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4.

 学園でも明るいルーシーには、多くの友人が出来ました。


「午前中の授業は終わりましたわね……。ナワラム様、先程の回答素晴らしかったですわ!そのような歴史、私は知りませんでしたもの!」


「ルーシー様……!ええ、我が家は元々、大陸の歴史を専門にしている者が多い家系ですのよ!少し珍しい文献も数多くありますの!」


「素敵ですわ……!」


「ルーシー様!昼食をご一緒しませんこと?」


「ええ!本日のメニューはどうだったかしら?」


「本日のメインはムニエルですわ!」


「ネラルウ様は素晴らしい記憶力ですわね。毎日の献立を殆ど記憶されているのではなくて?」


「授業の内容よりも献立に詳しくていらっしゃるのでは……?」


「ルーシー様にお答えして差し上げるために覚えていらっしゃるのですわよね?」


「いえ……あの……私、食べるのが好きで……」


「ネラルウ様、いつもありがとうございます」


「ルーシー様、いつも丁寧にお礼を言う必要などございませんわ。ネラルウ様はご実家が男爵家であまり満足に食事も摂れないため、食への執着が強いのですから」


「そうですわ。ネラルウ様のお兄様も体格が良くていらっしゃって……。少しは運動もなさればよろしいのに」


「……ネラルウ様、学園での食事の量は足りていまして?」


「ルーシー様まで……!私、大食漢ではありませんわ!私が男爵家だからと馬鹿にしないでくださいまし!」


「いえ、そのようなつもりでは……。気を悪くしてしまったのであれば申し訳ありません……」


「ルーシー様が謝る必要なんてありませんわ!」


「そもそも、男爵家如きがルーシー様に近付こうとするのが間違いなのです!」


「このような者にまで優しくなさっては、ルーシー様の品位が問われてしまいますわよ!」


「酷い……!私、ルーシー様にそのようなつもりで話しかけたわけではありませんのに!」


「……?あの、皆様、私そのような争い事は苦手ですわ。どうしてこのような流れになってしまったのです……?」


「ほら、ネラルウ様も謝ってくださいまし!」


「どうしてですの!?私、悪いことなどしておりませんわ!?」


「これだから下賎な下級貴族は嫌なのですわ」


「もう私たちには近付かないでくださいまし」


「こちらだって望むところですわ!」


「えっ?ネラルウ様!少しお待ちになって……!」


「……」


「放っておいた方がよろしいですわよ」


「あのような卑しい方と一緒にいては、私たちまで性格が卑しくなってしまいますわ」


 学園内で明るく見た目も可愛らしいルーシーが人気だったことで、ルーシーや伯爵家に近付かんとする貴族令嬢は多くいました。勿論、それだけであれば問題はなかったのです。


 ただ、学園内では上級貴族へ取り入るために足の引っ張り合いや陰口が横行していました。ルーシーがそうしなくとも、勝手に周囲が自分たちの都合が良いように忖度し、嫌いな者や見目の悪い者、身分の低い者を排除していたのです。


 (何かがおかしいですわ……。でも何がおかしいのか、どうしてこうなるのか上手く言えませんわ……。ネラルウ様も可哀想ですし……。念の為、家族にここで起きた会話をそのまま文章に書き起こして手紙にしてしまいましょう)


 賢く、家族と仲の良いルーシーは、毎日の学園内での会話内容を殆どそのまま手紙として送ることにしました。


 ですから、毎日の手紙の量は膨大で、実の家族相手でなければストーカー疑惑や精神疾患疑惑まで出ていたかもしれません。勿論、これはただルーシー自身が見聞きしていたことの記録ですから、ストーカーではなく、単なる証拠の保全でした。


