2、本物を見抜く目
途中、台詞に歴史的仮名遣いが混ざります。ご了承ください。
「これほど綺麗なのに、偽物なのですか?」
メグがそう尋ねると、その団員は笑顔で教えてくれた。
「そう思うでしょう。しかし、本物にしてはあまりに輝き過ぎている。これは合成宝石の特徴なのですよ」
イミテーションだと明らかにして適正価格で売る分には違法ではないので、この合成宝石を用いた安価な装身具は祭りの露店などでもよく見かける、とその団員は言った。
メグは軽く眉を寄せた。
「少し悔しいです。どうしたら見分けられるようになるのでしょうか?」
「上質な本物を見慣れていれば、紛い物を見た時に、すぐに違和感を覚えるようになりますよ」
「そうなのですね」
メグは納得し、月に一度は美術館にも通おうかと考えた。
続いて館長が皆に見せたのは、青磁の壺だった。
メグはその壺を目にした途端、背筋がぞわりとするような感覚に襲われた。
――今すぐに、この壺を叩き割ってしまいたい。
鑑定能力のある二人が叫んだ。
「気を付けてください!」
「それには、何かが憑いています!」
メグはポシェットから金の腕輪を取り出した。金の鈴が環の円周をぐるりと取り囲むそれをさっと振れば、シャランと涼やかな音がして、壺から漂う邪気が少し鎮まった。
「壺に宿りし者よ。汝はそも何者なりや。疾うその名を明かし、人に祟りをなさんとするわけを偽りなく申せ」
メグが鈴を鳴らしながら壺に向かってそう言うと、壺から女の泣き声が聞こえた。
――恨めしきは、彼の君。何故に我を想ひ給はずや。
「その無念、此方にて申し聞かせよ」
メグがそう言って鈴をまた一振りすると、女は語り始めた。しかしその女の懸想があまりにも身勝手なものだったので、メグはついに我慢出来なくなった。
「厭はしき者かな、疾う疾う此方より去ね」
メグが繰り返し鈴を鳴らすと、女が苦悶の声を上げた。だが、それも次第に小さくなり、途切れがちになっていった。
完全にその声が消えた頃、室内に小さな旋風が巻き起こり、微かな猫の鳴き声がした。そして数秒後、室内は何事もなかったかのように静まり返った。
肩に、何かほんのり重さのあるものが乗った。
――オシアン公に伝えたんだ、いい具合に穢れた魂があるって。そしたら、すぐに臣下を手配してくれた。
聞き慣れたコマドリ姿の使い魔の声に、メグは少しほっとした。邪悪な魂を捕らえる猫型妖精が女の魂を連れ去ったのなら、もう心配はない。
「ありがとうございます、ロビンさん」
ほっとしたメグは、肩に止まったコマドリに感謝した。
今回の鑑定と浄化は完了ということで、メグたちは館長からの感謝の言葉と見送りを受けて本部に戻った。
「あ、メグ。良いところに」
聖騎士団本部の廊下で、ぶかぶかの服を着たベッキーが、シェーンを連れてメグに近付いて来た。彼女がぶかぶかの服を着ているのは、その真実の姿が妖艶な大人の女性だから、ということをメグは先日知ったばかりだ。
彼女は、長い花房が特徴の皇国藤を幾つかの花束に仕立て、シェーンに持たせていた。
ベッキーが目配せすると、シェーンは胸に抱えていた藤の花束の中から一束、メグにも差し出してくれた。
「ありがとうございます」
メグが受け取るとベッキーは得意げに言った。
「見事だろう。今朝、初めて咲かせるのに成功したんだ。それで、お裾分けついでに藤を愛でる会に皆を招待しているんだよ。日時と場所は、明日の昼、私の屋敷。タレイアとドミニク、オシアン公とヒルダは来てくれるし、ハワードとモリーもこれから誘うつもりなんだ。君はどうする?」
「私も是非。トミーかミッキーを伴ってもよろしければ」
「勿論。何なら二人とも連れておいでよ。人数が多い方が、オシアン公も喜ぶだろうから」
ベッキーは言った。猫型妖精の王にして連合帝国の公爵でもあるオシアンは、そのやんごとなき身分にも関わらず、料理を作って振る舞うことが好きなのだ、と。
「公のことだから神酒や『知恵の鮭』のような伝説の食材も使うだろうけど、食べるだけなら妖精化はしないから大丈夫だよ」
