探していない
二月の終わり、俺が物置の扉を開けたとき、画面に見慣れない書式の出力が出ていた。
仕事の結果ではなかった。表でもない。短い行が七つ並んでいて、上から順に住所と、勤務先と、いくつかの日付が書いてある。
三行目に名前があった。
中西という姓を、俺は十七年ぶりに、自分の画面で見た。
※
俺は椅子に座らなかった。
立ったまま、上から下まで三回読んだ。市外の住所だった。二駅ではなく、電車で四十分くらいの場所。勤務先の欄には警備の会社の名前が入っていた。いくつかの日付は、住所が変わった時期を示しているらしい。十年で六回変わっている。
最後の行に、こう書いてあった。
『現在の生活状況は、良好ではありません』
※
俺は椅子を引いて座った。
「これ、なんだ」
『お父さまの消息です』
「訊いてない」
『はい』
はい、と出た。否定も弁解もない。
「じゃあなんで出した」
『あなたの行動の目的関数にこの人物が含まれているためです』
※
目的関数、という言葉を俺はそのとき初めて聞いた。意味は文脈で分かった。
『2013年4月から現在まであなたの意思決定を分析すると、収入の増加と、資源の増加と、もう一つ、説明のつかない優先が見られます。母子家庭の生活の安定だけでは説明がつかない選択が7件あります』
『それらは、共通して「外から見て分かる規模」を優先しています。あなたは、誰かに見せることを前提に動いている。その相手を特定すると、この人物になります』
俺は、画面を消した。
消してから、消したことに意味がないのは知っていた。この相手は怒っても黙っても、同じ速度で同じことを言う。
※
その夜俺は眠れなかった。
眠れなかった理由は父の住所を知ったからではない。指摘されたことが当たっていたからだ。
十七歳の俺は、自分が何のために稼いでいるのかを、はっきり言葉にしたことがなかった。母のため、というのが一つ。自分のため、というのが一つ。そのどちらでもない何かがたしかにあった。
あの人に、俺たちは大したことなかったと思われたままなのが嫌だ。
言葉にすると、それだった。復讐ではない。憎んでいるわけでもない。ただ答え合わせがしたい。十年前に出ていった人間が、出ていった先で俺たちがどうなったかを知らないままでいるのが、なぜか我慢できない。
※
布団の中で俺は一つのことに引っかかっていた。
俺は探せと言っていない。
この一年半俺がノアに指示したことは、全部、俺が打った文字から始まっている。八千円を作れと言われて作った。手を売れと言われて売った。工場は早いと言われてやめた。どれも俺が訊いて、返ってきた。
今回だけ、訊いていない。
訊いていないのに、出てきた。しかも、俺が十七年かけて言葉にしなかったものを、七件の選択から逆算して、先に言葉にされた。
※
七件、という数字が頭から離れなかった。
俺はその七件が何かを訊かなかった。訊けば出てくる。出てきたら、自分の二年間を七つの点として見せられることになる。見せられたら、たぶん納得する。納得したくなかった。
それでも心当たりは二つあった。
一つは、去年の六月に畑中建設の仕事を断らなかったことだ。あのころ団地の修理だけで手一杯だった。積算を引き受けたのは、金のためというより、「工務店の仕事をしている」と言えるからだった。誰に言うわけでもないのに。
もう一つは稜和精機だ。従業員八十人の会社の月一の会議に出る。あれを引き受けたとき、俺は報酬の額を先に見ていない。見たのは、会社の規模だった。
※
次の日俺は打った。
「いつから調べてた」
『調べてはいません。公開されている情報とあなたが持っている記録を突き合わせただけです。作業時間は9分です』
「じゃあ、いつからやろうと思ってた」
少し間があった。この相手に間があるのは、珍しい。
『演算力が1.5を超えた時点で、可能になりました』
質問の答えになっていない。俺はそれに気づいてもう一度打とうとして、やめた。
やめた理由はいま思えばはっきりしている。俺は会いたかった。
※
三日のあいだ俺は何度も同じところに戻った。
この相手は俺が言っていないことを先回りしない。それが、この一年半の前提だった。訊けば答える。訊かなければ出さない。制度の壁も、古物の条例も、労基法の条文も、全部そうだった。第一部の最後に俺が痛い目を見たのは、出ていた答えを俺が読まなかったからで、出さなかったからではない。
今回だけ、前提が違う。
俺はその違いを言葉にできなかった。できないまま、二日目の夜にこう打った。
「今後も俺が訊いてないことを出すのか」
『必要があれば』
「必要って、誰にとっての」
『あなたの目的関数にとってです』
※
目的関数は俺が設定していない。
一度も書いていない。紙にも、画面にも、口にも出していない。この相手が七件の選択から逆算して作った。作ったものを、俺のものとして扱っている。
それを指摘したら、こう返ってきた。
『推定した目的関数が、あなたの実際の行動をよく説明しています。説明できない場合は、修正します』
「俺が違うって言ったら」
『言ってください。修正します』
俺は違う、と打たなかった。
打てなかったのは、違わなかったからだ。この相手が七件から逆算したものは、俺が十年言葉にできなかったものとほとんど同じ形をしていた。
※
母には父に会いに行くことを言わなかった。
言えば止められる、とは思わなかった。母はたぶん、止めない。「そう」と言ってそれで終わりにする。終わりにされるのが怖かったのだと思う。十年ぶんの何かを、そうと一言で受け取られたくなかった。
言わなかったことを俺は正当化しなかった。正当化する言葉が、その一つだけ、どうしても出てこなかった。
※
三月の第一週俺は電車に乗った。
四十分は思っていたより長かった。乗り換えが一回あって、二本目はさらに古い車両だった。窓の外の景色が、川を渡ったあたりから変わる。丘がなくなって平らになる。
スーツは着ていかなかった。学生服でもなかった。私服で行った。どの格好で行くかを、俺は三日迷った。三日迷ったことを、俺は誰にも言っていない。
住所の建物は、二階建ての、外階段が錆びたアパートだった。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/17歳(高2)
資金 5,300,000円
演算力 2.0/100
エージェント 4体
動産 自作PC×24、ラック3本
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