 日記と違っていたのは、他に読む相手がいること、もし仮に事件に巻き込まれた場合はすぐに分かること、手紙が途絶えただけでも何かあったのかもしれないと判断できること。


 つまり、伯爵家にとってはありがたい、メリットだらけの報告書だったのです。


 ルーシーは自覚していませんでしたが。


「ルーシーは毎日手紙をくれていますね」


「うーん……。これは手紙……?手紙というより、学園内の会話全てを書き連ねている記録……ですわね……」


「授業の内容やルーシーの気持ちなど何も書いていませんけれどね……。ただ、この休憩時間の会話から色々と分かることもありますね」


「私たちまでルーシーと一緒に生活しているような気分になりますわ」


「それにしても、ルーシーはこのままでは困った立場に追い込まれるのでは……」


「ええ。このまま何か事件が起これば、ルーシーが首謀者にさせられてしまうでしょう。ルーシーも困っていますけれど、止められない様子……」


「あの子はまだ7歳ですからね。そこまでは難しいでしょう」


「いじめがエスカレートしても、いじめられている子が反撃しても、どちらも困ったことになるのは目に見えていますわ……!」


「とにかくこの日記を止めないことと、それを担保するために録音の魔道具を早急に用意しなければ……」


「録音の魔道具ですって!?あれは……。机のような大きさですし、しかも高級品ですわ!録音しているのはすぐに分かってしまいます」


「そうですが……。しかし、ルーシーの身の安全には替えられないでしょう?侍女では貴族相手に制止は出来ませんよ!不敬罪になりかねませんから」


「どうしたら……?私たちには何も出来ませんの……?あの子の親ですのに」


「学園の教師などにも伝手はありませんしね……」


「お父様も伝手はないのですか?」


「ありませんね……。あっても王都に行った時の知り合いしか……。でも、その中に信用できる者は……」


「あなた!公爵様はどうですの?」


「マルガリア家の?ですがあの方はお忙しいですし……」


「いいえ、そうではありませんわ!ライノー様のことです!優秀な方ですもの。何か知恵を貸してくださるかもしれませんわ!」


「……ああ。そうですね。公爵様に手紙をお書きして、ライノー様に知恵を出していただけないか頼んでみましょうか」


「ブルーム、ルーシーにも手紙を書かなければなりませんよ?ライノー様に、少し困っているけれど知恵をくださいませんかとお願いさせるのです。確かあまり人付き合いは苦手な方だとお聞きしていますけれど……。でも、一度ぐらいのお手紙であれば、何かヒントぐらいは下さるかもしれませんわ」


「一度だけなら……。そうですね。私からも、一度、娘から手紙を送らせてくだらないかお尋ねしましょう。許されたのであれば手紙を送るようにルーシーにも伝えます」


「私はルーシーや侍女たちが所持できるような護身の魔道具を探してみますかねえ……」


「お義父様、お願いいたします……!」


 スーヤーが寝静まった夜の晩酌をしながら、4人はこっそり集まってルーシーの手紙を読んでいました。元伯爵夫妻にとっても、孫娘の毎日が詳細に聞けるというものは、案外面白い体験でした。


「自分の学園生活の頃を思い出しますね……」


「ええ、本当に。あの頃はただただ、学園の生活に浮かれていましたわ……」


「何もかもが新鮮で、人を疑うこともありませんでしたね……」


「隣に座っている同級生が犯罪や冤罪の首謀者だなんて、普通は考えませんわ」


「ルーシーにはもっと優しい世界で生きて欲しかったのですが……」


「私たちは上級貴族ですもの……。仕方のないことですわ……。それに、以前事を起こされたのは私たちより上の身分でいらっしゃる方……かもしれないのでしょう?」


「ええ……。富んでいる者だから、貧困に喘ぐ者だからと区別してしまうと、どちらが本当に危険か分からないものですね……。ただ、金を善とする者は、富んでいるという事実を安全材料にしがちですから」


「比率の問題でございますのに……」


「そういった者たちは、悪の道で大金を稼ぐ者にいずれ騙されてしまうのでしょう……。私たちは無力ですね」


 タクマロは、窓から見える満天の星空を見上げました。


 (美しい星空でさえも、季節によって違う顔を見せるというのに……。この世に死なない者がいないのと同じぐらい、完全な善は存在しないのでしょう。それをどこまで自制出来るかが、我々魔法使いの末裔が問われているところなのでしょうね……)


 タクマロはそれを誰にも伝えていませんでした。その事実を知る資格を持つ者は、きちんと自身で伯爵家の隠し部屋を見つけ、その隠し部屋の様々な仕掛けを解除してとある本に辿り着かなければならないのです。


 それは口伝の技ですらありませんでした。


 ただそれは、何故かその国の貴族として表に出て働くと決めた少し変わった魔法使いが、自身の知力を最大限に使った自己証明だったのかもしれません。


 せめて隠し部屋を見つけられる者でなければ真実を渡す価値もないという、選民思想にも近い意地のような矜持がそこにはありました。


 (……でも、過去のご先祖様方と話しているような気持ちがして、あの部屋はとても快適でした。生きていらっしゃったら話してみたかった。今の世の中の流れについて……いや、くだらないことでも。きっと楽しかったでしょう)


 先祖がいなければタクマロ自身もいませんが、タクマロは本気でそう思っていました。


 何年も残り続ける過去の記録は、いつまでも他者と心の会話ができるという、優れた発明品なのかもしれません。


「では、そろそろ別邸に戻りますか」


「ええ」


「「おやすみなさいませ、お父様、お母様」」


「ああ、おやすみ」


「ではまた……」


 そんな夜の会話からしばらくして、ルーシーとライノーの手紙のやり取りは始まったのでした。

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