第23話 突きつけられる矛盾
円形都市『フレスト』にロディを降ろした私たちは街を離れ、鬱蒼とした森に囲まれている自然豊かな山道を登り始めた。グーファたちは次第に周囲をきょろきょろと見始める。
「あの……エリカ? こんな所に家なんてあるの? 周り全て森なんだけど……」
「あ、あはは……。まぁ、家というか小屋なんだけどね。あ――ほら、あそこを曲がって、あの小道!」
「こ、これ?」
リリアナは疑心暗鬼になりながらも馬を小道へと走らせる。少しずつ森をかき分けるように進むと見えてきたのは小屋――ではなく、豪邸だった。少しの庭と立派な門構え、そして、2階建てのお屋敷だ。
――そう、何もかもそこにあったものが変わっていた。
「こ、これが小屋って……エリカ。あなた……」
「あっ……いや違う!! あれ? いや、でも、間違いなくここなのに! え!? なぜぇぇぇ!?」
「――ふふっ、案の定、驚いてるおどろいてる! ようやく来たね。待ちくたびれてしまったよ」
「あ、あんたはあの時の金髪っ!」
「やぁ、1日ぶりかな? 元気にしてた?」
そこに居たのは紳士ぶっている奴隷狙いの金髪公爵だった。彼は馴れ馴れしく手を差し出し、私たちに降りるように促してくる。
「リリアナ、馬を出して!」
「う、うん! あっ、嘘……エリカ、後ろが……」
私が瞬時に振り返るとやれやれと頭を掻きながら面倒くさそうにしている3騎の騎馬が小道を塞いでいた。危機感を感じて3人を守る様に荷馬車を飛び降りた。もちろん、手は鞘に添えて――
「っ……アンタの狙いは何!?」
「おっと、そんなに敵意を剥き出しにするなんて可愛いところもあるんだね?」
「ふざけないで!! 言わないって言うなら!」
「……ふざけてなんかいないさ」
金髪公爵――ウェイドは私が引き抜こうとした剣を鞘へと無理やり力で戻す。
「っ……!(なんて力なの!?)」
「僕は君に国の代表としてこの屋敷を進呈しに来たんだ。もちろん、それ以外にも君とお茶をしたかったっていう理由もあるけどね? まぁ、何も取って食いやしないさ。それに君の奴隷にもちょっかいは掛けない。約束だ」
「はぁ? ……意味が分かんない!」
「とにかく、僕は君の敵じゃない。だから、少しの間付き合ってほしい。もちろん、全員一緒にね」
冗談にも程があるとこの時、私は思っていた。なにせ、この子たちにとって公爵という存在は脅威でしかない。実際、ミミは命を落とし掛けている。その恐怖はとてつもないものだろう。全員の意志を代弁するように私は牙を剥く。
「それはそっちの都合でしょ? 私たちがあなたの話を聞く道理はない。それにその話とやらが罠だっていう可能性もある! 私たちは騙されないわよ!」
「……どうやら僕は相当、恨まれているらしいな? だが、君たちにとっても悪い話じゃないんだ。それで気に食わなかったらまた殴ればいいさ。ほら?」
金髪公爵こと――ウェイドは『丸腰なら問題ないだろ?』と思わせぶりな表情をして腰に付けていた剣を私に差し出す。
「何をやってるんですか!? 危険です。ウェイド様!!」
「黙れ! 俺はエリカと話しているんだ。それ以上、喋るならお前はクビだ!」
「くっ……」
そんな態度を見せられたら邪険にするのも気が引けてくる。でも、警戒だけは怠ってはダメだ。そうやって私たちの警戒を解かせるつもりかもしれない。
「あなたの気持ちは分かった。本気なのも。でも、あなたほどの人間が私兵を持っていない訳がない。屋敷に入ったら実は罠でしたじゃ、遅いのよ。こっちは」
「ふっ、本当に君は疑り深いな? 大丈夫だ。屋敷の中には俺が雇った使用人しかいない。それに護衛の兵は一切付けない。神に誓おう」
「神って……アンタ、バカにしてるの? 私たちは今まで必死な思いで生き抜いてきてるの! そんな得体の知れない偶像に誓われたって信用できる訳ないでしょ!」
「……エリカ。どうか理解してくれ。今は丸腰で君たちと俺は話している。後ろの子たちに殺される可能性もあるんだ。これ以上、俺に出せる誠意はない。納得してくれないか?」
ウェイドはそう顔をしかめながら必死に私を説得する。確かに彼が言う事にも一理ある。特にグーファは仲間思いだから《《そんな動き》》を起こしたっておかしくはない。そういう意味では確かに条件はイーブンだ。
