第20話 金髪公爵
ギルドの正面に出ると好奇な目と噂話が再び私達を襲った。
しかし、奴隷連れということもあってか誰も話し掛けては来ず、私たちは難なくギルド前を後にして街を抜けた。ミミは未だに寝ていてロディが状態を時折、確認しているようだった。
「うん、大丈夫だ」
「そ、そうですか……」
しかし、グーファやリリアナにとってはロディは突然、私たちの中に割って入ってきた部外者だ。警戒しているのがよく分かる。私もまだロディという人間を完全に掴めていないからその気持ちはよく分かる。だからこそ、私はロディを知ろうとする。
「ねぇ、ロディさん?」
「はい」
「ロディさんは何で薬学者を目指そうと思ったの?」
「随分と急な質問ですね?」
「いや、これから長い旅をするわけだし、お互いに知っておきたいなって」
「なるほど……それもそうですね」
私の真意に気づいたのかロディは自分の過去を明かした。ロディは幼少期の頃、親を病で亡くし、その後は祖父の家で暮らしていたらしい。しかし、その祖父も病死し、ロディは大切な誰かを守るために薬学者を目指したそうだ。
「でも、実際に僕が目指しているのはそこら辺に転がっている薬師連中とは違う――医学、薬学、魔術のすべてを凌駕した薬学者なんです。いかなる病気も僕に掛かれば治せる医者みたいなね」
「すごい……。そこまで本気になれることがあるなんて尊敬します」
「いや、そんなことないでしょ? あなたはこのミミちゃんの為に努力したじゃないですか」
「あはは……まぁ、それはそうかもしれないですけど……(褒めたつもりが慰められた?)」
私は苦笑しながらも一気に話を切り離す。
「あっ、そうだ! ロディさんって魔物との戦いはできます?」
「すみませんが、戦力にはなれません。精々、防御用の結界を張るくらいが関の山です」
「そうですか……おっと!」
「エリカ、前にきて!!」
「うわっ、エリカ様……この魔物の数は――」
密林の入り口手前でカマキリがデカくなったような魔物がたくさん集結している。
それだけではない。私が以前、グレンブレット洞窟に侵入したときに見た魔物の大群も居る。ただ、その様子は明らかに変だ。
「もしかして……これって縄張り争いかも」
「え? それ、エリカ様……どういうことですか?」
「オルニアスの花を取りに来た時、こういうのを何回か見たの」
「……でも、この道を通らないと回り道になりますよ?」
「うん……困ったなぁ」
そう言いかけた時、いつぞや聞いた咆哮がその場に轟いた。
その先に目を向ければ地下層に居たオーガさんが棍棒を片手に出てくる。そして、見事に先頭のカマキリをぶっ潰して威圧する。その一瞬に近い動きを見て私たち全員は固まった。
「あ、あ、あ、あれってオーガ!?」
「うん、そうだけど優しいよ?」
「や、優しいですって!? エリカ、あなた気でも狂った!?」
動揺するグーファとリリアナを尻目にその様子を見ているとオーガさんの威圧が聞いたのかカマキリたちが侵略を諦め、そそくさと反対方向へと散って行った。
「おーい! オーガさん!」
「おお、我が友じゃないか!」
「「友!? っていうか、喋ったぁぁぁ!?」」
「あはは……そりゃあ、グーファもリリアナもびっくりするよね? オーガさん、今のは何だったの?」
「ああ、縄張りの争いさ。今日はたまたま食材を探そうと思って出てきたら、やりあっているもんだから、つい――な?」
「あはは……魔物の世界も大変だね。ましてや、洞窟の長ともなると」
「そうさ、だから……料理に打ち込むのさ!!」
うん、方向が違う気がするけどよく分かった気がする。
私は改めてオーガさんが渡してくれたオルニアスの花で大切な人が助かったことを報告した。リリアナとグーファも最初こそ、オドオドしていたが、オルニアスの花を渡したのが彼だと分かると何度もお礼を告げていた。
「そうか、そうなのか! 良かったなぁ……!! 友の友は『俺の友』でもある! いつでも洞窟に来い! たらふくうまいモノを食わしてやるからな! はっはっは!」
お礼を言われたことが余程、嬉しかったのか気分良さげに森の奥へとオーガさんは消えて行った。それを見送った私たちは再び、王国への道をたどる。テッピオの街を潜り抜け、3日前に野営した場所へと向かう矢先、馬車が急に停車した。
「「うわあああ!?」」
「今度は何!?」
「リリアナ、一体何があったの?」
「いや、急にこの人が横から飛び出して来て――」
