↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

ナオカ編 その2

 夜。


 ナオカは木造の階段を軋ませながら、二階にあるアンナの部屋を訪れた。アンナはこの施設で暮らす中学一年生の女の子だ。


 ナオカはふすまごしに声をかける。


「アンナお姉ちゃん、ナオカだけど」


 出てきたのは、パジャマ姿のアンナだった。


「どうしたの?」


 アンナは優しい口調で尋ねる。


「あのね、アンナお姉ちゃん。便箋って持ってない? 可愛いやつ。何枚か欲しいの」


「便箋? お手紙書くの?」


 ナオカは小さくうなずく。


「うん。えっとね、お母さんに」


 アンナはちょっと驚いたような表情を浮かべた。


「ナオカちゃん、ママと手紙のやり取りしてるんだ。ちょっと待ってね。可愛いやつあったはずだから」


 アンナはそう言いながら勉強机の引き出しを探る。


「うん。いつもはお母さんがお手紙送ってくれて、それのお返事を書いてんだけど、私からお手紙送りたいなって思って」


「これ、買ったけど使わなかったから、ナオカちゃんにあげる」


 アンナは、青い花があしらわれた便箋の束を見つけ、ナオカに差し出す。


「わぁ、綺麗な花だね。もらっていいの?」


 ナオカは歓声を上げた。


「うん。ワスレナグサっていう花だって。いっぱいお手紙書いて」


「ありがとう、アンナお姉ちゃん。母さんにね、なんでナオカは『なおか』ってお名前になったのか訊いてみる」


 ナオカは便箋の束を胸に抱えて、スキップのような軽い足取りで自分の部屋にもどった。


 勉強机にむかい、便箋を広げると、筆箱を開いて鉛筆を取り出す。


 だが、そこからが進まない。


「私からお手紙書くときって、どうすればいいんだろ」


 ナオカはしばらく何も書かれていない便箋を見つめていたが、やがて諦めたように鉛筆を置いた。


 引き出しを開いて、封筒の束を取り出す。母から届いた手紙の束だった。


「お母さん、お手紙書くときは何を考えて書いてるのかな?」


 ナオカのつぶやきに、返事はなかった。




 次の日の朝。


 いつものように、ナオカとマナは学校へむかう。だが、今日はいつもと少し様子が違う。


「で、なんでトシヤも一緒なんだ?」

 

 マナが目をむけたのは、施設の若い男性職員、トシヤだった。施設からずっとナオカの横を歩いている。


「昨日、ナオカちゃんが変な人に会ったからね、今日から学校まで送っていくことにしたんだ」


 トシヤは辺りを警戒するように、せわしなくキョロキョロと視線を動かす。


「これじゃ、トシヤが不審者だぞ」

 

