母の靴
夏のあいだに俺の仕事は三つに増えた。
畑中建設の積算。苅部運送の配車。それから大杉印刷のPOP。どれも親方が紹介してくれた。この十メートルで、親方の紹介というのは、それだけで身元証明になる。
苅部さんは三十五歳で二代目だった。親父さんが倒れて去年から一人で回している。焦っているのが見て分かる人だった。話すときに、いつも半歩前に出てくる。
※
運送屋の問題は見た瞬間に分かった。配車の予定がホワイトボードにマジックで書いてある。消して書き直すので、先週どうだったかが残らない。
俺は三か月分の伝票を借りてまた写した。この夏、俺は本当にずっと何かを写していた。
『二つあります。一つ、同じ日に同じ方向へ2台出ている日が、月に6回あります。二つ、荷台の容積に対して、積んでいる量が平均で6割です』
『積み方の順番を降ろす順の逆にしてください。それだけで7割まで上がります』
俺が持っていったのは、紙一枚と段ボールの模型だった。苅部さんが数字の紙を見る人ではないと思ったからだ。実際苅部さんは模型のほうを三十分いじっていた。
「これ、親父がやってたやつだ」
と、最後に言った。
俺は何も言わなかった。この人が思い出したのは、俺の提案ではなく、親父さんの手つきだった。それでいい、と思った。
※
黒田専務に会ったのは、八月の終わりだった。
丘を切り開いた工業団地の一角。稜和精機。従業員八十人、自動車部品の二次下請け。事務所の応接に通されて、俺は初めて客として名刺を出されない側に座った。
「畑中さんから聞いてる。生産計画と在庫だ」
黒田さんは五十二歳で、痩せていて、声が小さかった。俺の顔を見て、年齢を確認するようなことを一度もしなかった。
「うちは月末に忙しくて月初に暇だ。何十年もそうだ。直せるか」
「見てみないと分かりません」
「見るのに、いくらだ」
「……」
値切られた。
※
頭を撫でられなかったのは、これが初めてだった。
澤田さんは俺を「えらいね」と言った。房子さんは泣いた。親方は「お前」と呼ぶ。母は何も訊かない。
黒田さんは俺を「取引相手」として扱った。値段を訊いて、値切って、納期を切って、それで終わりだった。褒めない。心配もしない。
その帰り道、俺は坂を漕ぎながら、妙に気分がよかった。
二十六年生きて、俺は一度も取引相手として扱われたことがなかった。派遣先でも、面接でも、俺はいつも「使う側」と「使われる側」のどちらかだった。値切られるというのは、対等だということだ。
そのことに気づいて俺は自転車を止めて、少し笑った。
※
稜和精機の仕事は、工場の中を歩くところから始まった。
黒田さんは俺を事務所に置いたまま説明しなかった。代わりに現場を一周させた。プレス機が並んでいて、油と鉄の匂いがして、耳を近づけないと声が聞こえない。
棚に同じ部品が山になって積んであった。その隣の棚は空だった。
「これが、月末に空になって、月初に山になる」
黒田さんはそれだけ言って事務所に戻った。
※
問題は発注の単位だった。
二次下請けというのは、上から来た注文を作る。上の会社の締めが月末なので、注文も月末に寄る。だから月末に人が足りなくなって月初に手が余る。
何十年もそうだった、と黒田さんは言った。直せるものだとは、誰も思っていなかった。
『注文の来かたは変えられません。変えられるのは、作る順番です』
『月初に作れるものと月末にしか作れないものを分けてください。分けるための情報は、たぶん、現場の人が持っています』
俺は現場の人に訊いて回った。
三日かかって分かったことがある。どの部品がどれくらい寝かせられるかを、いちばん古い職人が全部知っていた。知っていて誰にも訊かれたことがなかった。
畑中建設と、同じ形だった。
※
黒田さんは俺の出した紙を三十分読んでこう言った。
「これ、うちの田島に言わせたのか」
「はい」
「あいつ、俺には言わねえんだよ」
それきり黒田さんは何も言わなかった。二週間後に報酬が振り込まれた。値切られた額からは一円も足されていなかった。
足されていないのが、この人の誠実さなのだと、あとで分かる。
※
九月の最初の日曜、俺は駅前の靴屋に入った。
母の靴はかかとの内側が両方とも潰れていた。三年は履いている。食堂で十時間立って、四階まで買い物袋を提げて上がる。潰れないほうがおかしい。
サイズは玄関で確かめてきた。23.5。
店員に「母にです」と言ったら、「お母さま、おいくつですか」と訊かれた。四十三です、と答えて、それから、母の年齢を口に出したのがいつ以来か思い出せないことに気づいた。
4,800円の靴を買った。自分のために使わなかった最初の金だった。
※
箱から出して玄関の下駄箱の上に置いておいた。
母はその日は気づかなかった。次の日も気づかなかった。三日目の朝、出かけるときに気づいた。
俺は台所にいて、見ていなかった。ただ、玄関で音がしなくなった。
三十秒くらい、何の音もしなかった。それから、いつもどおり鍵の音がして、扉が閉まった。
その日の夜、母は靴の話をしなかった。俺もしなかった。ただ、母が履いて出ていったことだけは、下駄箱を見て分かった。
※
修学旅行の積立の話で、教室が盛り上がっていた。二泊三日で48,000円。分割で六回。
俺はノートの隅で電卓を叩いていた。叩いていたのは積立の金額ではなく、稜和精機の在庫の回転日数だった。
48,000円が、母の靴のちょうど十倍だと気づいたのは、家に帰ってからだった。
※
靴の箱は、押し入れの上の段に隠してあった。
隠す必要などない。買ってきたと言えば済む。それなのに、俺は三日のあいだ箱を隠して、母がいない時間を選んで玄関に出した。
驚かせたかったのだと、そのときは思っていた。違う。説明したくなかっただけだ。どこの金で買ったのかを訊かれたら、また二時間かかる。
母は訊かなかった。俺が用意した二時間は、また使われずに残った。
こういう残り方をした時間が、この年、いくつあったのかを数えたことがある。数えて、途中でやめた。
※
九月の終わりに、缶の中と通帳のない現金を全部数えた。
418,230円。
四月八日の朝、この缶には320円が入っていた。
俺はその数字を見て、嬉しいと思うより先に、これをどこに置いておくかを考えた。四十万を超える現金が、六畳一間の机の引き出しに入っている。カーテン一枚の向こうに母が寝ている家で。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/16歳(高1)
資金 418,230円
演算力 0.02/100
動産 格安スマホ、ジャンクノートPC×2
母の夏靴(新品)
借用 畑中建設 事務所PC×5
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