前方をみるとそこには一人の男性が倒れていた。どうやら咄嗟にその人を避けるように停車したらしい。道が少しだけ上り勾配だったことが幸いしたのか馬車と衝突することだけは避けれたようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
寝転がったように倒れた男性はまるで死んだかのように地面から動かない。心配になった私は素早く倒れている男性の元に近づく。するとその男は小さい笑みを浮かべて腰からナイフを瞬時に取り出し、斬りつけてきた。
「痛っ……!! くっ! 急に何すんのよ! って、あ、あれ?」
「エリカ様!! 大丈夫ですか!?」
「……体が……からだが動かない!」
私の声に反応して剣を抜き、駆け出してきたグーファが私の隣で心配そうに見つめる。それをいいことに倒れていた男はゆっくりと起き上がって『してやったり』という表情を浮かべて汚い笑みを零す。
「ばぁ~か! 即効性の麻痺薬だよぉ!! おら、お前らやっちまえ!!」
「アンタはあのときの――!」
声を荒げたの男はギルドの裏道で私が股間を蹴飛ばしたやつだ。続々と男たちが馬車を囲い込んで乱戦に発展していく。そして、私の元には依然として男が立っていた。
「ったくよぉ~……お前らのせいで俺たちの『あがり』がなくなったんだ、その責任取れや! ごらぁ!!」
「がはぁ……何を……言って……」
「お前らさ、まだ俺らが何者か知らねーのか? まぁ、いい。おれたちはここら辺を根城に善良な国民様から汚くお金をいただいている盗賊団で、俺がそのボスなんですぅ~それなのによぉ!!! せっかく手懐けたゴーレムを消し飛ばしやがって!! つまり、言いたいことは分かんだろぉ?」
意味不明な、いかにも頭の悪そうな能書きを並べてまくし立てる。
「金を……出せって事?」
「OK、OK。よく分かってんじゃねーか! だがよぉ? ちーと何か忘れてねぇか? お前、俺に街で恥かかせたんだろうが!! その詫びをしろよ! 詫びを!」
「ぐはっ……」
「エリカ様!!」
リリアナもグーファも必死に応戦するが、多勢に無勢。それにロディさんもミミを抱き寄せて守りの結界を張るので精一杯だ。私も私で反撃ができる状態じゃない。かといって、素直に謝ったところでこいつ等は引き下がるとは思えない。
「けっ、謝りもしねぇってか? いい度胸してんじゃねぇか。なら、その体に聞いてみるか? 辱めてやるよ どこまで耐えられるかなぁ~?」
「やめろ、このクソ野郎!! ぐはぁ」
「グーファ!!」
私を助けようと目の前まで踏み込んできたが、その腹部に剣が当たって目の前で崩れる。それと同時に地面に少量の血が滴り落ちる。
「なぁ、ボス。こいつ、殺しちまっていいか?」
「ああ、やっちまえ。どうせ、単なる奴隷だしな」
「やめて!! あなたの狙いは私でしょう……!? その子は関係ない!」
「はっ、いいねぇ。そのツラ!! つーかよ、関係ないなら殺されたって文句はねーだろうが! やれっ!」
「「や、やめてぇえええええええ!!」」
私の声が、リリアナの絶叫がその場に木霊したその時だった。目の前を眩い光の閃光が飛びぬけ、グーファを殺そうとしていた男が吹き飛ぶ。その閃光が飛んできた方向を見れば、数人の騎馬が全速力でこちらに駆けてくるのが見えた。
「な、何だあいつら? 狩りの邪魔しやがって!! やっちまえ!」
20人近い盗賊がぞろぞろと前に出る中、真っ向から対峙したのは金髪の青年、一人だけだった。彼の後ろに居る鎧を着た者たちに「来るな」と合図をして剣を抜く。その相貌はどこか育ちの良い家で生まれたイケメン騎士といった感じでありながら強さが際立つ佇まいだ。盗賊は彼が弱いと踏んで一斉に突っ込んでいく。
「死ねぇやあああ!!」
「……甘いな」
剣で一人、二人と叩き斬ると振りかざされた剣を交わして足技や投げ技へとつなげて確実に致命傷を負わせていった。そして、気付いた頃にはその青年以外、誰も動けていなかった。
「こ、こんなことがあるわけねぇ……! くっ!」
「貴様、盗賊団の長『ダリル』だろ?」
「だったら、どうしたって言うんだ? お前が俺を捕まえて良いのか? 国境間の狭間で捕まえたら外交問題になるぞ?」
「フッ……そうか。俺が王国の人間だと見抜けるのか。盗賊なんて馬鹿なことをしてる割には少し頭が回るらしいな? だが、詰めが甘い。既に帝国側からも協力要請が出ているんだよ。この外道めっ!」
「がはっ!」
峰内で一気に意識を刈り取った金髪の青年は後ろに控える者たちに合図をして縛る様に命じる。そして、その様子を見つつ、私たちに優しく微笑みかけた。
