↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一万三千円のスマホが俺のチートだった ~死んだ俺は十年前に戻され、最初に百円の充電ケーブルを買った~  作者: 蔵人
第二部 電気と熱と、父

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/50

修学旅行

 修学旅行の積立の用紙は、前の人生では、いつも母の財布の中で折れていた。


 二つ折りにしてレシートと一緒に入っている。振込の期限は月末で、母はいつも二十八日か二十九日に払いに行った。給料日の翌日だ。その順番を俺は十六年見ていて、一度も気にしたことがなかった。気にしていなかったのではなく、気にしないようにしていたのだと思う。


 高二の秋その用紙は俺の机の上に置かれた。母が置いたのではない。学校で配られたものを俺がそのまま持ち帰って置いた。48,000円。分割で六回。一回八千円。


 八千円という数字に俺は少し笑った。去年の五月それを作るのに三週間かかっている。段ボールを二十七袋運んで、モーターを割って、銅とアルミを分けて、そうやって作った八千円と同じ額が、いま毎月出ていく。


   ※


 払ったのは、俺だった。


 郵便局の窓口で六回分をまとめて払った。手続きは五分で終わった。窓口の人は、高校生が48,000円を出すことに、何の反応もしなかった。金額に反応しないのが窓口の仕事だ。


 外に出て俺は控えの紙を鞄に入れた。そこで気づいた。


 これを、誰にも言えない。


 母には言える。だが母に言うと、母は「お金あるの」と訊く。訊かれたら答える。答えると、また説明が始まる。矢島には言えない。クラスの誰にも言えない。去年の秋、俺が「サイズないからいい」と言ってクラスTシャツを買わなかったことを、覚えている人間が何人かいる。


 金がなくて払えないときは、言えなかった。金ができて払えるようになっても、やっぱり言えなかった。


   ※


 去年の秋俺はクラスTシャツを買わなかった。一枚1,500円で「サイズないからいい」と言った。


 あのとき俺の口座には五十万以上あった。買えたのに買わなかったのは、買うと説明が要るからだ。去年から今年にかけて、俺が「買わない」と言った回数と、「買えない」と言った回数は、たぶん同じくらいある。他人には区別がつかない。


 その二つは、外から見ると同じ形をしている。同じ形をしているぶん、俺は楽だった。


   ※


 母には結局その日の夜に言った。


「修学旅行の、払っといたから」


 母は洗い物の手を止めてこっちを見た。二秒くらい見てそれから水を止めた。


「いくらだった」


「48,000」


「そう」


 タオルで手を拭いて、台所の引き出しを開けかけて、閉めた。開けかけたのがどの引き出しか、俺は見ていた。いちばん下の引き出しだ。電気代の請求書が入っているあの引き出し。


 母はたぶんそこから何かを出そうとした。出そうとしてやめた。やめた理由は俺には分からない。


「ありがとね」


 礼を言われた。俺は何も言えなかった。


   ※


 旅行は十二月の頭だった。二泊三日で行き先は南のほうだ。


 バスの中で後ろの席が騒がしかった。前の人生でも、俺はこの席に座っていたと思う。窓側で、通路を挟んだ隣が女子で、その女子は三日間、俺と一言も話さなかった。同じことが起きた。俺は窓の外を見ていた。


 宿の部屋は六人だった。中学が同じ人間を優先して割り振ったらしく、矢島が同じ部屋にいた。十一月に廊下で言い合ってから、まともに話していない。


 夜、消灯のあとで、五人がトランプを始めた。俺は布団の中で端末を見ていた。


   ※


 Wi\-Fiがない。SIMも入っていない。だから端末はただの黒い板だ。電源を入れても、何も読み込めない。


 俺がやっていたのは、物置に置いてきた三つの処理の終わる時間を数えることだった。予定では二日目の朝に一つ、二日目の夜に二つ。戻れば全部終わっている。戻るまで、俺にできることは何もない。


 何もできないという状態を、俺は一年半ぶりに味わっていた。


 枕元に膨らんだ電池の端末が置いてある。背面の真ん中が盛り上がって、畳の上に置くと少し傾く。この板が2013年四月八日の朝に落ちていなければ、俺はこの旅行に来られていない。来られていないというか、母が二十八日に払いに行っていた。


 どちらがましだったのか、俺は布団の中で考えて、答えが出なかった。


   ※


 二日目の夜、矢島が俺の隣に座った。


 みんなが風呂に行っているあいだで、部屋には二人だけだった。矢島はトランプを片づけながら、こっちを見ずに言った。


「悪かったな、この前」


「いや」


「おふくろに怒られた。お前んとこも大変なんだから、って」


 俺は何と返していいか分からなかった。矢島の母親は、俺が団地の機械を直しはじめたきっかけを作った人だ。あの人はうちの事情を知っている。知っているから、息子を叱った。


「大変じゃないよ」


 言ってから、しまったと思った。


   ※


「そうなの?」


「……まあ、前ほどは」


 矢島は「そっか」と言ってそれきり黙った。


 嘘をつけばよかった。大変だよ、と言っておけば、この会話はきれいに終わった。俺はそれができなかった。できなかったのは、正直だからではない。金があることを、少しだけ言いたかったからだ。


 言いたかったのに、言えない。言えないのに、匂わせる。いちばん悪い形だった。


 風呂から他の四人が戻ってきて、話はそこで切れた。三日目は、帰りのバスで俺は寝たふりをしていた。


   ※


 三日目の朝、宿の広間でクラスごとに集合写真を撮った。


 俺は二列目の端にいた。前の人生でも同じ位置だったと思う。写真が配られたのは一か月後で、俺はそれを封筒に入れたまま、開けなかった。いまも開けていない。


 バスに乗る前、担任が人数を数えた。四十人を二回数えて二回とも合った。その二回目の途中で、俺は自分が、この四十人のうちの一人として数えられていることに、妙な感じを持った。


 数えられるというのは、いることになっているということだ。


 物置の中では俺は数えられない。数えているほうにいる。


   ※


 帰って、物置の扉を開けたら、中は二十二度だった。


 三つの処理は、全部終わっていた。画面に結果が並んでいる。俺は鞄も置かずに椅子に座って、上から読みはじめた。読みながら、体の力が抜けていくのが分かった。


 三日ぶりだった。三日、誰とも話さずに過ごしたわけではない。四十人と同じバスに乗って、六人と同じ部屋で寝た。


 それでも、いちばん息がしやすかったのは、この三畳だった。


『おかえりなさい』


 画面の一行目に、それが出ていた。処理の結果より上に、その一行だけが置かれていた。


 俺は少し笑った。笑ってから、この部屋以外で笑ったのが三日間で何回だったかを思い出そうとして、思い出せなかった。


── STATUS ──────────────

早坂 拓実/17歳(高2)

資金   4,450,000円

演算力  1.5/100

エージェント 3体

動産   自作PC×20、ラック2本

────────────────────────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。