第18話 薬学者との駆け引き
「よし、用意が出来たからそろそろ――って、グーファ! ボサボサしてないでエリカに手を貸してあげて!」
「あっ……エリカ様、ゆっくり、ゆっくりでいいので行きましょう?」
「ふふっ、ありがと」
私は一人で歩けるほどには回復していた。でも、みんなの好意を無駄にするわけにも行かず、グーファの手を借りながら時間を掛けて馬車へと乗り込む。そんな一部始終をエリザベスは心配そうな表情で見つめる。
「エリザベスさん、すみません。厄介になっていたと思ったらすぐ出ていくなんて」
「いえ、そんなことはありません。ただ、エリカさん。本当に大丈夫なのですか? そんな体で」
「まぁ、なるようになるかなって……あはは」
「もし、どうにもならなくなったらまたうちにいらしてください。特にお構いもできませんが、寝床とご飯くらいなら出せますので」
「ありがとうございます。その時はまた御厄介になります。エミリアちゃんも元気でね?」
「う、うん……」
エリザベスの後ろに隠れたエミリアちゃんはずっとリリアナの方を見ていて、心ここに在らずといった感じだ。このままだと二人の仲に歪ができてしまうかもしれない。
「リリアナ?」
「ん? 何よ、エリカ」
私は顎で「別れを告げて来な」と合図をする。リリアナはまるで「あ~あ、気付いちゃったか」と言わんばかりに少し照れた顔つきでエミリアの元に行って静かに抱きついた。モノの数分くらいの出来事だったが、何やら二人で小声で話をして涙ながらに別れを告げたようだった。
「……。待たせちゃってごめん」
そんな言葉とリリアナの涙目を見た私たちは全員、何も言わずに首を横に振った。
そして、グーファは悲しむリリアナを慰めようとリリアナの隣に座り、背中を撫でる。しかし、リリアナは声も出さずに泣きながらグーファの手を払って後ろを確認することなく馬に鞭を入れた。
「(リリアナにとってはエミリアちゃんも仲間だったんだね。でなかったらあんなに泣かないもんね)」
私はグーファにこっちへ戻る様に告げて少しだけリリアナを一人にさせることにした。こういう時は無理に人が関わるとかえって逆効果になる。それにリリアナはミミやグーファと比べたら強い子だ。短期間しか接していない私にもそれは分かる。根は素直な子だからそういうことすらバネにできる芯を持っているはずだ。
「クスっ……ミミ、この先はどっちにいけばいいのか、教えてくれる?」
「あ、えっとね……右!」
「……オッケー! グーファは周りに敵がいないか確認してっ! あと……さっきはありがとう」
案の定というか、その見立てに間違いはなく、次第に落ち着きを取り戻したリリアナは悠長に指示を飛ばしながらもグーファにお礼をボソッと言った。その様子に私たち三人が安堵しているとリリアナが声を上げる。
「あっ、ビジロックの街が見えてきたわよ!」
「うん、ギルドは街の中心部にあるからそこまで向かって!」
「了解――はっ……!」
「ひゃあああ!?」
リリアナが馬の手綱をいきなり引っ張って馬車が急停止する。
そして、同時にグーファが鋭い眼光で周囲を見つつ、一言言った。
「血の匂いだ……」
「ええ、それも人の血よ」
リリアナもまるで言葉を被せるかの様に静かにそう呟く。私も言葉につられるように周囲を確認しようと前に歩み寄った瞬間、グーファが踵を返して私を押し倒すように転がった。その真上をシュンという音が掠め、荷馬車の中に矢が刺さっていた。
「クソ! 待ち伏せだ! リリアナ、馬で突っ切れ!」
「はいやぁ!!」
馬が急激に動き出すと同時に剣を片手に持った人間たちが一斉に馬車の方へと詰め寄って来る声が聞こえた。だが、さすがにグーファの判断が早かった。襲撃者たちをあっという間に後方へ置き去りにしてビジロックの道をひた走る。何者かによる襲撃は完全な失敗に終わった。
「あの……グーファ? その……さ?」
