物置のある家
新しい家は川の反対側にあった。一戸建ての一階部分だけを貸している古い造りの家だ。二階には大家さんの親戚が住んでいて、玄関は別になっている。二間と台所と、廊下の突き当たりに物置がある。
丸山さんが「ここ、なかなか決まらなくてね」と言ったのは、たぶん本当だった。一階だけで、庭がなくて、日当たりが東にしかない。上に人が住んでいるから、音も気になる。普通の家族には向いていない物件だった。
俺には向いていた。物置があったからだ。
※
物置は三畳あった。窓が一つ、北向きに。土間でコンクリートの床がそのまま出ている。夏でもひんやりしていて内見の日、他の部屋より明らかに温度が低かった。
俺はそこに十分ほど立っていた。床の耐荷重。壁の材質。分電盤からの距離。外壁までの厚み。エアコンの穴を開けられるか。ノアに打ち込む項目を俺は先に全部覚えてきていた。北向きで日が入らないというのは、人には向かないが、機械には向いている。
「拓実、どうしたの」
母が呼びに来た。玄関のほうから丸山さんが何か説明している声が聞こえていた。
「ここ、俺が使っていい?」
「物置でしょ、そこ」
「うん」
母は俺の顔を見てそれから物置の中を見た。コンクリートの床と、裸の電球と、北向きの小さい窓を順番に見た。
「……好きにしなさい」
その言い方に何か含みがあったのかどうか、俺はいまでも分からない。
※
引越しは五月の連休だった。畑中建設の軽トラックを借りた。親方が運転すると言ったので、断れなかった。断ろうとしたら「保証人が運ぶのがいちばん安い」と言われて、そういう理屈の立て方をされると、俺は何も返せない。
荷物は思っていたより少なかった。十六年住んで、二人ぶんの荷物が軽トラック一台と半分しかない。大きいものは冷蔵庫と洗濯機と鏡台で、あとは段ボールだった。
母の荷物のほうが明らかに少なかった。段ボールに「台所」とだけ書いてある箱が四つ。あとは布団と、鏡台と、服。十六年で増えたのは、ほとんど俺のものだった。中学の教科書も、小学校の図工で作ったものも、母は全部取ってあった。
※
大家さんは二階に住んでいる七十代の女の人だった。契約の日に一度会って引越しの日にもう一度会った。母が菓子折りを持っていって、俺がそれを運んだ。
「息子さん、高校生?」
「はい」
「じゃあ、静かね」
母が「はい」と答えた。俺は機械の音のことを考えていた。北向きの物置は二階の階段の真下にある。音が上に抜けるかどうかを俺はまだ測っていなかった。
結果から言うと、抜けなかった。一年住んで上から苦情が来たことは一度もない。来なかったのは造りのおかげで、俺の配慮ではない。そのことを俺はあとで一度だけ思い知る。
※
物置の改造に六月の全部を使った。
まず床だ。コンクリートに直接ものを置くと、夏は結露する。ホームセンターで買った角材で枠を組んでその上に合板を敷いた。畑中建設の資材置き場から切れ端をもらってきた。親方は「持ってけ」とだけ言った。
次に棚。機械を縦に積むための枠を単管とクランプで作った。作り方はノアが出し、寸法は俺が測った。測るのは三回やり直した。最初の二回は扉が開かなくなる寸法だった。
『図面が出せないので、寸法だけを言葉で渡しています。誤差が出るのは、私の側の制約です』
「謝ってんの、それ」
『事実を述べています』
※
断熱は、諦めた。
北向きで日は入らないが、コンクリートの土間は冬に底冷えする。機械には都合がいい。人間には都合が悪い。俺は厚い靴下を二枚履くことにして、それで解決したことにした。
この判断を俺は一年後に後悔する。冬の物置で六時間座り続けると、足の感覚がなくなる。だがそのころには、部屋の温度を人間に合わせるという発想そのものが、俺の中から消えていた。
※
最後に俺は一人で押し入れの上の段を開けた。
天板の裏にまだあった。中西拓実 九さい。埃をかぶって字の輪郭が少しぼやけている。四月八日の朝に見たときと、同じ場所に同じようにある。
九歳の俺がここに名前を書いたとき、この家を出る日のことは考えていなかったと思う。消えない場所に名前を残したつもりで、消える場所だった。二学期に名字が変わることも知らなかったし、その名字が十七年後にこうして残ることも知らなかった。
写真は撮らなかった。撮ろうとしてやめた。撮ってどうするんだ、と思った。撮っても、この字はここに残る。残ったまま、次に住む人が知らないまま塗りつぶされる。俺が持っていけるのは、覚えていることだけだ。
俺は襖を閉めた。閉めるときに、軽い音がした。
※
ベランダに出た。五階建ての四階。眼下に桜並木と給水塔。その向こうで二本の川が合流している。さらに向こうに丘があって、今日は晴れているので、遠くに山が見えた。
十六年毎日この景色を見ていた。朝に見て、夜に見て、夏は暑いと思い、冬は寒いと思い、それ以外のことは何も思わなかった。前の人生ではこの景色を十八で捨てて、それきり見なかった。捨てたつもりもなかった。ただ戻る理由がなかっただけだ。
母が後ろから来て同じ方向を見た。手にサンダルを持っていた。ベランダのサンダルは、置いていくものと持っていくものの区別がつかない、そういう種類のものだ。
「引っ越しても、川は同じだからね」
そう言って母は先に降りていった。
※
段ボールの一番上に体操着が入っていた。胸の、前の持ち主の名前を消した跡が、白く四角く残っている。もう小さくて、袖も丈も足りない。
捨てればいいのに、母はそれを一番上に入れていた。下ではなく、一番上だ。詰めるときに最後に入れたということで、つまり、捨てるかどうか迷って、迷った末に入れたということだ。
俺も捨てなかった。新しい家の押し入れのいちばん奥に入れた。
※
新しい家に入って、三日で電気の契約を切り替えた。もう一つ、光回線を申し込んだ。工事は二週間待ちだと言われた。二週間、俺は食堂の定休日に通い続けた。定休日以外は、物置に座って、つながらない機械の前で、紙に書いて考えた。
紙に書いて考えるというのを、俺は久しぶりにやった。四分待っていたころは、待つあいだに自分で考えていた。四十秒で答えが返るようになってから、俺は考える前に訊くようになっていた。二週間で、そのことに気づいた。気づいて、開通したらまた元に戻った。
開通した日、俺は物置の中に座って、初めて自分の回線で、自分の機械を、誰にも借りずに動かした。押し入れではなかった。襖もカーテンもない。壁と、扉がある。
『専用の空間と、専用の回線。0.05になりました』
「狭いけどな」
『団地の押し入れは、0.7畳でした。4倍以上です』
この相手はこういう数字だけは、いつも正確に持っている。俺が一度も測ったことのない場所の広さを、この機械は知っていた。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/16歳(高2)
資金 1,300,000円
演算力 0.05/100 ※専用回線
動産 自作PC×3、機材ラック
格安スマホ(電池、さらに膨張)
住居 川向こうの一戸建て一階(物置つき)
────────────────────────




