第24話 苦しみの涙
気が漂うのだった。「エリカ様、グーファです――ってリリアナ、おい!」
「だめ。今はエリカを一人にしてあげて」
ドアの向こう側からリリアナの声とグーファの声が微かに聞こえてくる。その声は私を心配しているような声であることは理解している。
「……私は……あの子たちを……」
ウェイドがあの場を立ち去ってから私はすぐにみんなのことを置いて自室に籠り、泣き続けていた。あの金髪公爵の言葉が重く私の心に突き刺さって未だに木霊する。
『――それを奴隷を連れ歩いている君が言うのか? 相手を服従させて傍に侍らせて、遊んでるそこらの公爵と何が違う?』
「(……何も違わないのかもしれない。私はあの子たちの主人ってだけで何も)」
悔しいが、それは私が付けている隷従の指輪が証明している。
グーファたちはこの指輪がある限り、私に歯向かわないし仲間であり続ける。これを取ったらどうなるか分からないから私は指輪を付け続けている。
「(結局は偽の仲間、偽の友情、偽の信頼なの……? もう、何が正しいのか……分からない……)」
その時、不意に部屋がノックされる。扉越しにリリアナの声が響いてくる。
「エリカ、その……今、私たちが何を言っても余計に傷つけるかもしれないけど、私たちはあなたがマスターで良かったと心の底から思ってる。これは全員の本心。あなたと共に過ごしてきた時間は――与えてくれた優しさは今までの他のマスターとは桁違いのモノだった。だから、絶対にそこらの公爵たちとエリカは違う。それだけは忘れないで」
そう言い残して部屋の前を去って行ったリリアナの足跡を聞きながら私はひたすらに涙を流した。感謝されることは本当にうれしいことだ。
でも、それがあの子たちの本心であるのかは分からない。それに私があの子たちの自由を『隷従の指輪』で束縛しているのは事実だ。私は勝手に『あの子たちに幸せを』と願い、その裏で束縛している。そんな矛盾に心が壊れそうになる。
「(私は……私はどうしたらいいの?)」
ただただ考えが回り周って時間だけが過ぎ去って行く。メイドが事情を聞きつけ、夕食を部屋の前まで運んできたが、私はそれに口を付けなかった。
「エリカ様。メイド長のセリーヌです。せめて、お水だけでも召し上がってください。エリカ様、聞いておられますか?」
「……要らないです。お願い、一人にしてください」
「ようやく返事をしてくださいましたね? エリカ様にとっては要らない情報かもしれませんが、グーファ様たちも『エリカ様が食べないのなら要らない』とおっしゃっています」
「……。大丈夫、食べるように命じるから」
私がそうセリーヌの言葉を切り捨てると彼女はため息を付いてドアノブをガチャガチャと動かして何かをし始める。そして、あっという間にロックしていたはずの扉が開いた。
「ど、どうやって……!」
「これしきの扉、解錠するくらい朝飯前ですので」
「だからってなんで入ってくんのよ……来ないで……」
「エリカ様? とりあえず、わたくしとお話を致しましょう」
「だ、だれも頼んでない! 出ていってよ!」
「まぁまぁ……落ち着いてください。今、カモミールティーをお淹れしますから」
扉を閉めて再度、カギを閉めた水色のツインテールのメイド長、セリーヌは「逃がさない」と言わんばかりに微笑を零しながら部屋の明かりを付けてカモミールティーをベット脇にあるテーブルに出す。
「どうぞ。不安な気持ちが少し落ち着くはずです。カモミールティーにはそういう効果があるので」
「あの子たちに言われてきたんでしょ……?」
「いいえ、私は私の意志でここに来ました。屋敷の主人をサポートするのがメイドのお仕事ですから。はい」
「……。」
このセリーヌというメイド長の真意が読めない。強引に部屋の中まで入って来るなんて思いもしなかった私は半ば促されるまま、飲み物を口にした。その様子にホッとしたのかセリーヌは少し目線を下げてから私を透き通った緑色の瞳で真剣に見る。
