2.
ルーシーが薔薇園を覗くと、思っていたよりずっと豪華なお茶会が開かれていました。祖父母ともう1人しか席に座っていないのに、テーブルクロスの掛かったテーブルがいくつもきちんと用意されており、しかも、3人が座っているテーブル以外にも山のようにお菓子が積み上がっているのです。
(わあ……!普通のお茶会のようで素敵ですわね!参加者だけ少ないですけれど……)
テーブルに合わせてある白い椅子には、幾つもの薔薇が豪華に飾られていました。
(椅子に飾られている薔薇は、この薔薇園のものですわね……!庭師の方々が飾ってくださったのかしら?きっとお祖母様が指示なさったのね……!美しいリボンもあしらわれていて、本当に素敵ですわ……)
ルーシーはその光景をうっとりと眺めました。多くの執事や侍女たちがその空間を囲むように待機しています。
ルーシーが覗いている薔薇の植木の隙間の近くにも執事が立っていました。
(お客様はとても凛々しい方ですわね……!男性?服は男性ですわね?御髪も短くていらっしゃるし……。藍色に半分ほど白が混じった髪色ですけれど、お祖父様より少し若く見えますし、不思議な方ですわ……!)
それは、この国の現公爵の1人でした。
容姿端麗な者は、時々、年齢も性別も不詳に見えることがあります。そして、敢えてそうする者もいました。その方が何かと便利ですから。
ルーシーには聞こえませんでしたが、3人はその頃、和やかに話しながら、こんな話をしていました。
「おやおや、野ウサギでも紛れ込んだのかと思いましたら、どうやら可愛らしいお客様が覗いているようですね」
「申し訳ありません……。近付かないようにと言い付けていたはずなのですが……」
「好奇心旺盛で、いつも私たちのところへ遊びに来てくれているのですわ。あれでも隠れているつもりなのでしょう」
「幼い者の教育は難しいですからね。家庭教師はつけていないのですか?」
「それが……つけてはいるのですが、優秀なのか要領が良いのか、すぐに課題を終わらせてこちらに来てしまうのですよ……。そのため、叱るわけにもいかず……」
「優秀なお孫さんですね。少しばかり元気が有り余っているようですが」
公爵は少し微笑みながら紅茶を口に運びました。ただ、公爵は普段から表情が殆ど変わらなかったため、親しい元伯爵やその夫人以外には、それが笑顔だとはあまり分かりませんでした。
「私の弟にもその元気を分けてあげて欲しいものです」
「公爵様の末の弟君のことでしたか?確か学園の成績はとても優秀で……首席で卒業されたはずでは……。今、その弟君はどちらに……?」
「何故かライノーは家を出て働くことを拒みましてね……。どうしても私を支えたいと、今でも我が家の屋敷内で執事をしております」
「あのように優秀であれば、王宮勤めをされても大臣や宰相候補になられたのではないですか?」
「学園でも、その端麗な容姿から女性人気が高かったと聞いておりますわ……。勿論、公爵様もとても人気がおありでしたけれど」
「おや、嬉しいことを言ってくれますね」
公爵はそう言いましたが、元伯爵は妻を嗜めました。
「ナイアミにはそう見えていたかもしれませんが、公爵様はそのせいで相当苦労されていたのですよ」
「まあ……!そうでしたの?不躾な発言を。申し訳ありません」
「いえいえ、あれは昔のことですから。それに、そのおかげで人を見る目が養われたと言っても過言ではありませんからね」
「私は今でもあのような者たち、訴えておけば良かったと思っておりますよ。私はあれであまり人を信じられなくなりましたからね」
元伯爵は唇を噛み締めました。
現公爵がまだ当時は公爵の孫だったその頃、学園内ではちょっとした騒動が起こりました。
美しい公爵家の者に取り入ろうと、多くの者が彼に近づこうとしたのです。公爵はその持ち前の賢さと人当たりの良さを活かして躱していましたが、公爵を色仕掛けで落とせないと分かった貴族令嬢たちは不思議なことを始めました。
公爵のありもしない変な噂を流したり、公爵が捨てたゴミを拾い集めたり、公爵が座った席の匂いを嗅いだり、公爵の使用した食器を触ろうとしたり……。
公爵に届く手紙の類は、全て執事たちに検閲されていましたから安心でしたが、公爵の住む高級貴族用の特別寮にすら、常に執事が待機していなければ危険なほど、公爵に近付こうとする者は多かったのです。
そして、ある日事件は起こりました。ナイフを懐に隠し持った貴族令嬢が、夜中に公爵の住む特別寮に忍び込んだのです。勿論、異変を察知した執事たちがすぐに取り押さえましたが、公爵も、元伯爵も、きちんとその音を聞きつけていました。
「何をされるのです!こんな夜中に!」
「ひ、人違いですわ!」
「ここはラルフマ様のお部屋のバルコニーですよ!男性用の特別寮に忍び込んでおいて、人違いとは何事ですか!?住宅侵入罪ですよ!?」
「ラルフマ様のお命を狙ったのですか!?」
「そんな……!そんなことはいたしませんわ!あの美しい御髪を少し記念に持ち帰りたかっただけなのです……!」
