12、呪術人形の主人
メグの言葉をリューが引き取った。
「このお屋敷に悪霊を呼んだのは確かにボニファスさんです。しかし、エイブラハムさんに怪我を負わせた呪術人形の主人は、彼ではありません。先程の人面瘡も、呪術人形については言及しなかったでしょう?」
人面瘡は、宿主の罪を重い順から洗い浚い語る。そこには嘘も隠し事もない。その罪を正確に皆の前で明らかにするからこそ、宿主は心を折られて乗っ取られてしまうのだ。
「当てずっぽうに悪霊を呼び込むよりも、呪術人形を使って人を襲う罪の方が重いのに、人面瘡がそのことに言及しなかったのは不自然です。ですから、ボニファスさんは被害者であるエイブラハムさんの次に除外していいと思います」
次にリューはブレア・モローが呪術人形を用意した可能性も否定した。
「奴は『愛の秘薬』を持っていました。アヴリル嬢を確実に手に入れる手段があるのですから、呪術人形を使う理由がないのです。それに、呪術人形から出て来た布には真新しい血が付いていましたが、私が殴るまで、あの男には擦り傷一つありませんでした」
オリバー氏が硬い表情で尋ねた。
「……呪術人形には、主人の手から離れて勝手にさまよい、悪霊たちの群れに交ざるものもいると聞いたことがある。この屋敷に呪術人形の主人がいるとは限らない。そうだろう?」
彼は、三人の求婚者たちが呪術人形の主人ではないのなら、この屋敷の誰かが呪術人形の主人かもしれないと気付いたのだろう。
しかしリューは、残念ながら、と首を振った。
「さまよう呪術人形は、元々豊富な魔力を注いで作られたもの。そのため主人の手を離れて動くことが可能なのです。けれども、こちらのお屋敷にいた呪術人形は二体とも、魔力の痕跡がありませんでした。ですから、こちらのお屋敷の誰かが主人で間違いないでしょう」
「私が主人です。あの酷い男たちの誰にも、アヴリルお嬢さんの人生を委ねたくなかったのです!」
オーガスト氏が叫んだ。
メグがリューに、オーガスト氏はこの屋敷で唯一魔力を持っている、と囁くと、リューは軽く頷き、オーガストに向き直った。
「オーガストさんは魔力持ちですよね。昼食後、リビングで貴方だけが驚いた顔をしていたのを覚えています。それは、あの場所に佇む亡霊の姿が見えていたからでしょう?」
それに、とエズメが言った。
「オーガストさん。貴方のような魔力持ちが呪術人形の主人だった場合、呪術人形には魔力の痕跡が必ず残りますよ。アレらは魔力代わりに主人の爪や髪、血を付けた布を腹部に詰められたとしても、主人から魔力を掠め取ることを止めませんからね」
「オリバー氏には動機がない。オーガストさんでもない。ということで、残るは貴女だけです、アヴリル嬢」
リューの言葉に、アヴリル嬢が顔を強張らせた。
「何故、私がそのような恐ろしいことをしなければならないの?」
「貴女は、求婚者たちを排除したがっておいででしたよね。実際どの求婚者も碌でもない人物ばかりでしたから、いくらお父上から強く勧められた人々だからといって、彼らの中から一人を選ぶ気には到底なれなかったでしょう」
アヴリル嬢が、お気に入りの詩集を胸に抱きしめて、反論を試みた。
「そんな……。私が呪術人形の主人だという確かな証拠なんてないでしょう?」
「証拠は、呪術人形の中にあった、こちらの布です」
リューが、呪術人形の腹部に入っていた血の付いた布を振って見せた。
「僅かでも魔力を持つ人間ならば、呪術人形に魔力を込めるだけで使役することが出来ます。しかし、魔力のない人間が呪術人形を使役するには、自らの血を付けた布か、一定量の毛髪、或いは爪を入れなければなりません。けれども毛髪や爪では、こうして中身を暴かれた時に誰が主人かすぐにわかってしまう、と犯人は考えたのでしょうね」
