13、熱に浮かされる
しかし、そうすんなりとエズメの言う通りにはならなかった。
――オシアン公から、魔女の魂が新たな器に転移・潜伏した可能性あり、新たな器の魂と融合する前に、こっちに引き剥がしに来るって。
コマドリの姿をした使い魔、ロビンがそう伝えて来た。
「分かった。じゃあ、僕とエズメは庭に出て、魔女の祭壇を壊して来る。犬型妖精、君もおいで。魔女の祭壇を壊せる機会なんて、そうそうないよ」
パットは部屋から出る途中、メグとリューを振り返った。
「二人は今ここで、浄めの歌を歌って、僕の義兄弟たちが来るまで時間を稼いでほしい。といっても、すぐ来ると思うよ」
二人は言われるがまま、浄めの歌を歌い始めた。
火の輪に囲まれたアヴリル嬢が呻き声を上げた。
「嫌、怖い、ここから逃がして……」
そう哀願したかと思えば、急に恐ろしい表情に代わって、恐ろしい呪いの言葉を吐き出す。
――あの女子がいくら泣き喚こうと、呪いを吐こうと、リューがあのように破魔の力と火の魔力を組み合わせた魔法障壁の中に閉じ込めておる限り、どうすることも出来ぬ。怯むでないぞ。
姫御子の声に励まされ、メグは歌い続けた。
アヴリル嬢が今後どうなるのかはわからなかった。
だが、彼女がこのまま魔女の新たな器に成り果てるという最悪の未来だけは阻止したい、出来ることなら不幸になってほしくないと願いながら。
「待たせてすまない」
猫の姿のオシアンが颯爽と部屋に駆け込み、その後にヒルダとモリーが続いた。
オシアンはアヴリル嬢を見て言った。
「一つの身体に魂が二つ。間違いない、魔女は肉体が朽ちた後、魂だけの状態でこの女性の身体に転移したようだ」
アヴリル嬢の目が見開かれた。
「……猫型妖精の王が、何故ここに!」
「幾人もの我が同胞の心臓を奪った魔女よ、その罪を汝の苦悶と絶望で贖うがいい」
オシアンの瞳孔が開き、全身の毛がぶわりと逆立つと同時に、アヴリル嬢がぐったりと倒れた。
オシアンの瞳孔と毛並みが戻った時、その左手の上には蜜柑ほどの大きさの炎の球体が乗っていた。
彼は胸に右手を当て、メグとリューに一礼した。
「コガ嬢、リュー、猫型妖精を代表して、二人の協力に感謝する」
「……お役に、立てて、良かったです」
そう返答するリューの呼吸が少し乱れたことに気付き、メグは、以前トミーからリューについて聞かされたことを思い出した。
さり気なく取った彼の手は、氷のように冷たかった。
ぐったりと気を失ったアヴリル嬢にオーガスト氏が駆け寄り、リューが魔法障壁を解除するのを待っていた。
リューは魔法障壁を解除すると、オシアンに懇願するような目を向けた。
「オシアン公。アヴリル嬢ですが、不運なことに、彼女の信頼していた教師が魔女だったようなのです」
オシアンが優しく頷いた。
「わかっている。彼女はまだ若く、同情すべき点もある。もし彼女が自らの行いを反省するならば、聖騎士団長のハワード卿が必ず上手く取り計らうだろう。我ら猫型妖精も『罪を悔い改めし者は友』だと考えている。故に、その女性次第だ」
リューは安心した顔でメグに微笑みかけた。
「メグさんの気がかりも、大丈夫そうですよ」
リューの眼差しは、いつものようにとても優しい。けれども、その瞳に映る自分がまだ酷く不安な顔をしていることに、メグは気付いた。
「まだ、何か心配なことがあるのですか?」
リューにそう聞かれて、メグは慌てて首を振った。自分が彼に心配をさせてしまってはいけない。しかし、彼はメグが何を心配しているのか、思い至ったようだった。
彼は優しく苦笑いを浮かべた。
「大丈夫ですよ。本部に帰還するまでは保ちますから」
――エズメとパトリック兄貴が魔女の祭壇の破壊に成功したよ。