「エリカ様、出過ぎた真似かと思いましたが、大よその状況に関してウェイド様とグーファ様たちからお話をお聞きしました」
「……そう、それで私を笑いに来たわけだ?」
「そのようなことをしに来たわけではありません。私はエリカ様にある提案をしようと思いまして」
「提案?」
ごくりと唾を飲み込んだセリーヌはこう続けた。
「エリカ様、単刀直入にお話をさせて頂きます。――グーファ様たちの奴隷契約を解除されてはいかがでしょうか?」
「え?」
「奴隷契約を解除すればグーファ様たちは奴隷ではなくなります。そうすれば真の意味でエリカ様とお三方は仲間になれるのではないでしょうか?」
「そ、そんなことできるわけない! そんなことをしたら、あの子たちはすぐに私の元から居なくなるに決まってる! 今だって心の奥底じゃ、「あの金髪公爵が言ったとおりだ」って思ってるに違いないんだから!」
「それはどうでしょうか? 私がお話をお聞きした限り、グーファ様たちは奴隷契約を解除されてもエリカ様の元に残ると思いますよ?」
「何を知った風に! あの子たちのことを何もわからないくせに――!」
「そうです!! 私はグーファ様たちのことなんて何もわかりませんよっ!」
「……!?」
突然、セリーヌが私の言葉を遮って怒ったような表情をする。その語気はさっきまでの穏やかなで優しさとは全く異なるモノだった。
「正直、エリカ様たちがどんな人たちで、どんな旅をしてきて、どうやってウェイド様とお会いしたのかも私は知りません!」
「な、なによ……急に逆切れ!?」
「違います。私が言いたいのは『ちゃんとグーファ様たちと向き合ってください』ということです 私よりも皆さんの事を知っているのはエリカ様しかいないんですよ?」
「そ、そんなこと言われなくたって分かってる!! だから、こうして私は真剣に考えてるんでしょ!!」
「考えてなどいません! エリカ様のソレは単なる逃げです!」
「くっ……!」
「自分の殻に籠って、自分の偏見と思いだけで思い悩んでいるだけです! 本当に悩んでいるのならあの子たちに直接、聞いてみたらいいじゃないですか! 「私はそこら辺にいる公爵と同じだと思うか」って!」
「そ、そんな……そんなの……」
「できないんですよね? 「そうだ」っていわれるのが怖いから」
そう。私は怖くて仕方がなかった。あの場で「気にしないでください」と言われること自体も凄く怖かった。だから、一目散に逃げたんだ。
「エリカ様、私が言えるのはここまでです。あとは前に進むも、ここで留まるも自分で決めてください。私ができるのは道を示すことくらいですので」
「……。セリーヌさん。その、ごめん。あと、ありがとう……。初対面なのに私なんかの為に本気でぶつかってくれて」
「いいえ、これくらいはなんてことありません。主に仕えるのが、メイドのお仕事ですから。それに……お礼ならこの方たちにっ!」
「おわああああ!!」
セリーヌさんがいきなり扉を開けるとグーファたち3人が雪崩のように部屋へと飛び込んできた。全員が「あはは」という顔つきでこちらを見ていた。
「もう、「わたくしにお任せください」とお話したのに盗み聞きなんて……お三方とも心配しすぎですよ? エリカ様、どうします? これでもまだ一人でお考えになられますか?」
「あ……ううん。みんな中に入って。大切な話があるの。セリーヌさんも傍にいてくれませんか? その、心強いというか何というか……」
「はぁ、仕方ないご主人様ですね。ええ、構いませんよ。さぁ、皆さんも中に」
私はそう言ってセリーヌさんを含む4人を改めて部屋の中に招き入れた。部屋の中には時計が秒針を打つ音と5人の呼吸音がするだけが木霊して、ものすごく厳粛な雰囲気が漂うのだった。




