第19話 ロディからの依頼
「よし、これで完成だ」
ロディさんは調合のすべての工程を終え、細長い試験管の中に液体を注ぎ込む。
薄黄緑色の液体はいかにも『ザ・お薬』という色合いだ。
「じゃあ、リリアナさん。ディスペルを頼めるかな?」
「ええ……。<神聖なる力よ、我は天秤を正しき理へと戻す者。魔力の根源を辿り、その源の標を破壊せよ。正しき天秤は今一度、輝きを以て道と成せ>」
白色の魔術陣が発現し、エルバスが呪術を掛けていた時に出ていた紫色の鎖が次第に浮かび上がり、音を立ててはじけ飛んだ。それと同時にロディはミミの口に神経鎮静薬を入れていく。
「とてつもなく不味いだろうが、ゆっくりでいい。確実に飲むんだ」
「うっ……ぅん……」
ミミは顔を歪めながらもゴクッとすべてを液体を飲み込んだ。すると、ミミの身体全体が一瞬、緑色に発光した。それと同時にミミの意識がゆっくりと微睡の中へと落ちて行った。
「え? ミミ!?」
「大丈夫。これは薬が効いている証拠です。今まで悪さをしていた神経が薬の効果で正常に戻ったことで一気に倦怠感が襲ってきたんでしょう」
「ってことは……」
「ええ。とりあえず、命の心配はありません。あと数日は眠気や筋肉痛の様な症状に襲われるかもしれませんが」
「やった? やったんだよね?」
「ええ! 私たちはやりきったのよ、エリカ」
「よ、良かったぁ……」
「お、おっと! エリカ様、大丈夫ですか!?」
「ごめん、グーファ……なんか安心したら力が入らなくなっちゃって……」
グーファに支えながらゆっくりと椅子に腰かけると緊張が一気に解け、疲れが染み出てくる。これでようやく私自身、スタート地点に立てた気がする。安堵する私にリリアナは抱きつく。
「エリカ、本当にありがとう。あなたには感謝してる。奴隷なんて言う身分の私たちの為に――ミミの為に命を張ってくれたこと、本当にありがとう……」
「ううん、私の方こそごめん。いろいろ無茶ばかりして……。でも、本当に良かった」
私達はそれからしばらくの間、抱き合っていたが、不意にガチャリと音を鳴らして部屋の扉が開いた。その先に居たのは先ほど出て行ったギルマスとフレンシアだった。
「あっ、この感じだとミミちゃんは無事に治せたみたいですね」
「そうか。なら、もうオルニアスの花はない訳だ。はぁ、これで方々から圧を掛けられなくて済む。フレンシア、今のうちにクエスト報酬も渡してしまえ。これ以上、面倒ごとはごめんだ」
「何を言ってるんですか、ギルマス! これでエリザベスさんもよろううう――」
「この……馬鹿めぇ……!」
「え? エリザベスさんとアルギオンさんって知り合いなんですか?」
「んーんんー!!」
私がそう問いかけるとアルギオンさんはニコッと笑いながらフレンシアさんの口を手で塞いで首を振る。だが、フレンシアが一瞬のスキを突いてアルギオンさんの拘束からするっと抜け出す。
「ぶはぁー! 今度、エリザベスさんにあったら言いますからね!? 奥さんに怒られてください。ふんっ!」
「「「お、奥さん!?」」」
「っ……はぁ、そうだ。エリザベスは俺の嫁だ。その節はエミリアとエリザベスが世話になったな」
「えええ!? でも、あなた……エリザベスの家に来たことなんてなかったじゃない!」
リリアナがそう食いつくとアルギオンは目を一度、閉じてため息を付いた。
「今回の件はデリケートな問題でな。公爵家や皇族が絡んでいて家族を巻き込むわけには行かなかったんだ。だから建前上、「喧嘩をして別居した」という事にしたんだ」
テッピオに現れた巨大ゴーレムを殲滅し、オルニアスの花を一人で取って戻ってきた冒険者――そんな幻みたいな女がいる集団とギルマスであるアルギオンさんが繋がっているとなれば情報を聞き出すためにあらゆる手段で圧を掛けてくるはずだ。
