15、告白の時
モリーはメグの手を取った。
「とにかく、メグもついに恋を知る女性の仲間入りを果たしたのよ。それは喜ばしいことで、決して悪い事じゃないわ。相手が酷い男ならともかく、リューは良い子だし」
ずっと引っ掛かっていたのだ、とモリーは言った。
彼女の結婚式の前夜、女性たちで集まって秘密のお茶会を開いた時。エズメの恋の話を聞いたり、ヒルダとミュリエルにそれぞれの夫との馴れ初めを聞いたり、メグと一緒に花嫁介添人になってくれたダイアナとアンに、それぞれ気になる男性がいるとか、実は想いを寄せ合う相手がいるとかいうことを白状させたりする中で、メグだけは浮いた話題がなく、皆から二歩も三歩も引いている感じがしたから、と。
「メグもようやく、と思ったのに、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
モリーの青い目が気遣わしげにメグを見ていた。彼女が心から自分を案じてくれていることはわかる。だから、メグは思っていることを何とか正確に伝えようと言葉を探した。
「何故なら、私は……」
メグはモリーに明かした。幼い頃、ただ一度だけ見えた実の父母から言い聞かされたことを。
「私は新たに生まれた姫神様の憑坐に過ぎず、この身は姫神様のもの。故に、ゆめゆめ穢れることのなきように、残るような傷を負わぬように、と」
幼い頃は、その意味を完全には理解出来なかった。しかし大戦争の最中に皇国に戻り、侯爵家の娘として淑女教育を受けているうちに、嫌でも理解させられた。
「私には、他の女性たちのように子を産み育てることは勿論、お慕いする方と本当の意味で夫婦になることさえ許されないのだ、と」
しかもモリーも知っての通り、皇国には、メグの暗殺を目論む者たちが存在する。
臣民の崇敬の対象は主神の子孫たる皇帝だけであるべきだ。そう考える者たちの中でも特に過激な思想を持つ者にとって、メグは彼らの世界に突如現れた不都合な存在なのだ。そのメグが、皇国の男子ではなく、華夏出身の青年の手を取ると知ったならば、きっと彼らは――。
「リュー君には幸せになってほしいんです。私のせいで危険な目に遭ってほしくないし、報われることの少ない結婚なんてさせたくない。それなのに、ずっと一緒にいたくて……」
――今だって、泣きたくなるほど会いたい。
「私もずっと、お会いしたかったです」
背後からリューの声がしたので、メグは驚いて振り向いた。
「どうして――」
そこには、清潔感のある青年らしい私服のリューがいた。
「ハワード卿とトミーさんが寮においでになったと思ったら、ベッキー様の特製水薬を一気飲みさせられた後に、大急ぎで身支度させられて、ハワード卿に背負われて、ここに連れて来られました」
聖騎士団員になる利点の一つは、ものすごい速さで髭を剃れるようになることだ、とリューが言ったので、メグは固まった。どう見ても、目の前のリューの頬は羊脂玉のように白く滑らかなのだが。
「……その反応は、流石に傷付きます」
リューが少しむくれたので、メグは慌てて謝った。
「まあまあ。リューは髭が薄いから羨ましいよ。俺なんか、朝に剃っても昼頃には元に戻っちまうからさ」
トミーがそう言ってリューの肩を気安く叩くと、本部に戻るから、とハワード卿と二人、部屋から出て行った。
リューはメグの前に跪いた。
「まずはきちんと言わせてください。――私は、貴女をずっとお慕いしています。アーケイディア単科大学で初めてお会いした時から」
彼の声と身体が、微かに震えているのがわかる。
メグはふと、いつか見た夢の中で、自分に絡みついて愛を乞うてきた葛の声が、リューの声だったことに気付いた。
メグは何度か口を開いて、数回深呼吸して、もう一度口を開いた。しかし、出て来たのは、我ながら情けない言葉だった。
「……ありがとう。……とても、嬉しい。でも、どうしたら良いのか、わからないの」
リューは首を振り、優しく微笑んだ。
「……メグさんは、どうもしなくて良いんです。今はただ、私の気持ちを知っていて頂ければ、それだけで――」
メグの胸が高鳴った。……どうして、彼の手を取ってはいけないのだろう。目の前の彼に、手を伸ばしたいのに。
すると急に、リューが先日のような好戦的で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でも、少しだけ悪あがきをさせてください」
リューは言った。メグは、リューにとって一番の幸せは、妻子を持って平穏無事に暮らすことだと考えているかもしれない。しかし、リュー自身は決してそうは考えない、と。
「平穏に暮らしたかったら、守護者として充分やっていけるのに騎士の資格まで取得することもありませんし、そもそも聖騎士団に入団することもありませんよ」
メグは、戦闘中のリューが実に活き活きとしていたことを思い出した。
「……すぐ熱を出すのに、無理ばかりするんですから」
メグがそう言うと、リューはくすっと笑った。
「長沙桓王の子孫ですので、仕方ないかと」
千七百年ほど昔、華夏の国が北と西と南の三つに分裂した時代、その勇猛さで南の国の礎を築き、志半ばで卒去したのが長沙桓王だとされている。
「リュー君のご先祖のお一人は、長沙桓王と、閉月羞花と謳われた美人姉妹の姉君との間に生まれた姫君ですものね」
「ええ、母方の先祖ではありますが」
彼は頷き、それからもう一つ、と言った。
「私には、メグさんが娘々の憑坐とは、とても思えないのです」
メグは首を振り、胸に手を当てた。
「そんなはずはありません。姫神様は、ここに確かにいらっしゃいますし、姫神様が表に出ていらっしゃる間の記憶は、私には全くないのですから」
「本当にそうでしょうか?」
リューに問われ、メグは目を見開いた。
「先週の『藤を愛でる会』で、メグさんは玄関に入って間もなく娘々に入れ替わられ、食後の紅茶を飲む時になって、ようやく戻っていらした。私もその時は、そう認識していました。しかし、それならば何故、あの日オシアン公が厨房で歌っていらしたという歌をご存じだったのですか?」
メグは、そういえば、と思った。ベッキーの屋敷の厨房で、オシアンから「料理を教わる」という名目で「人を高位の妖精に変える魔術」の術式を教わろうとしたのは、あくまでもメグのふりをした女神であって、メグではなかったはずなのに。
「……でも確かに、オシアン公がお料理中に連合帝国北西部の民謡を歌っていらしたのを、はっきり覚えています」
二人の会話を聞いていたモリーが頷いた。
「私も一緒に厨房でお手伝いをしていたけれど、その時に伯父上が歌っていらしたのは、間違いなく連合帝国北西部の民謡だったわ。『愛する君がいつか年老いても、自分の愛は変わらない』って」
メグはその時に見た光景も思い出した。
「……それを耳になさったヒルダ様が、真っ赤になって黙り込んでおしまいになったことも、今、思い出しました」
モリーが頷き、そして尋ねた。
「それなら、伯父上がコテージパイに何の肉を使っていらしたのかも、覚えているわね?」
メグは頷いた。むしろ、何故忘れていたのだろうと不思議に思った。何故なら――。
「あの時は驚きました。レビアタン(クジラに似た巨大な魔物)のお肉なんて、何処で入手なさったのだろうって」
それを聞いたリューの口から、驚きと呆れを表す華夏語が漏れた。
「……あのコテージパイの中身は、牛肉ではなかったのですか」
気を取り直したリューが、話を続けた。
「それから先日の任務中、ほんの一瞬だけですが、メグさんなのか、娘々なのか、私にも判別がつかなくなったことがありました」
リューのご先祖様たちの正体がお判りになった方は同志ですね。