マナは呆れたように言った。




 小学校が近づくと、歩いている児童の数も増えてくる。


 すると、ナオカは落ち着きなくソワソワとしはじめた。


「どうした? ナオカちゃん」


 トシヤが声をかける。


「もうすぐ学校だし、ここまででいいよ」


「えー。そうはいかないよ。ちゃんと学校に着くの見届けなきゃ」


 そこに、一人の少女が近寄ってきた。ナオカのクラスメイト、コハルだった。


「おはよー。ナオカちゃん、マナさん」


 コハルはのんびりした口調でそう言ってから、一度トシヤを見て、再び視線をナオカに戻す。


「ナオカちゃん、この人、ナオカちゃんのお父さん?」


 すると、ナオカはすかさず言い返す。


「ち、違う」


「じゃあ、お兄さん?」


「違うっ!」


 ナオカはスタスタと歩調をはやめた。他の面々は慌てて追いかける。


 やがて、小学校が見えてきた。校門にナオカの担任の教師が立っているのが見えはじめた。




 放課後。


 帰りの会が終わると、担任は校門までナオカを送っていった。


 そこで待っていたのは施設職員、タマキだった。


「タマちゃん、迎えにきてくれたの?」


 ナオカが声を上げると、タマキはうなずく。


「うん。一緒に帰ろ」


 二人は歩きはじめる。だが、すぐに足を止めた。


「ナオカちゃーん」


 後ろから、コハルが追いかけてきたのだ。


 コハルは二人の横で立ち止まり、ジッとタマキの顔を見上げる。


「お友達?」


 タマキが尋ねると、ナオカは恥ずかしそうに小さくうなずく。


「こんにちは。二年の佐藤コハルです」


 コハルはペコリとお辞儀をする。


「こんにちは。武田タマキです。よろしくね」


 タマキはニコリと笑顔を浮かべた。


「タマちゃん! 帰るよ!」


 ナオカはタマキの背中を押す。その様子を見たコハルは何か物言いたげな表情を浮かべるが、やがて飲み込んだようだ。


「じゃあね、ナオカちゃん」


 コハルは手を振りながら、小走りで去っていった。




 ナオカとタマキ、二人は田畑の間の道を歩く。学校から離れたので、周囲に小学生の姿は見えない。


「ナオカって、学校では施設で暮らしてること隠してる?」


 タマキが尋ねると、ナオカは小さくうなずいた。


「うん。幼稚園のとき『お父さん、お母さんがいないのってかわいそう』って言われた。勝手に決めないでほしい」


 タマキは「そっか、そっか」と言って数回うなずく。


「私のお父さんとお母さん、今、何してるのかな?」


 ナオカはポツリと言うと、歩きながらタマキの手に抱き着いた。


「ん? 寂しくなっちゃった?」


「ううん。平気。でも気になる。私はね、今日の職員さんは誰かなって考えるけど、コハルちゃんはいっつも同じお父さんと、お母さんがいる。それってどんな感じかなって」


「そっか。ナオカはそんなこと考えてたか。手紙のやりとりはしてるし、ここからお父さん、お母さんと近づいていけるといいね」


「うん。コハルちゃんはね、お父さんとお母さんに『好き』って言ってもらえるんだって。いつか、私も言ってほしい」


 二人はさらに歩いていく。


 ナオカは思い出したように口を開く。


「そうえば昨日、コハルちゃんと図書室に本を借りに行ってね、同じ本を借りたいってなったから、譲ってあげた。私、コハルちゃんの後でいいから」


「そっか、そっか。ナオカは優しいね。えらいよ」


「えへへ。ねえ、タマちゃん。今日の晩御飯も、タマちゃんが作るの?」


 ナオカは尋ねる。


「うん。今日は私が担当だよ」


「じゃあ、ミツバのお吸い物ある?」


 タマキはちょっと意外そうな表情を浮かべた。


「ナオカ、あれ好きなの? 渋いね」


 ナオカは小さくうなずく。


「うん。あれが、タマちゃんの味って感じがする」


 タマキは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。今日の晩御飯でも作るからね」


「やったー。あっ、今日は『ティンクルドリーム☆アリスちゃん』の日だ。帰ったらすぐに宿題終わらせなきゃ」


『ティンクルドリーム☆アリスちゃん』とは、ナオカが気に入っているテレビアニメである。


「うん、宿題終わったら見ていいよ。頑張れ」


 タマキは満足げに微笑んだ。


「音読の宿題あるから、聞いてくれる?」


「うん、いいよ」


 二人は施設にむかって歩いていった。




 施設に着くと、児童福祉司の男性と、副施設長の女性がいた。


 タマキは真剣な表情になる。


「何かあったんですか?」


 副施設長がうなずく。


「ナオカちゃんにちょっと、お話があって」


 ナオカはタマキの顔を見上げた。




 ナオカの部屋。


 ナオカの他に児童福祉司と、副施設長もいる。


「――って、ことなの」


 副施設長は話を終えた。


 勉強机の上の時計の針が、カチ、カチと音を立てる。


「えっ、それって、どういうこと?」


 ベットに腰かけたナオカはわけがわからないという表情で、せわしなく視線を動かす。


「ご両親から、ナオカちゃんに会いたいって昨日連絡があって」


 副施設長がゆっくりと言った。


「お父さんと……、お母さんが……」


 ナオカはつぶやく。


「もしも会いたいなら面談を調整するし、会いたくないならそれでもいい。しばらく考えたいなら、それでもいい。ナオカの望むようにするからね」


 副施設長がゆっくりと言った。


 ナオカはうつむいて少し考えた後、ゆっくりと顔を上げた。


「お父さんとお母さんは、私に会いたいって言ってるんだよね」


 副施設長と児童福祉司は顔を見合わせた後、児童福祉司が言う。


「うん。ご両親は、ナオカちゃんに会うことを楽しみにしてるって」


「でも、会うかどうかは、ナオカが決めていいんだよ」


 副施設長が補足した。


 ナオカは首を横に振った。


「会いたい。私、お父さんとお母さんに会ってみたいです!」




 それから、副施設長と児童福祉司はタマキとしばらく何かを話し合い、帰っていった。


 そして夕方。


 ダイニングにて、椅子に座ったナオカは、宿題の音読を終え、国語の教科書を閉じた。


「お疲れ様。上手だったよ」


 テーブルをはさんで正面に座るタマキは、ナオカが差し出した音読カードに日付を書き込み、サインした。


「ねえ、タマちゃん。私ね、お父さんとお母さんに会えるって」


 ナオカの声は、少し震えていた。目を伏せて、自分の膝を見る。


「うん。さっき副施設長から聞いたよ。楽しみ? それとも恐い?」


 タマキがゆっくりとした口調で尋ねると、ナオカはしばらく沈黙をはさんでから答える。


「あのね。本当はお母さんたちと会うの、ちょっと恐い。だからね、タマちゃんも一緒に会ってほしい。ダメ?」


 ナオカは顔を上げた。その表所には不安が浮かんでいた。


「うん、わかった。私も面会に立ち会えないか、施設長に相談してみる」


 タマキの返事を聞いたナオカは嬉しそうにうなずいた。


「あっ、もう時間。タマちゃん、テレビ見ていい?」


 ナオカは椅子から飛び降りる。


「うん。教科書と音読カード片付けたら、テレビ見ていいよ」


 ナオカは急いで教科書と音読カードを回収し、バタバタとダイニングを飛び出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。