そんな危機的な状況にあったであろう中、私は不謹慎ながら一人でドキドキしていた。グーファが覆いかぶさるように私を救ってくれたこともあり、お互いが寝そべる様に寝っ転がっていたこともあって顔と顔が近い。
「っ……。えっと、これはその――不可抗力で」
「あっ、うん……分かってる……」
「お姉ちゃんとグーファ、キスするの?」
「わああああ!? キ、キ……!?」
「え、いや、ミミ! どこでそんなこと覚えたの!?」
純粋無垢なミミの発言で私たちはお互い素早く離れる。多分、お互い顔が真っ赤になっていた。そんな様子をみていたであろうリリアナはやれやれとため息を付きながらヒジロックに着いたことを告げる。
ヒジロックの街中は昨日、私が来た時よりもどこか物々しい感じで腰に剣をぶら下げた兵士たちが走り周っている。次第に浮ついた気持ちもどこかに飛んでいってしまった。
「この感じ……何かあったみたいですね。兵士が多い」
「うん、妙なことに巻き込まれたくないし早い所、交渉を成立させちゃおう? リリアナ、このままギルドに」
「分かってるわ」
私達はそれ以降、特に襲撃を受けることもなくギルドの本部へと到着した。ギルドの本部前には、「どんな奴がオルニアスの花を手に入れたのか」と物見客が出来ていた。そして、不運の連鎖は続くというべきか、フレンシアさんが大声で――。
「エリカさん、こちらでーす! オルニアスの花は――はっ!」
「あっちゃぁ……」
そこまで口に出したら馬鹿でも分かるというものだ。私たちがギルドに入るまでの間、周囲が噂で湧きだつ。
「おい、あいつがオルニアスの花を一人で取ってきた猛者らしいぞ!」
「猛者って言ったって女じゃねえか! しかも、奴隷を連れてやがる。本当にアレなのか?」
「いや、間違いないだろ。だってほら、四日前にテッピオであったゴレーム騒動を解決したのも奴隷連れの女連れだって話があったぞ。マジモンなんじゃないか?」
「マジかよ!」
私達は半ば黄色い歓声と視線を浴びながらギルドの奥へと分け入っていく。そして、気付けばギルドマスターであるアルギオンさんの部屋へと通されていた。
「はじめまして。ギルドマスターのアルギオンだ。渦中の人とお会いできて光栄だ」
「はじめまして。エリカと言います。今回の依頼の件、丁寧な対応をありがとうございます」
「じゃあ、ギルマス! 私はロディさんを呼んできます!」
「ああ、頼んだぞ」
「ロディさん?」
私がオウム返しの様に聞いている中、フレンシアさんはそそくさと部屋を後にしていった。そして、私の疑問に答えるようにアルギオンさんが頷く。
「今回、君のクエストを受ける人物の名だ。彼は薬学の指定機関に在籍した形跡がないが、その技術は帝国の中でもトップクラスだと思うぞ」
「……だと思うって」
「悪いな。そんな曖昧な表現で――だが、その腕だけは間違いない。この選定には国家の回し者の薬学者も居たが、そいつらですら考えつかない方法で安定した薬を作り出し、誰よりも早く効果を出す。そんなことをやってのけた男だ。まさに君と同じ『新星のスペシャリスト』であることに変わりはない」
「……ならいいですけど」
私たちにとって大切なミミを救うための薬調合のクエストだ。どんな男なのか正直、不安がよぎる。緊張感が高まる中、コンコンとノック音が鳴り、一人のメガネをかけた色白の青年が緑の宝石が付いた杖を片手に部屋へと入ってきた。その相貌はいかにもインテリ系とも言える格好で高学歴層な様に見える。
「ロディさん、こちらが依頼主のエリカさんです」
「この方が……。はじめまして。ロディと申します。お噂はかねがね」
「よろしくお願いします。ロディさん」
こうして私たちとロディさんとの自己紹介が始まった。お互いに名乗り合い、状況を説明したのち、ロディさんはミミの診察を始めた。なんでも薬学だけでなく医学の知識も持ち合わせているらしい。
「なるほど……確かに魔力回路の神経がやられている。エルバスという治癒士の判断は間違いなく正しい。……こんなに小さい体なのによく今まで頑張ったね。大丈夫、すぐに良くしてあげるから」