その犯人は、ラルフマの家とはまた別の公爵家から来ている、美しい公爵令嬢ツアミナでした。当然、ラルフマや執事たちは実家の公爵家に事の顛末を手紙で伝えましたが、相手の公爵家も大したもの。
『ツアミナによると、ラルフマ様と彼女は以前から懇意にしており、そのような関係にまで至っていたとのこと。ラルフマ様がツアミナを誑かし、無理矢理不同意な行為を行われたのではないですか?そうであれば、ラルフマ様には責任を取っていただかなくては……』
正確にはもっと分かりにくい言い回しでしたが、簡単に要約するとこのような内容の手紙が送られてきたのです。
ラルフマは勿論、当時ラルフマの下の階に住んでいた耳の良い元伯爵……当時の伯爵子息は、その騒動の物音をきちんと聞いていましたから、ツアミナかその公爵家が、ラルフマと関係を築くために既成事実を作ってしまおうとしたことは理解できました。
犯罪も起こさず、ただ気持ちが昂って手紙を送ってくる者など、まだかわいいものです。
実際に害を成そうとする者は、手紙なども送らず、急にこのような暴挙を実行します。だって、手紙を先に送ってしまっては、悪事の内容がバレてしまうではありませんか。
だからこの事件から、ラルフマも元伯爵も、本当に恐ろしい者の正体を知ることになりました。
顔見知りで人当たりが良かったとしても、直接犯罪を起こすような者の方を警戒しなければならないと分かったのです。
相手の見た目や話し方より、何を目的に行動しているかを辿った方がよほど参考になります。
しかし、確かにツアミナの実家が言う通り、証拠は何も残っていませんでした。2人は手紙のやり取りもしていませんから。そのため、ラルフマも、詰めが甘いと父親に叱られることになったのです。
「証拠がありませんでしたから……。でも、タクマロ様のおかげで私はなんとかツアミナ様との結婚だけは回避できました。本当に感謝しております」
「いえいえ、あのような些事……。私は実家に事の顛末をきちんとお伝えしただけですよ」
「その助けがどれほど私の勇気を奮い立たせてくれたことか……。私はもうあの時、殆ど諦めかけていましたからね」
公爵は遠い目をしました。
結局、公爵が結婚したのは隣国の王女で、政略結婚ではありましたが、自分を殺そうとした者でないという点だけは多少の安心材料となりました。
殺人未遂まで起こすような者と一緒に生活はしたくないでしょう。
特に、自身を狙った者とは。
こんな会話が行われているなんて、ルーシーは全く知りませんでしたが、ルーシーがあまりにもぴょこぴょこ動くので、薔薇園にいる執事や侍女は、もう殆ど全員、その存在に気付いていました。
そんな時、ルーシーは気付いたのです。
(あら……?この植木の近くにいらっしゃる執事の方とテーブルのお客様のお顔……雰囲気……なんだかとても似ていますわ?双子かしら?)
それこそが、未だに公爵家に住む、末の弟ライノーでした。
ライノーは僅かな足音だけでルーシーの接近に気付き、それを公爵や元伯爵夫妻から隠すためにわざとその植木の前に立っていたのです。
しかし、あまりにもルーシーが動くため、結局は多くの者たちに気付かれ、大した意味はありませんでした。
(はあ……。もう多くの者に気付かれていますね。大体、髪色が目立ちすぎるのですよ。もう少し暗い色の髪や簡素なお召し物でしたら気付かれにくかったでしょうに……)
ライノーは子どもが苦手でしたが、幼い者をむやみにいじめたり、わざとその悪戯を晒すような悪辣な者ではなかったようでした。
(……。まあ、一応口だけは大人しくはしているようですね。動きはうるさいですが……。お茶会が終わるまで声を出さないで隠れていられたら、何かご褒美ぐらいは差し上げても良いでしょう)
こうして、お茶会が無事に終わると、片付けをしながらライノーはルーシーが隠れている植木に再度近づきました。
「ここに珍しい毛並みの子猫が隠れているようですね」
(えっ!き、気付かれてしまいましたの……!?)
ルーシーは驚いて逃げようとしました。しかし、ライノーはそれを制止したのです。
「もう私は気付いておりますから、今更逃げても無駄ですよ。あなたは隠れるのが上手ですが、毛並みが目立ちすぎています。このハンカチで毛並みをお隠しになった方がよろしいでしょう」
そうしてライノーは持っていた白いハンカチを差し出しました。
「えっ……!い、いただいてもよろしいのですか?」
「はい。よくお茶会が終わるまで静かにしていられましたね」
「……!はい!私、お姉様ですもの!」
「……?そうですか。もし困ったことがあれば私を頼ってください。……悪用はしないでくださいね?」
「……!悪用なんていたしませんわ!私、これでも伯爵令嬢なのですわよ?」
ライノーは少しだけ笑いました。しかし、その微笑みは公爵そっくりで、殆ど分かりませんでしたが。
「そうですか。そうであり続けることを祈りましょう」
「?」
こうして、ルーシーはライノーからハンカチを受け取りました。そのハンカチには、ライノーの正式名称がきちんと刺繍されていたのです。