ロビンがそう言いながら室内を飛び回った。
「やっぱり、私たちが倒したのは廃棄予定の器だったんだな。魔女の目的は、ここの令嬢の身体を新しい器にすることだったんだ」
ヒルダがそう呟き、オシアンが頷いた。
「そのようだ。事前調査で聖騎士団情報部の団員が祭壇の存在に気付いて良かった」
二人の会話から、メグとリューには明かされていないことがあると察せられた。しかし、その時のメグは、一刻も早く本部に帰りたいとばかり思っていた。
「あとは、このお屋敷を浄化すれば任務完了ですよね?」
メグにそう尋ねられたモリーは頷き、次にリューに目を向けて異変に気付いたようだった。
「……リュー、もう限界なのでしょう。無理しなくても良いわ、私とメグだけでも何とかなるから」
リューは首を振った。
「いいえ。モリーさんも珍しく魔力が随分減っていらっしゃるようですから、メグさんと二人では足りないはずです。私は大丈夫ですから、早く三人で浄化してしまいましょう」
モリーはしぶしぶといった様子で頷いた。
ほどなく三人は庭に下りた。彼らの歌声は、モリーを護る妖精女王タイタニアの力によってウィルキンソン邸の屋敷のみならず、庭の隅々まで広がり、魔女の呪詛による穢れを浄化していった。
任務が終わるとトミーが運転するガソリン式自動乗用車がウィルキンソン邸の前に待機していた。
「六人乗りですから、全員お乗りになれますよ」
パットは先に帰ると言ってふわりと姿を消したし、オシアンは猫の姿なのでヒルダの膝の上に乗れば問題ない。助手席にエズメが座り、中央の席にヒルダとモリーが座ったので、後方の席にメグとリューが座る形になった。
本部に帰還するまでの間、メグはリューの体温がどんどん高くなっていくのが心配だった。先程は氷のようだと思った彼の手も、聖騎士団本部が見える頃には酷く熱くなっていた。
「リュー君、やはり無理をしていたのですね」
メグはリューの身体があまり丈夫ではないことを、トミーやモリーから聞かされていた。
一昨年開催された、聖騎士団所属の男性限定の遠泳大会でリューは見事に優勝した。だが、次の日には熱を出して三日ほど寝込んだという。昨年の冬にベッキーやモリーと共に大量発生した魔物を駆除するためリオンソー男爵領に遠征した時も、彼は任務が完了した翌日にやはり熱を出したと聞いている。その時はベッキーの特製水薬のおかげで、夜までには回復したらしいのだが。
きっとリューはメグを守るために頑張り過ぎてしまったに違いない。そう思うと、メグの胸は痛んだ。
「私のために、ごめんなさい」
「……謝らないで、ください。お慕いする方を、お護り出来て、私は、誇らしい……ですから」
メグは黙って頷いた。
――上質な本物を見慣れていれば、すぐに見分けがつく。
ハワード卿がモリーを見つめる時にどういう目をしているのか、メグはモリー本人よりも早く気付いていたし、オシアンがヒルダを見つめる目にどのような想いが込もっているのかも、すぐに分かった。ドミニクがタレイアを見る時の目も同じだ。温かくて優しくて、相手を見ているだけでとても幸せそうだから。
リューが自分にそういう眼差しを向けてくれるのは、少しくすぐったくて、実を言えば、これ以上ないくらいに嬉しい。
……けれども、あえて気付かないようにしていたのだ。それに気付いたら、きっとメグ自身、リューのことを想わずにはいられないとわかっていたから。
気付いてはいけない、好きになってはいけない。自分の抱える厄介な事情に、彼だけは巻き込みたくない。そう思っていたのに。
既に彼女は、恋に落ちていたのだ。
同じ車内ですから、大人たちにも二人のやり取りは聞こえているのですが、彼らは聞こえないふりをしています。




