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一万三千円のスマホが俺のチートだった ~死んだ俺は十年前に戻され、最初に百円の充電ケーブルを買った~  作者: 蔵人
第三部 会社

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買っておくもの

 十月に俺は二千万円ぶんの買い物をした。


 計算に使う部品をまとめて手配した。当時その手の部品は、絵を描くための機械に積まれているものを流用するのが早かった。市場に出回っていて、値段が安定していて、誰も転売していない。


『来年からこの分野の需要が変わります』


 ノアはそう言った。


『理由は二つあります。一つは、計算に使う用途が広がること。もう一つは、まったく別の目的で同じ部品を大量に買う集団が現れること。どちらも、方向としては確度が高い。時期と規模は出せません』


 方向しか出せない、というのは、二年半変わっていなかった。


   ※


 変わったのは、俺の側の受け取り方だった。


 二年前方向しか分からない情報は、俺には使えなかった。買う手段がなかったからだ。口座もカードもない十五歳に、方向だけ渡されても意味がない。


 いまは法人の口座がある。決裁するのは俺だ。方向が分かれば、あとは量とタイミングを自分で決められる。


 俺は三か月かけて買った。一度に買うと値段が動く。八回に分けて別々の業者から買った。倉庫は、畑中建設の資材置き場の一角を借りた。親方は「なんだこりゃ」と言って、それ以上訊かなかった。


   ※


 届いた箱を、俺は一つずつ開けて確認した。


 240枚あった。一枚が両手で持つ大きさで、思っていたより重い。それを一枚ずつ、型番と製造番号を控えて、写真を撮って、箱に戻す。


 三日かかった。


 三日目の夜俺は資材置き場で一人、箱の山を見ていた。青いシートをかけると、二年前に親方が「捨てるのに金がかかる」と言っていた工具の山と、同じ形になった。


 あれは捨てるものだった。これは使うものだ。形は同じだった。


   ※


 十二月に価格が動きはじめた。


 俺が買った値段の、1.3倍になった。年が明けて1.8倍になった。三月には二倍を超えた。


 俺は一枚も売らなかった。売れば差額が入る。二千万が四千万になる。計算上はそうだ。


 だが、売ってしまうと、四月に置くものがなくなる。


『あなたが買ったのは値上がり益ではありません。4月1日に工場を埋めるための在庫です』


「分かってる」


『念のため申し上げました。人は、目の前の利益が確定しているとき、当初の目的を変更します』


   ※


 変更しなかったのは、俺が強かったからではない。


 売って得られる二千万は、俺にとってもう大きい額ではなかった。法人の口座には四千万ある。二千万が増えても、できることの種類は変わらない。


 二年前なら、間違いなく売っていた。八千円を三週間かけて作っていた人間に、二千万の差益を我慢しろというのは無理な話だ。


 金額が大きくなると、金額で判断しなくなる。


 それを成長と呼んでいいのかどうか、俺はいまも分からない。


   ※


 センター試験の願書をクラスの三十人が出した。出さなかったのは六人で、そのうち五人は就職が決まっていた。


 残りの一人が俺だった。


 願書の説明の時間俺は教室で座っていた。担任が資料を配って、書き方を説明して、俺の前は飛ばして、後ろに配った。悪意ではない。俺が出さないことを知っているからだ。


 飛ばされる、というのを、俺はずいぶん久しぶりに経験した。


 二年前はクラスTシャツで飛ばされた。あのときは金がないからだった。


   ※


 部品を八回に分けて買ったのには、もう一つ理由があった。


 一度に二千万を動かすと、法人の口座の履歴が目立つ。目立つと、税理士に訊かれる。訊かれること自体は問題ないが、説明に時間がかかる。


 税理士は大杉さんの紹介だった。七十過ぎの人で、この町で四十年やっている。母の名前で契約したので、この人は俺のことを「息子さん」と呼ぶ。


 最初の決算のとき、その人は帳簿を見て、こう言った。


「お母さん、これ、全部息子さんがやってるんですか」


「はい」


 母は正直に答えた。俺は隣で少し身構えた。


   ※


「いいことですよ」


 税理士はそう言った。


「お母さんが分からないことを、お母さんの名前でやる。それ自体は、世の中にいくらでもあります。ただね」


 老眼鏡を外して、この人は母のほうを見た。


「分からないままにしておくと、あとで困るのはお母さんです。月に一回でいいから、何をやってるか聞いてください」


 母は「はい」と言った。


 俺はその場で何も言わなかった。言えなかった、というほうが近い。


   ※


 その帰り母は一度も俺に何も訊かなかった。


 訊かれる覚悟をしていた。用意もしていた。月に一回何をやっているかを説明する。それくらいはできる。説明して通じなかったら言い換える。三年やってきたことだ。


 母は訊かなかった。


 訊かなかった理由を俺はそのとき、「面倒だからだろう」と思った。


 いま考えると、違う。母はあのとき税理士の前で「はい」と答えている。あの人の前では訊くと約束した。それを俺の前で実行しなかったのは、実行すると、俺が困ると思ったからだ。


 母はいつも、俺が困らないほうを選ぶ。


   ※


 矢島とは、その年、三回話した。


 一回目は四月で、クラス替えの掲示の前だった。二回目は九月で、文化祭の準備のときに、廊下ですれ違って「よう」と言われた。三回目は十二月で、矢島が俺のところに来た。


「お前、受験しねえの」


「しない」


「就職?」


「まあ」


「どこ」


 俺は担任に答えたのと同じことを言った。まだ決まってません。


   ※


「ふうん」


 矢島はそれだけ言った。


 二年前なら、もっと訊いてきた。しつこく訊いて、俺が答えないと「なんだよ」と言って、そのあと別の話をして、笑って終わっていた。


 今年の矢島は一回で引いた。


 引いたのは、諦めたからだ。俺が答えないことをこの男はもう学習している。学習させたのは俺だ。


「お前は、どこ受けるんだ」


 俺が訊いたら、矢島は少し驚いた顔をした。


「え、俺?」


 俺から進路を訊いたのは、三年間で初めてだった。


   ※


 矢島は都内の私立を三つ挙げた。学部の名前も言った。俺はその三つのどれも知らなかった。


「親が、行けって」


「そう」


「金かかるけどな。奨学金借りるわ」


 俺はそこで何も言わなかった。


 言おうと思えば、言えた。俺の法人の口座には四千万ある。矢島の四年間の学費は、たぶん四百万かそこらだ。一割だ。


 言わなかったのは、言えば説明が始まるからだ。説明が始まると、俺と矢島の関係が、金の話になる。


   ※


 そう自分に説明した。


 いま考えると、順番が逆だった。俺は矢島に説明したくなかったのではない。矢島に「すごいな」と言われるのが、怖かったのだと思う。


 二年半俺はこの十メートルの人たちに一度も「すごい」と言われていない。房子さんは泣いた。親方は保証人になった。黒田さんは値切った。沼田さんは線を太くした。誰も、すごいとは言わなかった。


 言われていないから、俺は自分がすごいのかどうかを、知らないままでいられた。


 矢島に言われたら、それが決まってしまう。


── STATUS ──────────────

早坂 拓実/18歳(高3)

資金(個人) 1,200,000円

資金(法人) 41,000,000円

演算力  6.0/100

エージェント 15体

動産   演算部品×240(未設置)

制約   あと 170日

────────────────────────


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