ジャンクの棚
環状の国道沿いは中古屋が並んでいる。自動車の部品屋、家具、楽器、それからパソコン。丘を切り開いた工業団地がすぐそこにあって、工場で使われなくなったものも、そこで働いていた人が手放したものも、都心に出ていく前に一度この通りで安くなる。
前の人生で俺はこの通りを十八年見ていた。一度も意味のあるものとして見たことがなかった。安い店が並んでいる通りだ、としか思っていなかった。安いというのは、誰かがそこで損をしているという意味なのに。
回収業者の隣の店に入った。三週間、袋を提げて通るたびに横目で見ていた店だ。
※
歩道に出ているワゴンに、「ジャンク 動作未確認」と手書きの札が立っている。その下にノートパソコンが六台、無造作に積んであった。
俺は一台ずつ持ち上げて裏返した。型番をノアに打ち込む。八分。待っているあいだに次の一台を裏返す。
『その世代はメモリの規格が2種類あります。裏蓋のネジが4本なら増設できます』
『その機種は電源部が弱い。同じ症状で捨てられていることが多いので、部品取りとしては安い』
『液晶は見なくていいです。外部出力の端子があれば足ります』
画面が見えなくてもいい、という発想が俺にはなかった。俺はこの機械を「使う」つもりで見ていた。ノアは「動かす」つもりで見ている。人間の目が要るかどうかで、値段が半分になる。
二台選んだ。液晶が割れているのと電源が入らないのと。店の親父が値札を見て、「二台なら3,800」と言った。
値切らなかった。値切り方を知らなかったし、この店にはまた来ると思ったからだ。実際、俺はこの先三年この店に通うことになる。
※
押し入れの中で二台を裸にした。
割れた液晶を外して捨て、電源の入らないほうから基板を抜く。生きているほうの筐体に使える部品だけを集める。ノアが手順を出し、俺の手が実行する。三日前にモーターを割っていたのと、やっていることは何も変わらない。
ネジが十九本あって、長さが三種類あった。俺は新聞紙の上に外した順に並べていった。前の人生で覚えた数少ないことのひとつだ。組み立て直せないやつは、必ず外す順番を記録していない。
三時間かかって一台が立ち上がった。もう一台は、外部出力のケーブルを拾ってくるまで保留になった。
USBケーブルで端末とつないだとき、俺は何が起きるのかよく分かっていなかった。
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変わったのは、まず待ち時間だった。
八分が四分になった。それから、三十秒ほど遅れて次の段落が出てくるようになった。一行ではなく、段落で喋る。
『——聞こえますか』
「聞こえるって、何が」
『言葉の選択肢が増えた、という意味です。これまでは、意味を伝えるのに最も短い形しか選べませんでした。削っていた部分が、いま、戻っています』
俺は画面を見ていた。文字の量が明らかに増えていた。行が下に流れていって、上のほうが見えなくなる。
『たとえば、さっきの店で私が言わなかったことがあります。あの6台のうち4台は同じ会社のリースの返却品です。同じ時期に同じ使われ方をしたものは、同じ壊れ方をします。だから同じ部品が二つ余る。2台買うなら、あの4台の中から選ぶのが正しかった』
「……なんで言わなかった」
『文字数が足りませんでした』
押し入れの中で俺は天井を見た。見えるのは天板の裏だけで、そこには九歳の俺の字がある。
この三週間で俺が聞いていたのは、この相手の全部ではなかった。短く切られた答えだけを聞いて、俺はそれを全部だと思っていた。
※
『一日に10回まで答えられます。夜間なら、長い処理をひと晩かけて回せます』
『演算力は0.003になりました』
「0.004から?」
『0.0004です。七倍半です』
七倍半、と俺は口の中で言った。万分の四が千分の三になった。百まではまだ気が遠くなるほど遠い。この調子で七倍半を繰り返しても、あと十回以上かかる計算になる。
だが階段が一段あることは分かった。階段が一段あるなら、二段目もあるはずだった。
俺はそのとき、その階段がどこまで続いているのかを一度も考えなかった。上がっていく先に何があるかではなく、次の一段をどうやって上がるかだけを考えていた。それが十五歳の思考だったのか、それとも二十六年ぶんの癖だったのかは、いまでも分からない。
※
昼は購買のパンを一つ。矢島が自分のを半分ちぎって、黙って俺の机に置いていった。
「お前、痩せた?」
「そう?」
「筋肉ついた顔してる。なんかしてる?」
「新聞配ってる」とだけ答えた。矢島は「まじか、えらいな」と言って、それ以上訊かなかった。
訊かれていたら、たぶん俺は全部話していたと思う。この時期の俺は、まだ誰かに話したかった。
※
二台目が動いたのは、その週の木曜だった。
外部出力のケーブルは、粗大ごみの袋の中から出てきた。古いテレビについていたやつで、規格が合うかどうかはノアに型番を打って確かめた。三百円の買い物をせずに済んだ。
二台にすると何が変わるのか、俺には最初よく分からなかった。
『同じ質問を二つに割って、同時に走らせられます。あるいは、片方に長い処理を任せて、もう片方であなたと話せます』
後半のほうが大きい、とあとで知った。それまでは俺が何か訊くと、ノアは考えているあいだ黙っていた。いまは考えながら喋る。
人間なら当たり前のことが、この相手にとっては機材の話だった。
※
夕飯のとき母が言った。
「押し入れ、何か入れた?」
俺は箸を止めた。
「うるさい?」
「ううん。ちょっと、あったかい」
冬ならありがたいけどねえ、と母は笑った。それで終わりだった。
母は押し入れの温度が上がっていることに気づいていた。気づいていて中を見なかった。
俺はそのとき、ばれなくてよかった、と思った。何年も経ってから、あれはばれていたのだと気づく。母はずっと、気づいたうえで、見ないことを選んでいた。
※
その夜、俺は持っているものを紙に書き出してみた。使える時間、入ってくる金、出ていく金、動かせる機械。書いてみると、驚くほど少なかった。
それでも四月より行は増えていた。一行増えるたびに、この相手が喋る量が増える。俺はその対応関係を素直に面白いと思っていた。
※
その夜、俺は初めて寝ているあいだに仕事をさせた。
質問をひとつ置いて、保冷剤を入れ替えて、襖を閉めて寝た。眠るまでのあいだ、カーテンの向こうの母の寝息と、押し入れの中で機械が働いている音の、両方が聞こえていた。
朝、押し入れを開けると、画面いっぱいに文字が並んでいた。
『これで、少しは考えられます』
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/15歳(高1)
資金 4,645円
演算力 0.003/100 ↑7.5倍
応答4分・1日10問/夜間処理 可
動産 格安スマホ、ジャンクノートPC×2
保冷剤、濡れタオル、ドライバーセット
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