だから、アルギオンがシラを切る理由付けとして建てた『別居』という屁理屈も利点が高い気がした。なにせ、エリザベスさんと夫婦の関係であっても「連絡を取っていない、知らない、分からない」でアルギオンは通せるからだ。
「でも、エリザベスさんの旦那さんがアルギオンさんだったなんて」
「でしょ!? こんな堅物にはもったいないですよね! ――はっ! 私、クエストの報酬を取って来ますぅ!」
ギッと睨みつけられてフレンシアは逃げるように去っていた。アルギオンはその背中を見ながら再び、ため息を付いて私たちを見る。
「まぁ、何はともあれ。その子が治ってよかった。さすがロディ君だ。帝国きっての薬学者になるだろうと大御所たちを唸らせることだけはある」
「……僕はそんな風には思いません。僕なんてまだまだひよっ子です。王国にはまだまだ上が居る。この程度で帝国でトップを名乗れるならその程度の薬学者しかいないと言うことです。僕の目指す薬学者はそんなチンケなものじゃない。一緒にしないでいただきたいですね」
ロディはメガネをクイッと上げてそうアルギオンの言葉を切り捨てた。
そこには確かなプライドがあって私のことをじっと見てくる。
「(な、なに? この意味深な視線は――!)」
その視線に、目力に慄いて少し足を退いていたところにフレンシアがお金の入った巾着を片手に再び、戻ってきた。
「お待たせしました! ロディさん、報酬の10,000ゴールドです!」
「ありがとうございます。じゃあ――このお金でエリカさんたちに依頼を出させてもらいます」
「え? きゅ、急に依頼? しかも私たちに?」
「はい。僕をフレストまで連れて行ってください」
やはり、そう来るのかと思わず、ため息を付く。
最初の時点でそれがこの青年、ロディの狙いだった。もちろん、彼にはミミを治してもらった恩義がある。けれど、私たちの旅はそう生易しくない。
「ロディさん、私たちと一緒に居るっていう事はどういうことか分かってますか?」
「ええ、もちろん。それも承知の上です。それに薬学、体の治癒に関することは私の専門です。傷を診たり、エリカさんたちにその知識を教えることができるはず。それも込みで依頼をお出ししているんです」
「待って。どうして私たちがそういう技術を必要としていると思うの?」
「勝手ながら馬車の中にあったアルフルの実とミルティア草で作った薬を見させてもらいました。あれは薬学の初歩――そんな物を作るほど追い込まれていたのなら僕の知識が役に立つはずです」
私は無言のまま、グーファやリリアナに目を向ける。二人も疑心暗鬼な顔つきながらも控えめに頷く。私たちは他の誰よりも魔物との戦いで怪我を負う可能性は理解しているし、その怪我を治すために医学的な知識が必要なことも分かっている。
「わかりました。その依頼お受けします」
「ありがとうございます。では、僕はあなた方に報酬と医学、薬学の知識をお教えします。改めて、よろしくお願いします。エリカさん」
「……はいっ! こちらこそよろしくお願いします」
私は割り切るようにロディと握手をする。今はミミも回復の途中だし、この地に残す後悔は最早、何もない。ロディが同伴しようが、彼は単にフレストに行きたいだけの人間だ。だから、フレストに着いたらそこでおしまいだ。
「じゃあ、アルギオンさん。私たちはこれで」
「ああ。すぐに発つのか?」
「ええ。長居をしていると迷惑がかかりそうですから」
「そうか。くれぐれも気を付けて帰ってくれ。それをエリザベスもエミリアも祈ってるはずだ」
私はアルギオンさんたちにお礼を言った後、ミミを抱きかかえてロディを連れてギルドマスターの部屋を後にした。




