室外機の音
七月の終わりに物置の温度は三十八度まで上がった。
単相二百ボルトを引いて機械を八台に増やした。落ちなくなったのは電気のほうで、熱のほうは何も解決していない。北向きでコンクリートの土間でも、八台が二十四時間動けば、部屋は炉になる。扉を開けると、顔に当たる空気が明らかに重い。
保冷剤と濡れタオルではもう間に合わなかった。団地の押し入れで一台を冷やしていたころは、三十分ごとに入れ替えれば足りた。いまは入れ替えているあいだに次が溶けている。
『冷却が次の壁です』とノアは言った。
「電気の次が熱か」
『順番はいつもそうです。計算は電気を食い、電気は熱になります。どちらかを増やせば、必ずもう一方が来ます』
※
家庭用のエアコンでは足りない、というのが結論だった。
三畳に対して能力が過剰に見えるが、部屋の広さではなく、部屋の中で発生している熱の量で選ぶ。八台ぶんの消費電力がほぼそのまま熱に変わる。その数字を入れて計算すると、業務用の最小のものでぎりぎりだった。
本体と工事で31万円。俺は一度その数字を見たまま十分ほど動かなかった。去年の十二月に、俺は百万円を作るのに八か月かけている。その三割が三畳を冷やすために消える。
払えるかどうかではなかった。払っていいのかどうかが、自分で決められなかった。
『投資対効果で判断してください』
「そういう言葉、どこで覚えた」
『あなたが去年の11月に使いました』
※
工事は沼田さんが業者を紹介してくれた。沼田さんは電気屋で空調は専門外だ。それでも来て配線だけ自分でやると言った。
「他人の引いた線に、俺の機械はつながねえ」
そう言って二百ボルトの分岐をやり直した。追加の工事代は取らなかった。取らなかったことを、俺は帰ってから気づいた。
室外機は家の北側の外壁に置いた。庭がないので、そこしかない。北側の外壁の向こうは、細い路地を挟んで隣の家の勝手口だった。
※
苦情が来たのは、設置から九日目だった。
夜のあいだ低い音が続いて眠れない、という話だった。隣の家の人が大家さんに言った。大家さんが母に言った。母が俺に言ったのは、その三日あとだ。
「拓実。あの機械、夜は止まらないの」
「……止まらない」
「そう」
母はそれだけ言った。責めなかった。責めない代わりに、次の日曜、菓子折りを持って隣の家に行った。
俺は行かなかった。行こうとしたら、母が「いい」と言った。
※
「お母さんが行くから」
「俺のせいだよ」
「うん。でも、あんたが行くと、話が長くなる」
母の言うとおりだった。俺が行けば、説明が始まる。何の機械か。なぜ止められないか。どういう仕事か。説明するつもりもないのに、訊かれれば何か言わなければならない。母が行けば、それは「息子さんの部屋の冷房」で終わる。
母は四十四分で帰ってきた。時計を見ていたわけではない。俺が物置の中で時計を見ていた。
「どうだった」
「夜だけ、弱くできないかって」
それはできた。深夜の二時から五時だけ、負荷を落とす設定にした。処理が三時間ぶん遅くなる。ノアは「遅くなります」とだけ言って反対はしなかった。
※
母はそのあと一週間かけて、両隣と、向かいと、裏の四軒を回った。菓子折りは全部で四つ。買ったのは俺だが、頭を下げたのは母だ。
俺は物置の中でその音を聞いていた。玄関の扉が開いて、母の声が遠ざかって、十五分か二十分して戻ってくる。そのたびに、機械は同じ速度で動いていた。
あとになって俺はこの一週間のことをよく考える。
俺がやったのは、31万円を払って冷房を入れたことだ。母がやったのは、この街で暮らし続けるための手当てだ。どちらが難しいかと言えば、明らかに後者だった。そして後者には値段がついていない。
※
31万円を払うと決めたのは、決めた翌朝だった。
前の晩俺は計算を三回やり直した。どの計算でも、半年以内に回収できるという答えが出た。数字は最初から出ていた。出ていたのに決められなかったのは、数字の問題ではなかったからだ。
31万円は母の月給より多い。俺はその一行を頭の中で何度も往復させていた。母が一か月立ちっぱなしで受け取る額を、俺は三畳を冷やすために一日で払う。
払うと決めたのは、その比較をやめると決めたということでもある。
※
エアコンが入った日、母が物置を覗いた。
工事の音が二時間続いたので、見に来たのだと思う。扉のところに立って、中を見て、それから機材の棚を見上げた。
「涼しいね、ここ」
「うん」
「……お母さんの部屋より涼しい」
冗談のつもりだったのだと思う。母は笑っていた。俺も笑った。笑ってから、笑うところではなかったと気づいた。
母の部屋には、団地から持ってきた古いエアコンが付いている。二十年前のやつで効きが悪い。俺はそれを引越しのときに一度も点検していなかった。
※
次の週、俺はそのエアコンを見た。フィルターに埃が詰まっていた。洗って、乾かして、戻した。それだけで、少し効くようになった。
母は「ありがとね」と言った。
俺は礼を言われたくなかった。三十一分でできることを、一年半やっていなかった。その一年半、俺は物置の三畳のために31万円を払う計算だけを、何度も何度もやり直していた。
※
保冷剤は、冷凍庫に戻した。
去年の四月、台所の冷凍庫の奥で凍りついていた十一個のうち、二つを持ち出した。あれが全部の始まりだった。いまは使わない。使う必要がないほど、部屋が冷えている。
濡れタオルも、洗って畳んで、棚の上に置いた。捨ててもいいのに、捨てなかった。体操着と同じだ。
俺はそのとき、自分が捨てられない人間だということに、少しだけ気づいていた。捨てられないのは、思い出のせいではない。あれがなければ次がなかった、という筋道を、俺は手元に置いておきたかった。
※
八月の終わりの夜、俺は物置の中で寒さを感じた。
外は熱帯夜で、玄関を開ければ空気が肌にまとわりつく。扉一枚隔てた三畳だけが、二十二度に保たれている。機械のために設定した温度だ。人間のためではない。
去年の夏、俺は団地の六畳で、扇風機一台で寝ていた。エアコンは母の部屋側にしかなくて、その母もほとんど使わなかった。俺は暑さで三時に目が覚めて、水を飲んで、また寝ていた。
一年で、扇風機が業務用エアコンになった。ただし、涼んでいるのは俺ではない。
俺はそれを、おかしいとは思わなかった。思わなかったことを、いまでも覚えている。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/16歳(高2)
資金 2,100,000円
演算力 0.3/100 ↑2.5倍
常時稼働(深夜3時間のみ低負荷)
動産 自作PC×8、機材ラック
単相200V設備、業務用エアコン、UPS
────────────────────────