「わかった。ただし、何かあったら私が躊躇なく、あなたを殺すから」
「……OKだ」
「何をOKしてるんですか!? ウェイド様!!」
「お前らはここで待機だ!! ……俺の言うことを聞かずに入って来てみろ? そうしたら国家反逆罪で斬首にするからなっ!」
「ウェイド様……どうしてそこまでっ!!」
「おい、メイド長、この子らを屋敷の中に案内してくれ」
「かしこまりました。皆さま、どうぞこちらへ」
ウェイドの声掛けで護衛の兵士を門口に残し、私たちは一人ひとり、メイドに寄り添われながら屋敷の中へと通された。屋敷の中は白を基調とした壁紙が張られ、床は上質な木材で作られたフローリングになっており、まさに異世界のお屋敷といった感じになっている。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ああ。あと紅茶とクッキーも忘れずに持ってきてくれよ?」
「承っております。今、お出しいたしますね。ウェイド様」
私達は一階にある広いリビングルームみたいな場所へと通された。大きめのテーブルに次々と人数分のお菓子と紅茶が出され、コの字型になったソファーに向かい合わせになる形で私たちはウェイドと対峙した。
「多分、今の状況を分からないだろうから俺から簡単に説明する」
そんな皮きりで始まったウェイドの説明はこうだ。
私達のパーティーは王国と帝国を股に掛けて暗躍していた盗賊団からテッピオの街を救い、その首領である『ダリル』を捕まえ、壊滅に追い込んだということで両国から感謝状と褒賞が出されたらしい。
「でも、だからってなんでここが分かった訳……?」
「あ~えっと、詳しくは言えないが……その、追跡させてもらったんだ。過去の足取りをね」
「つ、追跡……?」
「別に悪気があった訳じゃないんだ。ただ、君たちの素性を知るにはそうするしかなかっただけさ。そして調べてみたらあんなボロ小屋を見つけてしまったという訳さ」
「それで? 頼んでもいないのに屋敷を建築したと?」
「うっ……まぁ、そうだな? 言いたいことは分かるぞ? でも、奴隷三人と暮らすにはあまりにも手狭だっただろ?」
「それはそうだけど……私が旅をしたいから要らないとか言い出したらどうするつもりだったわけ?」
「あっ……えっと……うーん、それは……。い、意地悪だな、エリカは! ……と、とにかくだ! ここは君たちの根城になる訳でエリカの所有物だ。だから、まずは僕が軽く案内しよう! さぁ、エリカ、こっちだ!」
「うわああ! ちょ、ちょっと!」
「エリカ様に触るな……。公爵様とはいえ、それは許さないぞ」
その場の追求から逃げようとするウェイドは私の手を引いて逃げ出そうとするが、その手を阻んだのはグーファだった。両者から火花が散っているような雰囲気が滲み出ている。二人の目線は強く、激しく交差する。
「……ほう? そんな目をするのか」
「生まれつきこういう目です」
私にも緊張が走る。この男が奴隷を殴る可能性はゼロじゃないし、グーファが斬りかかる可能性もゼロじゃない。しかし、直後の行動は私たちの予想外のものだった。
「ふっ、さすがゴーレムを倒したパーティーメンバーだな。よしよし」
「ちょ、何を……! やめろ!」
「おれおれぇ~」
ワシワシとウェイドはグーファを手懐けるように頭を撫でる。そして私に笑みを零す。まるで、「これも計算づくでした」見たいな顔つきで。
「はぁ……。一緒に回ればいいんですか?」
「おっ、分かってくれたのかい?」
「いや、別に……。これ以上、グーファの頭をワシワシされるのが気に食わないだけです」
「ふ~ん……随分、この子を高くかって居るんだね?」
「それは当然でしょ。仲間なんだから」
「仲間……か。まぁ、いいさ。こっちから回ろう」
ウェイドが手招きする中、私はグーファとアイコンタクトを交わす。
そこには確かな信頼があり、周囲を見渡せるように私が先頭を歩くとグーファがピタリと後ろに付けて、一番後方にリリアナが付く。完全に『やれるもんならやってみろ』と威圧するかのような動きだ。そんな威圧すらもモノともしないウェイドは前を進み続ける。
「まずはそうだな。二階から回ろう。君たちの部屋があるからね」
