6、三人の求婚者
リビングに集まった三人の求婚者は、エイブラハ厶・コール氏、ブレア・モロー氏、ボニファス・ジャクソン氏といった。
エイブラハ厶氏は三十代半ばと見える如何にも神経質そうな黒髪の男で銀行の副頭取だと名乗った。ブレア氏は栗色の髪の三十代前半の男で、さる帝国貴族の三男で投資家だが、趣味で描く人物画がなかなかの腕前だと評判になっているらしい。赤い髪のボニファス・ジャクソン氏は彫刻材や画材も取り扱う美術商で、二十代後半と見えた。
いずれも地位と財産はあり、容姿も世間的には美丈夫として通じるだろう。ただ、メグが感興を覚えるほどの容姿ではない。
――なるほど、オリバー・ウィルキンソンが、リューをわざわざ女装させた理由が分かるというものじゃ。
女神の呟きに、メグは思わず頷きたくなった。
アヴリル嬢によるおざなりな紹介の後。三人に挨拶をしようとしたメグを制したリューが、一歩進み出て、にっこりと微笑んだ。
「初めまして。私たち、今回は友人のアヴリルさんに相応しい方を見極めるために呼ばれましたの。どうぞよろしくお願いします」
ブレア氏がリューを舐めまわすようにじろじろと見るのを、メグは心底不快に思った。以前、エリザベスタウンでのヴァンパイア掃討作戦に参加した時、共同で作戦に当たった聖騎士団第三隊の隊員の一人から不躾な視線を受けた時も不快だったが、ブレア氏がリューに向ける視線は、それよりも更にどろりとしていた。
――このブレアという男、とてもまともな人間とは思えぬ。
女神の声に同意しつつ、メグは他の二人もそれとなく観察した。
エイブラハ厶氏は甘い言葉でアヴリル嬢の機嫌を取り始めた。だが、彼女を賛美する言葉のどれもが、古典的な浪漫小説に登場する台詞の剽窃だった。
聖騎士団のドミニク・トーマス筆頭顧問は筋骨隆々たる身体つきからは想像がつかないほどの読書家だが、妻のタレイアを賛美する言葉はいつも自分自身で考えているというのに。
にこやかに微笑みながら、庭で育てているという薔薇の花束をアヴリル嬢に差し出すボニファス氏。だが、その薔薇の棘がまだ幾らか残っているものだから、受け取るアヴリル嬢が手を怪我するのではなかろうか、と傍から見ていて心配になった。
オシアン公なら、万が一にもヒルダ夫人が手を怪我することのないように、自らの手で丁寧に棘を取り去ってから渡すのに。
彼らにアヴリル嬢と結婚する気が本当にあるのか疑わしい。メグは内心で三人の求婚者たちに辛口の評価を下した。一方で、オリバー氏の秘書のオーガスト・ミラー氏が、アヴリル嬢の手に渡る前にボニファス氏の薔薇をさっと手に取ったのには感心した。
まるで、モリーをエスコートする時のハワード卿のようだ、と。
「あらまあ、出遅れてしまわれたようですわね、モローさん」
リューがブレア氏の注意をアヴリル嬢に向けた。ブレア氏はアヴリル嬢を粘つくような目で見つめると、他の求婚者たちを押しのけるようにしてアヴリル嬢の手を取ろうとした。
しかし、オーガスト氏が二人の間に身を割り込ませた。
「何だね、君は」
機嫌を損ねたブレア氏に、オーガスト氏が答えた。
「失礼ですが、モロー様の指先に油絵の具が付いているように見えまして。そのままでは、アヴリルお嬢さんのお召し物を汚してしまうかと」
ブレア氏は自分の手を見直し、言われた通り、自分の手に油絵の具が残っているのを見て舌打ちした。
「仕方ありませんよ。多くの芸術家の皆様には、そういう、俗世間の決まり事や身の回りのことに無頓着なところがおありですから」
ボニファス氏がブレア氏を庇うかのようにそう言った。しかし実際はブレア氏の評価を下げるための発言だろうな、とメグにも分かった。
彼ら三人は自分の求婚者ではないし、アヴリル嬢とも所詮は他人同士だから、メグに発言権はない。だが、オリバー氏はこの三人からアヴリル嬢の夫を選ばせるのではなく、オーガスト氏を娘婿にする気にはならないのだろうか、と思わずにはいられなかった。
