミの気持ちはわかったでしょ?」
「うん。ごめんね。ミミ……私、何も知らなくて……」
ミミはリリアナの胸に顔を埋めて泣くだけだった。そして、次第に私の視線はグーファへと注がれた。そこでリリアナはグーファの肩をタンタンと叩く。
「もう、後には戻れない。命令されている以上は絶対だからね」
「……分かってるさ。じゃあ、エリカ様、言いますね」
「うん……」
そう前置きを作ったグーファは意を決するように話始めた。
「僕は初めて出会った時、刺し違えてもエリカ様を殺そうと思っていました」
「っ……!」
「そんな驚かないでください。実際、この手で殴ってしまったのも事実ですし……」
「確かにそんなことも……あったね」
「でも、今は違います。エリカ様の人間性が見えてきて、今では僕にとってエリカ様はかけがえのない『仲間以上の存在』なんです。だから正直、今回のことについては怒っています」
「怒る? なんで……?」
唐突に鋭さを増すグーファの目線に私は身構えるが、彼は少し呆れるようにため息を付いて強い言葉ではっきりした口調で言い放つ。
「そんなの……決まってるじゃないですか! あなたが好きだからですっ!」
「……!? それは……えっと、その……仲間として――」
「仲間としてじゃなくて、『異性としての好き』です!! 勘違いなんてしないでください!」
グーファから発せられた言葉。それは正真正銘――愛の告白だった。グーファの顔は茹で上がりそうなほどに真っ赤になる。でも、その目だけは私のことを離さない。
「これは嘘でもない本当の気持ちです! もちろん、受け入れられるなんて思ってません!! でも……そんな思いがあるからこそ、僕は怒ってるんです! 僕はエリザベスさんの家で言いましたよね? 『一人で独断専行はしないでください』と! どうして一番つらいときに僕を――『仲間』を頼ってくれないんですか? 確かに僕は何もできない、どこにでも居るような奴隷ですけど、話を聞いて一緒に悩むことくらいできます! それはリリアナだって、ミミだって同じように思っていたはずです! こんな強行策を取らなくたって僕らはエリカ様と一緒に居れて楽しいし、家族みたいだなって常々おもっていたんですから!!」
「……グーファ。ありがとう、気持ちはよく分かったよ。……それとごめんね? 今までそんな風に思っていたなんて気づかなくて……。その……付き合うどうこうの件は少し考えさせて?」
「……はひっ!」
気まずい空気が流れる中、リリアナが熱しきった私たちを鎮静化させるように言葉をねじ入れる。
「まぁ、朴念仁のエリカにはこれくらいはっきり伝えないと分からなかっただろうし丁度良かったんじゃない? ね、グーファ?」
「あ……あ……あぁ……」
「あっ、目が回ってる……。駄目ね、こりゃあ……。まぁ、とにかく今のが私たちの本音ってわけ。で? これでもあのルグラス家の金髪公爵が言うように『自分がそこら辺に居る公爵と同じだ』っていう判断になるわけ?」
ギッと睨みを利かせるリリアナは怒っている感じが良く分かった。
当然と言えば当然だろう。なにせ、私は今までの彼らが発してきた言葉、しぐさ。それを演技ではないかと勘ぐっていたのと同義なのだから――。
「ごめん……みんなのことを疑って……本当にごめん……」
「別に? 少しだけ怒ってるけど、私達だって最初は最悪のマスターかもって思っていたわけだし、エリカが逆のことを考えてもおかしくない。私はそう思っていたから……。これでお相子よ」
そんな私たちの様子を横から見ていたセリーヌさんは目を閉じて私に頷いて見せる。命令を使ってまで吐き出させた言葉に裏は絶対にない。私は意を決して最後の質問を投げた。
「もし、もしも……私がみんなを「奴隷から解放してあげる」って言ったらみんな、して欲しいよね?」
「それは……まぁね。でも、別に私はエリザベスの家であったような事さえ、なければこのままでいいわよ?」
「えっ……? どうして!?」
「だって、自分で食べていくだけの資金力がないし、ミミのことも放っておけないじゃない? それに特にこれといって不自由もしていないし、エリカとの旅は楽しかったしね」
そこに被せるようにミミも涙が溜まった目で声を上げる。
「うんっ! 本当に楽しかったもん! これからもエリカお姉ちゃんと一緒に居て良いならどっちでもいい――!」
「え!? ミミ、私は!?」
「もちろん、リリアナちゃんも一緒!」
「……うぅ……もう、馬鹿……!」
「苦しいよぉ……リリアナちゃん……」
リリアナはミミをギュッと抱きしめながら微笑を零す。まるで、私たちは「今のまんま」でいいと言わんばかりに――。
その表情を見て私は思った。過去の背景はどうであれ、『この子たちに普通の生活をさせてあげたい』。そして、『奴隷であっても笑い合って、こんなにも平等に生きれるんだって世界に示してやりたい』と――。
「みんな、ありがとう……。ようやく、胸につっかえていた思いが無くなった気がする。それに私がどう生きるべきかも分かった。本当にありがとう。そして、これからも、よろしくね? <我は主として命じる。すべての命令を棄却する>」
「ようやく、いつものエリカが戻ってきたわね! さぁ、お腹空いたし、食べに行きましょ? ほら、いつまで目を回してんのよ! グーファ!!」
「あっ……うん……?」
「ったく、そんなじゃエリカから悪い返事しかもらえないわよ?」
「ひゃい!」
グーファの事を無理くり叩き起こすリリアナを眺めていると私の横にセリーヌさんが寄って来た。そして、静かにこう言った。
「本当にいいお仲間ですね。こっちが妬けちゃうくらいに」
「うん。私にはもったいないくらいの大切な仲間だね……」
「さぁ、皆さん! 食堂にどうぞ! こちらです」
セリーヌさんは部屋の入り口で私たちが全員、出るまで笑顔で接してくれていた。
まだまだ不安定な私たちかもしれない。
でも、確実に心が通っているのは間違いない。
だから、私は更なる高みへと――理想に手を伸ばそうと静かに考え始めていた。
「(奴隷の制度や待遇改善――いや、意識のすり替え……かな? そこに目を向けて奴隷《この子》たちと取り組もう。この子たちみたいな笑顔を知っている私がやらなきゃ、誰も動かないから)」
私はグーファを介抱しながら前を歩く2人の後姿を見てそう思うのだった。




