14、不条理にして厄介なもの
月曜日の午前中。リューは熱は下がったものの、まだ本調子ではないということで欠勤していた。
メグはトミーに付き添われ、先週末の任務に関する報告書を提出すべくハワード卿の執務室に赴いた。
報告書を受け取ったハワード卿は、メグに問われるまま、今回のウィルキンソン邸での事件の全容について説明してくれた。
ウィルキンソン邸で起こる怪異には魔女が絡んでいる。タレイアがそう予言したことから、ハワード卿はまず、聖騎士団情報部長ベンジャミン・パターソンに、ウィルキンソン家と、ウィルキンソン家に出入りする人々の調査を指示した。すると、ベンジャミンは表の情報部員だけでは足りないからと裏の情報部員にも調査を要請した。
「ここだけの話だが、その裏の情報部員の中には風精霊を使い魔とするエズメ・ロイド教授も含まれている。そうして情報部総掛かりで調査した結果、判明したことは求婚者二名の犯罪行為と、ウィルキンソン邸の庭園のフォリーが魔女の祭壇になっているということだった」
魔女の祭壇とは、老いた魔女が若い人間の肉体を新たな器とする際に、狙った人間の近くに設置するものだ。祭壇には魔女の魂を新たな器に転移させるだけではなく、怨念や邪念を持つ者を呼び寄せ、周囲の人間の欲望や憎悪をかき立てる働きもある。魔女の魂にとっては、器となる人間が強い負の感情を抱えている方が好都合だからだ。
おそらく、ボニファス・ジャクソンが屋敷をブルーオーカーで汚して悪霊を呼び寄せようなどと考えついたのも、魔女の祭壇の影響だろう。現に、魔女の祭壇が破壊された後、パットによる拘束を解かれたボニファスは憑き物が落ちたように大人しく家に帰ったという。
ブレア・モローに関しては、その被害者が特に北部連邦の南隣りに位置する州連合に多かったことから、ハワード卿はロビンを使って、州連合全域を統括する警察機関である連合捜査局の次長に連絡を取った。
「それで、連合捜査局次長であるアーセンさんと部下の方がお二人で警察官に扮して、ウィルキンソン邸においでになったのですね」
魔女の討伐に関しては、聖騎士団と猫型妖精との間に協定が結ばれている。聖騎士団がを魔女を討伐する際には、必ず猫型妖精が協力する、と。
「そこで今回は、猫型妖精の王とその配偶者たる女王が、女王の姪を伴って参戦するという形になった」
それで、聖騎士団を引退したはずのヒルダとモリーも任務に加わっていたのか、とメグはようやく腑に落ちた。
「オシアン公によれば、昨夜の魔女は、数百年前に猫型妖精の将軍と二十騎の精鋭を手に掛けた強力な魔女だったということだ。その魔女の魂が新たな器と融合することを阻止し、煉獄の炎の球に封じ込めることが出来たのは、メグとリューの浄化の歌があったからだと聞いている。よくやってくれた」
ハワード卿はそう労い、それからアヴリル嬢とオーガスト氏についても教えてくれた。
意識を取り戻したアヴリル嬢は、二十年前に聖騎士団から引退した守護者が運営する、静かな郊外の病院で静養することになった。彼女にはオーガスト氏が付き添っているので心配は要らない、と。
「院長のマグノリア・ムア女史によれば、魔女の器になりかけたことで精神と身体に損傷を負っているが、支えとなる人物が側にいるので、数年ほどで回復するだろう、ということだった」
それなら良かった、とメグは少し安心した。
そして、週末の任務だったので、リューとメグは今日の昼以降と明日一日は休みとする旨をハワード卿から告げられて執務室から退出した。
執務室から出てすぐ、トミーから、午後になったら寮の部屋で休んでいるリューの見舞いに行くかどうか尋ねられた。しかしメグは首を振った。
「やめておきます。弱って寝ている時に異性が部屋に入って来るのは落ち着かないと思うから」
本当はとても会いたいのに、会いに行くのが怖い。
