第21話 休息と記憶の断片
野営地の設営は昼下がりには終え、ゆったりとした時間を過ごし始めた。
今回の野営地はいつもと違って、きちんとした防御策をロディさんが構築してくれていることもあり安心感が違う。
話は戻って30分前――私たちはロディさんの話に耳を傾けていた。
「防御結界を張る?」
「ええ、薬草と魔術を組み合わせた術式を組むことで魔物が近くに寄れないようにするんです」
「へぇ~そんなことができるんだ? でも、よくそれに必要な薬草を持ってましたね?」
「そこは……えっと、恥ずかしながらこういう旅になるかもと思ってあらかじめ、必要な薬草を用意しておいたんです」
「なるほど。そういうことですか」
「リリアナさん、魔術面は協力してくれますか?」
「ええ、そういうことならいいわよ! エリカはそこで休んでて」
こうして二人は何やら魔術と薬草を用いた結界を方々に張り巡らせて野営地の守りを固めたという訳だ。私とグーファ、ミミは病人みたいなものでテントで横になり続けていた。
「しかしまぁ……薬と魔術か。何が役に立つか分かったもんじゃないね」
「ええ……本当に世界は広いですね。エリカ様」
「うん、それよりも傷は大丈夫? 痛くない?」
「だ、大丈夫ですよ。これくらい……」
「……ほんと、グーファはリリアナみたいに分かりやすいなぁ」
「な、な、なぁ……!?」
痛みの強さで言ったらきっと変わらない。私はグーファと痛みに耐えるように彼の手を握って頭を寄せた。正直なところ、人肌が恋しくなったというのもまた事実で、どうもその温かさに当てられると眠くなってしまうらしい。気付けば私はまたいつものように眠りへと落ちていた。
しかし、次に目覚めた時、そこは私の真っ白い空間だった。しかも私しか居ない空間なのに、どこからか聞き覚えのある声が届いてくる。
「絵里香、偉いじゃん! 人の命を救ったんだね!」
「この声……まさか涼子? 涼子なの!?」
「うん、久しぶり。またこうして会えるとは思わなかったけどね。――絵里香、あなたはあなたの道を生きて。私に囚われることはないから。ちゃんと自分の道は自分で決めてね」
「涼子、何を言って――あっ!」
そこで意識が次第に薄れていく。そこでようやくここが夢の中だと気づいた。
「涼子!! はっ、はっ、はっ……!」
「大丈夫ですか? エリカ様? 随分とうなされていましたけど」
「ううん、別に、何でもない……」
私の夢にできた涼子こと――川西 涼子とは高校時代の大親友だった。だが、彼女は高校2年生の夏、不治の病で急死している。
「(「私に囚われることはない」……か。私の思考が勝手にあんな夢を作り上げたのかな……。もう最悪……)」
今まで一度も夢に出てきたことが無かった彼女が今になってどうして出てきたのか、よく考えればわかる。その答えは探すまでも無く私の近くにあるのだから――。
「(ミミを救えたから涼子が出てきた……それ以外に理由なんて無い)」
「エリカ様? 本当に大丈夫ですか?」
「あはは……大丈夫。ありがとう。少し懐かしい人に会った夢を見たの。もうこの世に居ない人のね。……だからちょっと動揺しただけ」
「そう、だったんですか……」
「あっ、ごめんね? 湿っぽい話をしちゃって! さぁ、今日のリリアナが作る夕食はなーにかな~?」
私はグーファの追求から逃げるようにテントの外に出た。まだ傷は痛むからあまり早くは動けないけれど、リリアナが料理をしているところを覗きに行く。
「あ、エリカ。起きたの?」
「うん、何ならグーファも起きてるよ?」
「そう。じゃあ、ミミはまだ……」
「うん、寝てる。すごく心地よさそうなくらい。いくら大丈夫だって言われても心配なものは心配だよね」
リリアナはこくりと頷きながら鍋をかき回す。中身はお馴染みの鍋料理かと中を覗くが、白く濁っていてあまり匂いがしない。
「エリカ、もしかしてお腹空いてる?」
「あっ、まぁ……。だけどこれ……」
「味がないただの水煮に見えるけど、これ違うの。騙されたと思って飲んでみて」
小さい茶碗に入れられたスープを手渡されて疑心暗鬼になりながらも口に含んでみる。
「しょっぱい! これ、塩のスープ!?」
「そう、大当たり!」