「大丈夫か? 危ない目にあったな? 綺麗なお嬢さん」
「あ、危ないところをありがとうございます」
「いいや、礼を言われるほどじゃないさ。これが俺の仕事だからな。……さぁ、これを飲むんだ。麻痺を中和する薬だ」
金髪の青年に抱きかかえられながら黄色のポーションを飲むと次第に麻痺が取れて行った。そんな青年の好意に仇を返すように腕から抜け出してグーファの元へと寄った。
「グーファ! グーファ! 大丈夫!?」
「くっ……」
「エリカさん、退いて! 僕が診ます」
ロディがグーファの容態を見る中、金髪の青年はゆっくりと私たちの方へと近づいてくる。そして、あるモノをロディに手渡した。
「これを使え。必要だろ?」
「これは回復のポーションに、応急キット? あなたは一体……」
「俺の素性よりも目の前の少年を救え。君にしか出来ないことだ」
ロディは素早く、回復のポーションをグーファへと飲ませながら麻酔を打ち、処置を進めていく。さすが帝国一と謡われるだけあってその処置の速度は速かった。
「もうこれで大丈夫。傷も縫合しました」
「良かった……。窮地を救ってくれただけじゃなくて、ポーションまで……本当になんてお礼を言ったらいいか」
私はすぐに金髪の青年に頭を下げた。事実、彼らの助けがなければ今頃、私たちは殺されていただろう。
「いいや、さっきも言ったが、別に大したことじゃないさ。まぁ、もし良かったらこの後、俺とお茶でもどうだい?」
「えっ? 私と?」
金髪の青年は私にそう声を掛けて手を差し伸べる。その優しさに触れるように私は彼の手を握った。だって、彼はまるで王子様みたいだったから。
しかし、その直後に彼の顔色が悪くなった。
「なるほど……君が連れているのは従者じゃなくて奴隷だったのか」
「だからウェイド様、言ったでしょう? こんな道を護衛の騎馬も無しで歩く良い家のお嬢様が居る訳ないって」
「……。悪いが、今の話は無かったことにしてくれ。その代わり、モノは相談なんだが――あの気の強そうな奴隷を俺に売ってくれないか? どこか知り合いに似ているんだ」
あからさまというか、見事なほどに掌を返した金髪の青年――ウェイドはリリアナを売ってくれないかと話を切り替え始めた。当然ながらそんなことはさせない。
「馬鹿言わないで! この子たちは私たちの大切な仲間なの。売る訳ないでしょう!」
「ぶっ、仲間!? そんなことを言う人間を見たのは初めてかもしれない、はははははっ!」
「何がおかしいの? ふざけないで!」
「ふざけてなんていないさ! アハハハ!!」
「っ……!」
最初こそ正義を振りかざす、騎士みたいな青年だと思った。
しかし、高貴な身分だからとか奴隷だからとか、そんなくだらないことで笑う様子を見て彼の印象は最低にまで落ちた。今や彼は『チャラい金髪青年』くらいにしか見えなくなり、怒りが込み上げてくる。そして、気付けば私はフルスイングで彼の頬を平手打ちで叩いていた。
「があ……!?」
「公爵様! おのれ、公爵様になんてことを――! この無礼者!!」
「エリック! やめろ、俺も笑いすぎた。なぁ、君の名前は?」
「……エリカ」
「エリカか。いい名前だ。ふふっ、また会おう!」
「もう2度と合わないわよ! このクソ公爵!」
私が睨みながら叫んだにも関わらず、金髪青年はにこっと笑みを零しながら離れて行く。正直、背筋がゾッとするような感じがする。なんだろう、この得体の知れない感覚は――。
「なんか、嫌な予感がする……」
私の第六感が危険な気配を感じ取る中、金髪青年こと――ウェイド公爵の一行は踵を返して王国方面へと去って行った。それを見てリリアナが私の元へと駆けてくる。
「エリカ!! あんた、本当に何やってんのよ! 公爵を殴るなんて馬鹿じゃないの?」
「あはは……リリアナを売れなんて言ってくるからさ。つい……」
「う、うれしいけど! 殺されても文句言えない状況だったんだからしっかり反省して!!」
「はい……」
それからしばらくリリアナに怒られながらも私たちは荷馬車へと戻り、テッピオに入る前に使った野営地で一晩過ごすことにした。理由は周囲が開けているし、ミミとグーファ、私が負傷している今、むやみに動くことが最善ではないと考えたからだ。
「(それにロディさんは別に期日を設定している訳でもないし、あのいけ好かない公爵の後ろを追うのも嫌だしね)」
私はそんなことを考えながら黙々と野営地の設営に掛かるのだった、