リューは、くすっと笑った。プラチナブロンドの髪は珍しく、念入りに手入れされた薄い爪の持ち主も、この屋敷には一人しかいない。そこで血を付けた布を呪術人形に入れたのではないか、と。
「――ご存じでしょうか、人間の血液には、複数の型があるということを。聖騎士団の技術ならば、布に残された血液によって呪術人形の主人を特定することも可能ですよ。幸い、関係者の血液のサンプルはパトリックさんに集めてもらっていますし」
聖騎士団本部の技術開発部は優秀だ、と告げられ、アヴリル嬢はその場に力なく座り込んだ。
これで全てが終わった、とメグは思った。
突然、リューが鋭い声を上げた。それも華夏語で。
彼が何を言ったのかは、火焔狐がアヴリル嬢の周りを火の輪で囲み、彼女の手から詩集を奪い取ったことで見当がついた。火焔狐から渡された詩集をリューが開くと中は空洞で、禍々しい気配のするカードが数枚入っていた。
「呪殺符……?」
メグは戦慄した。アヴリル嬢はまだ切り札を持っていたのだ。それも、ずっと手にしていた詩集の中に。
「メグ、相手を完全に戦闘不能にするまで、決して油断してはいけないよ」
ボニファスを手錠で拘束し終わったパットが言った。
「一人娘を糾弾されて、その父親が血迷うこともあるしね」
メグがオリバー氏を見ると、彼は恐ろしい顔で重い燭台を握りしめていた。だが、犬型妖精の尾が、彼の動きを封じていた。
「落ち着いて。君が暴走してもお嬢さんの立場が悪くなるだけだよ。……秘書の君もね」
パットがオーガスト氏に指を向けると、オーガスト氏も動かなくなった。おそらく精神操作魔法を応用したのだろう。
「感謝してほしいな。僕の義兄弟と違って、僕と犬型妖精は警告なしに痺れ薬を塗ったナイフを投げつけはしないんだから」
パットを睨んでいたオーガストが重い口を開いた。
「……アヴリルお嬢さんを、どうなさるおつもりですか」
リューは首を振った。
「魔女と契約することは、この国の法律で禁じられています。ブレアが持っていた『愛の秘薬』も、元はアヴリル嬢の物でしょうから、厳しいですね。昼過ぎに庭でアヴリル嬢が探していらした物こそ『愛の秘薬』だったのでしょう。母君のブローチだなんて嘘ですよ。私たちは、アヴリル嬢が最初からブローチを付けていなかったことをきちんと覚えています」
オーガストがアヴリル嬢に目を向けると、アヴリル嬢が叫んだ。
「……だって貴方が、私の気持ちには応えられないとしか、言ってくれなかったから!」
何故、どうして、と繰り返すばかりのオリバー氏に向かい、メグは尋ねた。
「どうして、オーガストさんがアヴリルさんのお婿さんではいけなかったのですか。お二人が想い合っていらっしゃることは、一目瞭然でしたのに」
オリバー氏が悄然と首を振った。
「……財産も地位もない。肌の色も違う。そんな相手と結ばれて幸せになれると思うかね?」
メグは首を傾げた。愛と思いやりと信頼があれば、たとえ種族が違っていても、年齢が千歳以上離れていても、主な生活場所が水中と陸上に分かれていても、夫婦は上手くいくものだと認識していたので。
「結ばれるなら心から愛し合っている相手の方が良いと思いますし、地位や財産はこれから二人で築いていけば良いものではありませんか?」
「……オーガスト。そうなの?」
アヴリル嬢が、信じられない、という顔でオーガストを見つめていた。
「……もし貴方の気持ちを知っていたら、私は『愛の秘薬』のために先生と契約なんてしなかったのに!」
オーガストが力なく呟いた。
「……俺は、俺と貴女が結ばれたとしても、きっと貴女は幸せになれないと説得されたから――」
エズメが肩を竦めた。
「その魔女との契約は、まもなく無効になるはずですよ。今、別のチームが討伐中ですからね」
リューとメグが「藤を愛でる会」で楽しく話していた血液型の話は、ここに繋がっておりました。