アヴリル嬢も求婚者三人に笑顔を見せているものの、その眼差しは冷ややかだった。
「皆さん、昼食の用意が出来ました。どうぞ食堂へ」
男性使用人がリビングに来てそう言った。
「ごめんね、リュー。嫌な役割を引き受けさせて」
食堂に向かいながらメグはリューにそう言った。メグに目を付けさせないための囮役とは言え、先程のブレア氏の眼差しはとても気持ちが悪かったのではないかと思ったのだ。けれどもリューは、くすっと笑った。
「いいえ平気よ。……貴女のためなら、何だってね」
彼が首からかけている香水ペンダントが揺れて、ふわりと甘い香りが零れた。
昼食は何事もなく終わり、皆は再びリビングに戻って来た時。
――恨みのある相手の側ではなく、此方に引き寄せられたか。この部屋の何処かが再び例の不浄で穢されているようじゃな。
女神がそう言った。
リビングの中央に、昏い目をした若い美女の霊が佇んでいる。彼女は声も立てずに涙を流しながら、ブレア氏をじっと睨みつけていた。
「リュー」
メグが注意を促すと、リューも頷いた。
「もう一差し、舞うことにするわ」
彼は赤い扇を出すと、皆に言った。
「こうして皆様が集まっていらっしゃるのに華やぎがないのも何ですから、ここで私の故国の舞を披露させて頂きますわね」
誰も反対しなかったが、オーガスト氏だけは、リューが部屋の中央に歩いていくのを見て、身を強張らせた。きっと彼は僅かながら魔力を持っているのだろう。他の者には視えない女の霊が視えているようだから。
アヴリル嬢も求婚者たちも、異国娘に何が出来るかと言いたげな目をリューに向けていた。緋色の扇が一瞬で一つの大きな輪に変わっても、まだ冷然とした態度を崩さなかった。だが、リューがその輪をリビングの中央に置き、その中で舞い始めると、ある者は息を呑み、ある者は小さく驚嘆の声を上げた。
リューがしなやかに舞いながら歌う声が、優しく切なく、観る者の心を揺らす。しかし、それは輪の外にいる者たちの耳目を誤魔化すために火焔狐が作り上げた美しい幻術。実際のリューは女の霊の声を聞き、怒りや悲しみに寄り添い、慰め、行くべき所へ行くよう促しているだけだ。
メグは、他の者たちが幻に気を取られている間にそれとなく例の汚れを探した。すると女神が、汚されたのはテーブルの天板裏だと教えてくれたので、さり気なくテーブルの下に手を入れ、誰も気付かないうちに汚れを洗い流した。
リューに目を戻せば、彼は女の霊に何事か約束し、優しい歌声で行くべき所へと送り出していた。
彼の故郷の歌、馥郁たる甘い香りを放つ、真っ白な茉莉花の歌だ。
女の霊が旅立つとリューは火焔狐に幻術を解かせ、歌いながら一差し舞った。メグもそれに合わせて歌いながら、彼こそ華夏の伝承に登場する仙女のようだと思った。
彼の歌声を聞いているだけで、咲いているはずのない茉莉花の香りが漂ってくるような気がするのだから。
こうして、二度目のリビングの浄化も無事済んだ。
「実に素晴らしい舞いと歌だった。私とアヴリルが結婚してからも、君が新居に遊びに来てくれればいつでも歓迎するよ」
ブレア氏がそう言うと、リューは妖艶な笑みを浮かべて答えた。
「あら、アヴリルさんが貴方を未来の夫として選ぶという絶対の自信がおありなのですね。見目麗しい殿方というのは皆様そういうものなのでしょうか?」
リューの香水ペンダントが揺れて、ブレア氏が喉を鳴らした。
メグはといえば、おっとりと優しい微笑みを浮かべながら、静かに怒りを覚えていた。アヴリル嬢に求婚しながらリューにも色目を使うブレアという男に、神罰を下してやりたい、と。
今回、リューとメグが歌ったのは中国民謡「茉莉花」でした。某世界的アニメーション会社制作の映画のプリンセスのように何かと歌っていますが、これが彼らの仕事です。