「えっ、でも川の水はしょっぱくないよね?」
「これ、実はロディが薬草を煎じて焙ったモノから出来たの。最初は疑心暗鬼だったけど、薬草がこうも料理を変えちゃうんだからすごいわ。……にしても、こんなものを作れるなんてあの男、控えめに言ってヤバいわね」
リリアナもロディが生成した調味料に舌を巻く。間違った事や嫌いな事には否を突きつけるリリアナがこれだけ太鼓判を押すからにはその実力は本物だろう。
「ところで、その噂のロディはどこに?」
「えっと、あっちで作りたいものがあるって言って、何かをしてるわ。あっ……エリカ? 別に動くのは良いけど無理しないでよ?」
「うん。心配してくれてありがとうね? リリアナ」
「ど、どういたしまして! グーファ!! 起きてるなら手伝いなさい!」
「(え、ええ……? なんで、グーファにはスパルタになるのかな? あはは)」
私は苦笑しながらもロディのいる方向へと歩いて行った。彼は地面に腰を下ろしてすり鉢で何かをゴリゴリと砕いていた。その眼差しは真剣そのものでその筋のプライドを感じる。私は邪魔しちゃいけないとその作業が終わるのを待った。
「ふぅ……」
「ロディさん、何をしてるんですか?」
「がぁ……!? エ、エリカさんか。驚かせないでください!」
「い、いや……驚かせるつもりはなかったんですけどね。すみません」
どこか焦った様子のロディさんは擦っていた物を隠して苦笑して見せる。どこか怪しい様に思えて私は視線を強める。
「今、何を作ってるんですか?」
「そ、そんな睨まないでくださいよ。これはご飯に混ぜる薬みたいなものです。その……ミミさんの為の」
「へぇ~余計に気になりますね。それは危ない薬とかじゃ――」
「馬鹿言わないでください! これは魚の骨を粉々にすり潰したものと薬草を焙って作った薬を混ぜたものです、なんなら舐めて見ますか?」
「へぇ~じゃあ、少しだけ」
すり鉢に人差し指を少し突っ込んで口に運ぶ。すると、何とも懐かしい味がした。
「(こ、これ……魚のふりかけだぁぁぁ~!!)」
「ど、どうですか? 別に薬だから――」
「おいしい……! ロディさん、あなた、天才ですか!?」
「ちょっと、ちょっと近いです!! 落ち着いて!!」
あまりの旨さに私はロディさんに急接近する。
これは最早、商品化できるレベルだ。飯代を浮かせようと『ご飯とふりかけの生活』をしたことがある私だからこそ、その域にあるのは保証できる。
「ロディさん、この国に白米ってあります!?」
「は、白米……? お米のことですか? それならフレストに出回って――」
「よっしゃきたぁぁあああ!!!」
「わぁあ!! な、何がですか!?」
「革命ですよ、革命っ!! これ、売りましょうよ!!」
私がハイテンションなペースで話を進めると突然の豹変に驚いたのか、ロディさんは意味が分からなさそうにクエスチョンマークを頭に浮かべるような表情をする。
「で、でも、これは薬ですよ?」
「いや、でも……これって人間が多量に摂取しても害はないんですよね? さっきリリアナが料理に使ってましたし」
「あ、まぁ……はい」
「なら絶対、ぜーったいに売れますって! 主婦、いや――時短したい人間にとっては革命ですから! これを大きく事業展開すれば薬学の学校に通う費用なんてあっという間に溜まりますよ!」
私は死ぬ前の仕事でやっていたように前のめりでプレゼンをする。当のロディさんは少し考えたのち、メガネをグイッと持ち上げた、
「うーん……それが本当ならやる価値はあるかもしれないですね……。今後の為に」
「ええ!! あっ、そうだ! ロディさん。その薬、もう一つだけ生成してもらえますか? 売ってくれそうな宛てがあるんです」
私の中に一人の人物が浮かんだ。そう、フレストで馬車を買うのに口利きをしてくれたユザルダさんだ。彼には世話になったきり、何のお礼もできていない。彼にこの商品を焚きつければ、価値をきっと分かってくれるはずだ。
「(商売の基本はいかに買いたいものを広く取り揃えられるか、そして、そこにこじつけてどれだけ余計な商品を買わせるか……だからね)」
自分を「悪い女だな」と思いながらも強かな笑みを浮かべる。そんな私を見てロディさんは苦笑いを浮かべるのだった。




