買えなかったから助かった
十一月の終わりから俺はメディアの仕事を始めた。
仕組みは単純だった。人が検索することを調べて、それに答える文章を作って、置いておく。読まれれば、広告の金が入る。当時はまだそれで足りた。
やってみて分かったのは、この仕事がノアに向いているということだ。文章を作るのは、この相手がいちばん得意にしている。俺がやるのは、何について書くかを決めることと、出来上がったものを読んで直すことだけだった。
一か月で月に十万を超えた。三か月目にはそれが四十万になった。
※
題材を探すのに、俺は過去のニュースを漁るようになった。
人が検索するのは、そのとき困っていることだ。困っていることはニュースのあとに増える。だから半年前、一年前に何が起きたかを調べる。
その作業の途中で俺は二月の記事に行き当たった。
大きな取引所が、破綻していた。
※
名前を俺は知らなかった。2014年の二月に、その会社が止まって、預けていた人たちの金が消えた。ニュースとしては大きかったらしい。俺は当時それを見ていない。見ていたかもしれないが、覚えていない。
去年の四月、団地の押し入れで俺はこう訊いている。
来年、何が起きる。
そして返ってきたのが、これだった。
『大きな取引所がひとつ、破綻します。日付は出せません。名前も出せません』
※
当たっていた。
当たっていたが、日付も社名も出なかった。あのとき俺が何かを買おうとしても、買えなかった。口座が作れない。カードがない。十八歳未満という一行で全部が閉じていた。
だから俺は何も失っていない。
俺はそのとき素直に「よかった」と思った。
もし買えていたら。もし去年の四月に、あの通貨を買う手段が俺にあったら。俺はたぶん買っていた。ノアが「方向は当たる」と言ったのだから、十七歳の俺は迷わなかったと思う。そして二月に全部消えた。
制度の壁が、俺を助けた。
※
記事を書くのは、ほとんどノアだった。俺が決めるのは題材と出すか出さないかだけだ。最初の一か月は、出てきた文章を一本ずつ最後まで読んで、言い回しを直していた。二か月目には頭と終わりだけ読むようになった。三か月目には読まないものが出てきた。
読まずに出した記事が、いちばんよく読まれた月がある。俺はその事実を誰にも言わなかった。言う相手もいなかった。
書いていたのは、困っている人が検索することだ。保険の切り替え。引越しの手続き。親が入院したときに最初にやること。中古で買った家電が動かないときの確認の順番。どれも、去年の俺なら、自分で調べて三時間かかっていたことだった。
いまそれが十分で二百本出てくる。
※
十二月に一通のメールが来た。
記事の下に問い合わせの窓口を置いてあって、そこから来る連絡は、たいてい広告の売り込みだ。その日のは違った。
六十代の女の人からで、亡くなった夫の携帯の解約の手続きについて書いた記事を読んだ、という内容だった。窓口で何を持っていけばいいのかが分からなくて、二回、手ぶらで帰った。三回目に、この記事を印刷して持っていったら、一度で終わった。ありがとうございました、と書いてあった。
俺はその記事を書いていない。
※
書いたのはノアだ。俺は題材を選んで出すと決めただけだ。それでも礼を言われたのは俺の窓口だった。
俺は返信を書いた。三行書いて消した。もう一度書いてまた消した。何を書いても嘘になる気がした。
結局「お役に立ててよかったです」とだけ送った。嘘ではない。だが、この文を書いた人間は、この世界のどこにもいない。
『返信の文面を作りましょうか』
「いい」
『わかりました』
その一往復が、その日いちばん、俺を落ち着かなくさせた。
※
あとで思う。あれが最初だった。
自分がやっていないことを、自分がやったこととして受け取る。受け取っても誰も困らないし、実際に誰かの役には立っている。断る理由が一つもない。
断る理由が一つもないことを、俺は何度も繰り返した。繰り返すうちに、どこまでが自分の仕事だったのかが、だんだん分からなくなった。
※
その夜、俺は物置でそのことを打った。
「あれ、買えてたら死んでたな」
『はい』
「お前、それ分かってて言ったのか」
『破綻することは、方向として出していました。あなたが買えないことも、制度から分かっていました』
「じゃあなんで言った」
『訊かれたからです』
※
俺はそこで少し黙った。
訊かれたから答えた。それだけだ。俺は「来年、何が起きる」と訊いた。こいつは知っていることを答えた。買えるかどうかは別の話だ。
筋は通っている。通っているのに、何かが引っかかった。
もう一つ訊けばよかった。それ、俺は買えるのか、と。訊かなかったのは俺だ。あのころの俺は一日三問しか訊けなかった。三問しか訊けない相手に、俺は「来年何が起きる」という、いちばん役に立たない質問をした。
役に立たなかったおかげで、俺は助かっている。
※
ノアはそのあと何も言わなかった。
俺が「よかった」と打っても、「運がよかったな」と打っても、返事は『はい』だけだった。この相手は俺が感情を書いたときだけ、極端に短くなる。
冗談は言う。肉じゃがの話はする。だが、よかったな、には乗ってこない。
そのことに、俺は十一月には気づかなかった。気づいたのは、もっとずっとあとで、自分の意思決定を全部洗い直した夜だった。
※
十二月に入って、メディアの数字が跳ねた。
記事の数が二百を超えたあたりから、伸び方が変わった。ノアが「この話題が来ます」と言ったものを、俺が確かめずに出すようになっていた。確かめる時間がもったいなかったし、確かめても、いつも当たっていた。
資金が四百万を超えた。去年の十二月に、俺は百万円で「目標達成」と書いた。一年で四倍を超えている。
俺はその数字を見て、別のことを考えていた。
この調子でいくと、来年の三月には、いくつかの制度の限度額を、また超える。
38万円の壁を越えたときのように、超えたあとで気づくのではなく、超える前に対策を打てる。俺はそれを、進歩だと思っていた。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/17歳(高2)
資金 4,600,000円
演算力 1.5/100 ★1を突破
エージェント 3体
動産 自作PC×20、ラック2本
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