だから土曜日の午後も日曜日も、手作りのゼリーやカスタードプディングをトミーやミッキーに託しただけでメグ自身はリューの見舞いに行かなかった。
何故会いに行くのが怖いのか。
一つは、自分が行けば、またリューが無理をしそうな気がしたのもある。もう一つは――。
メグが歩きながら考えていると、向こうからモリーが来た。
「あら、メグ、トミー小隊長」
「……モリーさん」
モリーの優しく朗らかな笑顔を見たメグは、思わず彼女に抱きついてしまった。
昼。メグとトミーは、聖騎士団本部の近くにある、フォスター屋敷に招かれていた。
モリーとハワード卿が新婚生活を始めたこの屋敷は、元々、モリーの祖父で先々代の聖騎士団長でもあったニコラス・フォスター卿の屋敷だった。それを、モリーの伯母のヒルダが新婚の姪夫婦に新居として譲ったのだ。
この屋敷には、代々フォスター家の血筋の者たちに仕えて屋敷を管理してきた、忠実で強力なブラウニーがいる。だから、ハワード卿が遠征に赴いている間も、この屋敷ならモリーも安全に過ごせるはずだ、と。
招かれたメグは、ハワード卿とトミーが二人で庭に出てすぐに、モリーに心の内を打ち明けた。
モリーは言った。
「リューがメグのことを好きだというのは、傍から見ていてもわかる。だけど、それに対してメグが絶対に何かを返さなければならないってことはないと思うわ」
家令の姿をした老ブラウニーが魔法でモリーとメグそれぞれのカップに新しい紅茶を注ぎながら、爺めの差し出口でございますが、と前置きしてからこう言った。
「モリーお嬢様の仰る通りかと。姫様からリュー殿に懸想してくれとお頼みになった訳ではありません。それならば、リュー殿からの想いを拒否なさるか、受け入れなさるのかも、姫様の勝手にございましょう。どちらにせよ、対等の存在として、誠実にご対応なさればよろしいのではないかと」
「……そう、ですね。拒むことも出来るのですよね」
独り言のようなメグの言葉に、老ブラウニーは頷いた。
「ええ、勿論ですとも。リュー殿はまだお若い。その上、能力も高く、見目も良い。もし姫様から拒まれて一時は傷付き悲しんだとしても、その悲しみを振り払うように聖騎士団でも高い地位に昇り、やがて良き伴侶を得て、幾人かの子を儲けて幸せに暮らすことでしょう。何も姫様がお気に病むことなどないのです」
きっと、その方が、リューには幸せなはずだとメグは思った。
「……そうですよね、多分、リュー君の気持ちを拒むのが正解だとわかってはいるんです。その方が、彼も平穏で幸せな人生を歩める、と」
「しかし、彼の手をお取りになりたいのですよね」
言い当てられて、メグは俯いた。
老ブラウニーは、わかっている、と言いたげに頷いた。
「姫様も、ヒルダお嬢様の婿君と似たことを仰るのですね。ここだけの話ではございますが、あの方にも、年甲斐もなく恋に落ちてしまった自分が浅ましいと悩んでいらした時期がおありでした。ヒルダお嬢様がお若くていらした頃ですが。『相応の年齢の人間の男と結婚し、人間として生きるのが、彼女にとっては多分一番良いのだろう、しかし自分以外の誰かが彼女の手を取ると思うと、心臓を灼かれる思いだ』と」
全く情けない婿君でいらっしゃいます、と老ブラウニーが一刀両断したので、猫型妖精の王にそこまで言っても良いのかとメグは少し心配になった。けれどもモリーはいつものことだと苦笑していた。
「爺やは伯父上に対していつも辛辣だし、伯父上もよく『爺やには頭が上がらない』と、こぼしていらっしゃるくらいよ。……でも今の様子で私にもわかったわ。メグの方も、リューに恋しているのね」
歯に衣着せぬ爺やには、オシアンも勝てません。屋敷の管理をしてもらっているから、というだけでなく、ネクタルや丸ごとのレビアタンなどの伝説級食材を適切に食料庫で管理してくれるのは爺やだけだからです。




