売れる人の隣
畑中建設の資材置き場には金にならないものが積んであった。
解体現場から出た工具。使わなかった建材。設備を入れ替えたときのまだ動く古いほう。
「捨てるのに金がかかるんだよ」
親方はそう言って青いシートをめくった。丸鋸、脚立、電動の工具が何台か。どれも使える。錆びているのもあるが、錆びているだけだ。
俺は三日前まで押し入れの隅に二十点の在庫を抱えていた。売れない在庫がどれくらい重たいかを知っていた。親方のそれは俺の四千円の百倍あった。
※
その夜ノアに打った。四十秒で返ってきた。
四分が四十秒になると、会話の速度が変わる。待っているあいだに別のことを考えなくなる。考えないまま次を訊いてしまう。
『確認してください。畑中建設は、古物商の許可を持っていませんか』
「工務店が?」
『解体を扱う事業者は取得していることがあります。現場から出たものを買い取って転売する必要が生じるためです』
翌日訊いたら、親方は「あるよ」と言った。
「十何年前に取った。使ってねえけど、更新はしてる」
俺は事務所の壁を見た。埃をかぶった額に許可証が入っていた。
五月十九日に俺を止めた壁が、ずっとそこに掛かっていた。
※
やることは決まった。
俺が値付けをする。写真を撮る。説明文を書く。梱包する。発送の伝票を書く。売主は畑中建設。口座も、許可も、名義も、全部あっち。俺は業務委託の報酬を受け取る。
「それ、俺が得してるだけじゃねえか」
親方は不機嫌そうに言った。放っておけば金を払って捨てるものが、金になる。得をしているのは自分だ、と言いたいらしい。この人は、自分だけが得をするときに不機嫌になる。
「じゃあ割合を決めましょう」
俺がそう言うと、親方は少し笑って「お前、やっぱり商売人だな」と言った。
商売人ではない。俺は自分の名前で売れないだけだ。
※
最初の週末は写真を撮るだけで終わった。
資材置き場の脇に白い合板を立てかけてその前にものを置く。晴れた日の午前中、日陰で撮る。影が出ないように、もう一枚、白い板を反対側に立てる。ノアが出してきた手順はそれだけだった。
『商品の写真で人が見ているのは、物ではありません。売っている人間が丁寧かどうかです』
俺は丸鋸の刃を外して本体を拭いて、刃を横に並べて撮った。錆びているところは隠さずに寄りで撮った。隠すと、届いてから文句が来る。文句が来ると、親方の名前に傷がつく。
説明文は親方に訊いて書いた。型式、年式、使っていた現場の種類、どこが減っているか。俺には分からないことばかりで、結局、親方が喋ったことをそのまま文字にしただけになった。
「お前、これ書くために俺に三十分喋らせたな」
「三十分でたぶん一万円くらい変わります」
親方は「ふん」と言って、それから次の工具を持ってきた。
※
割合の話は二回目の日曜に決まった。
俺は三つの案を紙に書いて持っていった。一つ、時間あたりでもらう。二つ、売上の何割かをもらう。三つ、売れた分だけ一点いくらでもらう。
親方は三つ目を選んだ。
「一個いくらのほうが分かりやすい」
売上の割合にしたほうが、俺の取り分は増えるはずだった。ノアの試算にもそう出ていた。だが親方は分かりやすいほうを選んだ。
俺はそのときそれでいいと思った。分かりやすいというのは、続けられるということだ。続けられないものは精度がゼロになる。積算の表で一度やった失敗を、俺はもうやらなかった。
※
最初の三点が売れたのは、八日目だった。
脚立が四千円、電動のドリルが8,500円、それから俺が名前も知らない工具が12,000円。12,000円のやつは、親方が「そんなにするのか」と二度訊いた。
梱包はいちばん時間がかかった。緩衝材を買うと原価が出る。だから食堂の裏口から段ボールをもらった。四月にやっていたことと、まったく同じだった。
もらったものを割って、組み直して、別のものにして出す。やっていることは一つも変わっていない。変わったのは、出口に誰の名前が書いてあるかだけだ。
伝票の「ご依頼主」の欄に畑中建設と書く。何十枚も書いた。自分の名前を書いた伝票は一枚もなかった。その欄を書くたびに、少しだけ引っかかるものがあった。引っかかるが、困ってはいない。困っていないので、俺はそれを言葉にしなかった。
※
七月の三週目に押し入れの二十点も動いた。
親方が「ついでだ、まとめて出しとけ」と言った。畑中建設の商品として、俺が写真を撮って、俺が説明文を書いて、売れた。
十二本と八冊が13,200円になった。あのカウンターで提示された金額と、二百円しか違わなかった。二か月半かかって同じところに戻ってきた。
俺はその金を、財布ではなく、机の引き出しの蓋の錆びた缶に入れた。四月八日の朝に320円が入っていた缶だ。
※
その夜、ノアが珍しく、訊かれていないことを言った。
『5月19日の在庫が動いたことについて、確認しておきたい点があります』
「五月十九日って、何の日だよ」
『あなたが買取カウンターで断られた日です。10時9分に店に入り、10時26分に出ています』
時刻まで覚えている必要が、どこにあるのか分からなかった。
押し入れの中は暑かった。保冷剤が二時間で溶けるようになっていた。俺は濡れタオルを絞り直した。
『あなたは、あの20点を自分の名前で売ることができませんでした。今回、売れました。何が変わりましたか』
「許可持ってる人がいた」
『もう一段、抽象化してください』
俺は、缶の蓋を閉めた。
「……自分の名前で売れないなら、売れる人の隣に立てばいい」
『その考え方を、覚えておいてください』
※
俺はそれを、うまいことを言った、くらいに思っていた。
実際、うまいことだった。十五歳の俺は、この先も何度もこれで壁を越える。口座も、契約も、許可も、名義が要るものは全部、隣に立つ人を見つけて越えた。最後に会社を作ったのも、同じ理由だ。
そのことを、このAIは知っていた。
俺が自分で思いついたと思っている考え方を、隣で「覚えておいてください」と言った相手が、十年後の俺の記録で作られているということの意味を——俺は、ずいぶん長いあいだ、考えなかった。
── STATUS ──────────────
早坂 拓実/15歳(高1)
資金 195,230円
演算力 0.02/100
動産 格安スマホ、ジャンクノートPC×2
※在庫、消化
借用 畑中建設 事務所PC×5
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