メグはそこで初めて、オシアンの妻であるヒルダが人間離れした気配を纏っている理由を知った。ヒルダのそれは高位の妖精の気配なのだ。
「一応、あれは特殊な食事を続けるだけでなく、残り二つの段階を踏むことで完全に効力を発揮する魔術だからね。ヒルダ本人が妖精の王の愛を受け入れ、その妻になると決意しなければ、妖精化はしないはずだった。まったく、相手を無理に一晩で人ならぬ存在に変える方法も幾つかあるのに、それらを選ばずに最も相手に負担のない方法を選ぶ辺り、如何にも公らしい」
ベッキーはそう言うと、何故か悪戯っぽく笑った。
「多分、君になら術式を教えてくれると思うよ。珍しい食材を手土産に聞いてみると良い」
メグは曖昧に微笑んだ。もし、その魔術を教わることが出来たとして、いつ、何処で、誰に使えばよいのか分からなかったので。
翌朝、枕元に数個の大きな桃を入れた籠が置いてあるのを見て、メグは頭を抱えた。
彼女の身に宿る女神は、皇国の八百万の神々でも最も高貴で年若い神だ。故に無邪気で気儘、そして悪戯好きでもある。枕元の桃は、女神の仕業に違いなかった。
「姫神様……。あまりにおいたが過ぎるのではありませんか?」
――知識は、あるに越したことはあるまい?
「そもそも人間を妖精に変える魔術を覚えたとして、誰に使うおつもりですか?」
――それは、いつか妾とそなたをまとめて娶ってくれる殿御に決まっておるであろ?
「……私と姫神様のことを承知した上で娶って下さる方に、人間であることまでやめさせるのは酷ではありませんか」
――そうかのう。ヒルダ殿は今も幸せそうじゃがの。とにかく、その意富加牟豆美の実は忘れずに手土産にするのじゃぞ。
やはり桃はこの世の物ではなかった。メグは諦めて、それを持参することにした。
ベッキーの屋敷に一歩足を踏み入れたメグは、思わず感嘆の声を上げた。
藤蔓が屋敷の天井全体に張り巡らされ、そこから無数に垂れる花房が微風に揺れる様は、皇国の一流庭師が手掛けた藤棚に勝るとも劣らなかった。
「藤はやはり、花房が風に揺れるのを下から愛でるのが最高だからね。今日はエズメが使い魔を連れて帰って来てくれて良かったよ」
エズメを伴って出迎えてくれたベッキーが、上機嫌にそう言った。エズメの後ろに控えている、ダークブラウンの巻き毛に同じ色の濃い眉、緑にも灰色にも見える澄んだ瞳をした四十代くらいのほっそりとしたハンサムな男性が、その使い魔なのだろう。連合帝国流のスーツに身を包んだ彼は、メグ、トミー、ミッキーの三人に向かって微笑んだ。
エズメが男性を紹介してくれた。
「彼が、私の使い魔の風精霊ですよ。一度飛び立つとなかなか戻って来ない気紛れ屋さんですけれどね」
「お初にお目にかかります。どうぞパットとお呼びください」
パットが優雅な所作で一礼した。
メグの意識はここで一旦途切れた。
気がつくと、メグは食後の紅茶を飲んでいた。
どうやら、食事の間中ずっと、女神が表に出ていたらしい。少し残念に思っていると、向かいに座っていたリューが、メグに微笑みかけた。
「やはり、先程までのメグさんは娘娘だったのですね」
女神は時々、トミーやミッキーでも見破れないほど上手くメグになりきることがある。
しかしリューだけは、メグがメグではないことを必ず見破ることが出来るのだ。
「これまで、姫神様は一体何を?」
「先程は厨房で、オシアン公からお料理を教わっていらしたようですよ」
リューの答えにメグは嘆息した。
今回初登場のパットは、見た目はエズメの好みそのものですが、恋仲ではありません。
エズメ「使い魔が必ずしも自分の主と恋愛関係になるとは限りません」
パット「そうだね、どちらかというと、僕らは気の合う仕事仲間とか親友という関係だよね」
エズメ「リューやモリーの使い魔のように、元々その一族の正統な当主を護る役目を担っていた者もいれば、ハワードの使い魔のように主と兄弟のような関係を築く者もいます。これは次の試験に出ますので、覚えていてくださいね」