中央の吹き抜けになっているエントランスホールを上り、各部屋を案内された。どの部屋も机に椅子などのインテリアをはじめ、ふかふかのべっドが設置されていて、驚くしかなかった。
「嘘……だろ? 奴隷の僕たちにこんな、こんないい部屋を……」
「ふふん、驚くにはまだ早いぞ? 下には魔術を活用したお風呂も完備しているし、身の回りのお世話をしてくれるメイドたちも24時間、この屋敷に常駐だ」
「「はぁ!? お風呂に、メイドまで!?」」
綺麗なほどリリアナとグーファの声が被る。私としても盗賊団の長を取り押さえたのはウェイドなのだから、そこまでしてもらう義理はない気がしていた。
「ありがたいけどさ……別にそこまでしてもらわなくても……」
「それだけ我が国王は君たちの功績に感謝しているのさ。あの盗賊団には手を焼かされていたからな。よし……んんっ、ここがテラスだ」
何か覚悟を決めるように咳ばらいをしてから二階のテラスへと私たちを案内した。
空は綺麗な夕空が支配し、裏庭には数多の花が咲く。幻想的にすら見えてしまう景色の中で私の前を歩いていたウェイドが突然、振り向いて片膝を付く。
その手には白いケースが握られていた。
「本当は二人きりの時にするつもりだったんだが――エリカ、俺は君に一目惚れした。俺と『結婚してほしい』」
「えっ……?」
「「ええぇぇ!?」」
目の前に出されたのは赤いクリスタルが付いた指輪だった。その場に居た全員がこの突然のプロポーズに思考が停止する。ウェイドは攻め時だと思ったのか、畳みかけるように迫って来る。
「俺は君となら生きていける。初めて会った時からそう思ったんだ。だから――」
「ごめんなさい。あなたの思いには答えられない」
「えっ、どうして?」
「あなたみたいに自分勝手で、奴隷をモノとしてしか見ていない人間と結婚するつもりはない。本当に私が好きなら奴隷の待遇改善でもやってみなさいよ? 公爵なんて言う弄ぶ側の地位にいるあなたにはどうせできないでしょうけど!」
馬鹿にされた気分になったが故に、私は子どもっぽく思っていることを全てウェイドにぶちまけた。するとウェイドの表情が一瞬にして曇った。
「奴隷をモノとしかみていない……か。それを奴隷を連れ歩いている君が言うのか? フッ、笑わせてくれる」
「なっ……なんですって?」
「聞こえなかったのか? ならもう一回言ってやる! 奴隷に命令できる立場で、従えて「頭に乗ってる女が何を言ってんだ」って言ってんだよ!」
一瞬にしてプロポーズからの修羅場へと発展していく。
「私は頭になんか乗ってない! 私はいつもこの子たちを守るために必死に――!」
「それは建前だろうが! 相手を服従させて傍に侍らせて、遊んでるそこらの公爵と何が違う?」
「っ……」
「なんだ? 言い返せないのか? お前は『口だけ達者のペテン師』か?」
「それ以上は言うな! それ以上、言ったら公爵だろうが、叩き斬るぞ!」
ウェイドの言葉を止めるようにグーファが間に割って入る。完全に言葉で言い負けた私は何も言い返せなかった。なにせ、それらは私がずっと静かに『目を瞑ってきた』ことだ。
「(公爵たちと私……ただ単に考えが違うだけでやってることは――同じなんだ)」
「……すまない、言い過ぎた。エリカ……思い悩め。それしか解決策はみつからない。君と正反対の側にいる俺だってそうしているんだから」
ウェイドの言葉は公爵としてはおかしな発言に思えた。彼らは奴隷を貶し、モノのように扱う存在のはずだ。それなのにウェイドはまるで、私並みの葛藤をしているような口調でこちらを見てくる。そして一度、目を閉じたウェイドは空気を吸い込むと私の方を見て微笑を零す。
「また出直すよ。それからこれだけは言っておく。俺は君を諦めない」
「……!?」
「フッ、「この状況でどうして?」と言わんばかりの顔だな?」
「そ、そんなこと……思ってない……」
「理由は単純、俺はそういう君が好きだからさ。また会おう」
ウェイドはそう意味深な言葉を残してこの場を去って行った。その場に残された私は『突きつけられた矛盾』を前にこの後、どうしたらいいのか分からず、今にも溢れだしそうな涙を我慢しながら立ち尽くすしかなかった。