私達が固唾をのむ中、ロディはそう告げながらも優しくミミの頭を撫でる。そして、一層、真面目な面持ちに代わって私やグーファ、リリアナに向き合う。
「では早速、これからのことについて説明をさせてください」
「これからのこと?」
「ええ、薬の調合の方法や投薬の方法についてです」
それから私たちはロディからオルニアスの花をどのように使用し、調合して薬を作るのか事細かく、説明を受けた。それなりに難しい説明もあったが、グーファやリリアナでも分かるように噛み砕いた説明で私も思わず、聞き入ってしまう。
「なるほど。どうりで難しい訳ですね。それだけ複数の過程を踏んで生成し、質量を間違えられないのか……」
「ええ。グーファ君の言う通りです。ここまでで何か分からないことはありますか?」
「あの、ロディさん。依頼主の私から一つだけいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「薬のことは十分すぎるくらいわかりました。だから単刀直入にお聞きします。――あなたがそこまでして私たちに取り入る理由はなんですか? 何か裏があるんじゃないですか?」
「「っ――!!」」
その場が私の質問で凍り付く。確かに今までの説明を聞く限り、凄い薬学の知識を持つ若者だ。それでもこのクエストを受けるメリットがない。私たちの信頼を勝ち取って何の利益があるのか。そう考えればオルニアスの花だけに限定されてしまう。
だから、私はあえて彼に鎌をかけた。この反応ですべてが決まることくらいはロディさんも分かっている事だろう。この問いに彼は顔をしかめた。
「取り入る……ですか。随分と物言いな言い方をしますね? 僕は本心からこの子を救いたいと思っている。そのためにここに居ます。……確かにあなたが言うように『あわよくば』と思っていることもありますが、そんなの二の次です」
「どういうこと? 何か狙いがあるのね?」
「はぁ……ええ、僕は王国で薬学を学びたいんですよ。ただ、渡航費も生活費も馬鹿にならない。だから、王国のフレストに住んでいるあなたたちに便乗出来たら……と。狙いなんてそんなもんです。払いもいいクエストでしたしね」
「なるほどね……でも、あなたが裏切らない証拠はどこにもない。オルニアスの花を売ればもっと高い資金が手に入るはずでしょ?」
「……本当に慎重な人ですね。仮に僕がオルニアスの花を狙っているならあなた方を毒殺するなりして、まんまと逃げ去ってます。それに僕があなた方の敵なら武芸に精通するアルギオンさんの前で殺そうとはしない。そして、極めつけはこれです」
ロディは扉を開けて重そうなバッグを部屋の中に入れ、中身を広げてみせた。
そこには薬剤調合に使うであろう試験管や鉢、測量計が収納されていた。
「嘘を付く人間がこの場で調合するための機材をもってくるはずがないでしょう? これで信用していただけましたか?」
グーファもリリアナもこの説明に納得して無言のまま頷く。これだけわき道に話を逸らしても揺るがないし、その姿勢にも乱れはない。この人間なら信頼できると私は確信して目を閉じた。
「……わかりました。ロディさん。疑ってごめんなさい。私はあなたにすべてを託します。だから、ミミを救ってください」
「はい、お任せを。ではオルニアスの花を――それから、リリアナさんは呪術の解除術式をお願いします」
「おい、ここでやるのか!?」
「フレンシアさんには事前にお伝えしていましたが……?」
「ん、んんっ!! ギルマス、私たちは邪魔みたいですし引っ込んでましょう?」
フレンシアは咳払いをしながら慌ててギルマスを連れて行く。そんな姿を横目にロディさんは眼鏡をクイッと上げ、私から手渡されたオルニアスの花を手に取り、調合の準備が始まった。その傍らではリリアナが神経を集中させて魔術発動の時を待つのだった。




