10、化けの皮を剥ぐ
リューは、詳しい説明は全員が集まってからにする、とオリバー氏に伝えた。
エイブラハム氏とボニファス氏が、服を着て下りて来るのと同時に、パットが呼んだという警察官も二人やって来た。
メグは、その警察官のうちの一人に見覚えがあった。背の高い、銀髪の持ち主で、非常に見目麗しいのに、その爽やかな笑顔が何故か胡散臭く見える人物だ。
彼女は危うくその人物の名を呼びそうになったが、向こうが軽く首を振って見せたので、口をつぐんだ。
よく見れば、一緒にいる黒髪黒目の警察官も、風変わりだが強い魔力持ちだと分かる。年齢は四十代くらいだろうか、「苦み走った好男子」という謳い文句で皇国の銀幕に出ていた活動写真のスタァに似ていた。初めて見る顔だが、数奇な縁で銀髪の彼の腹心となった男とは、彼のことだろう。その男について、メグはトミーから話を聞いていた。
――そういえば、州連合での被害者が最も多いという話だったのう。
女神が得心したようにそう呟いた。
警察官二人は、全身にシーツをぐるぐると巻かれたブレアの両手足に手錠をかけると、皆が集められたリビングに運んで来た。
「犯罪者逮捕にご協力くださり、ありがとうございます」
そう言いながら銀髪の警察官がリューに向かってこっそりと親しげに目配せをしたことに、メグは気付いた。リューも彼に目だけで笑って応える辺り、二人の仲の良さがわかって、少し羨ましい。
「さて、今夜この男がこのウィルキンソン邸で何をしたのか、教えて頂けますか?」
黒髪黒目の警察官に聞かれて、リューはこう証言した。夕食の直後、アヴリル嬢が食堂で落とした鍵をブレアが拾い、黙って自分のポケットに入れたのを見た、と。
「ブレア・モローと、ここにいらっしゃるエイブラハム氏、ボニファス氏の三人はアヴリル嬢の求婚者です。アヴリル嬢は明日、三人の中から未来の夫を一人選ぶことになっていました。しかし夕食の時に、アヴリル嬢がこう仰ったのです。『三人のうち、どなたも素晴らしい方々なので決め手に欠ける。何か決定的なことがあれば、その方に手と心を委ねるのに』と」
決定的な何かが必要だと言うならば、アヴリル嬢を自分以外の誰にも嫁げない身体にすればよい。簡単にそう思い付いて実行に移せるほど、ブレア・モローという男は邪悪で、罪を犯すことに慣れていたらしい。
「昼間、私がリビングで舞いを披露したのは、実は余興のためではなく、悪霊になりかけた亡霊を救うためでした。その女性の霊が教えてくれたのです。自分はブレアの毒牙にかかって無念のうちに命を落とした者の一人だ、と」
そこでリューはアヴリル嬢に、自分がアヴリル嬢の部屋で待機するから、アヴリル嬢はメグに割り当てられた部屋で、鍵をかけて待機するようにと言ったのだ。
リューは、妖艶に微笑んだ。
「果たして、その男はのこのことやって来ましたよ。悍ましいことに、『愛の秘薬』持参でね」
その危険な薬の名を聞いたオリバー氏が狼狽した。
「いや、まさか、そのような物がどうして……。第一、本当に『愛の秘薬』だったのですか?」
それに対してはパットが答えた。
「それは間違いないよ。しかも猫型妖精の心臓から作られた強力な薬だ。下手をすれば効果は死ぬまで続くし、中和剤は存在しない。もし飲まされていたら、どうなっていたことか」
オリバー氏は今にも失神しそうな顔で、テーブルの上に乗せた両手を握りしめた。
しかし、オリバー氏の顔色に頓着するパットではない。彼はこう語った。
自分はリューを補助するため、共にアヴリル嬢の部屋に隠れていた。だから、全て証言出来る。ブレアが『愛の秘薬』の瓶を手にアヴリル嬢の部屋に入って来たことも、部屋にいるのがリューだと知り、「こちらも悪くはないか」と舌舐めずりして迫ったことも。
「それでリューは鞘に収めたままの短剣で奴の顔を殴り、相手が怯んだところで鳩尾を突いた。奴が鼻血を流しながら倒れたので、二人がかりでシーツを巻き付けて縛り上げたんだ」
「なるほどね」
銀髪の警察官は感心したようにそう言うと、黒髪黒目の警察官と二人でブレアを抱えて連行した。去り際に、後でブレアの荷物を改めに戻ると言って。
「これで求婚者は一人減ったわけですが、ブレア・モローのような獣を娘の夫にせずに済んだのは幸いでした」
秘書のオーガスト氏に紅茶を淹れてもらいながら、オリバー氏が溜め息混じりに首を振った。一方で皆の紅茶を淹れる秘書のオーガスト氏は、どこかほっとしたような顔をしていた。
「あら、エイブラハムさん。手をどうなさったの?」
エズメが、エイブラハム氏の右手から血がにじんでいるのに気付いた。
「それが、部屋を出る時に、何かに手を引っ掛けたようなのです」
「あら、大変」
メグは、肩にかけていたバッグから消毒液と包帯を取り出し、彼の傷を手当てした。よく見ると、その傷は、何か鋭利な刃物で付けられた傷だった。
エズメが、次はボニファス氏とアヴリル嬢の左手の指先に、それぞれ包帯が巻かれていることに気付いた。
「あら、ボニファスさんとアヴリルさんもなのね」
すると、ボニファス氏は顔を強張らせた。
「就寝前に画集を見ていたら、紙で手を切ってしまいましてね」
「まあ。紙は意外と深く切れますものね」
エズメがそう言うと、ボニファス氏は少し安堵したように見えた。
アヴリル嬢は、母の形見のブローチを見つけた時に、ブローチのピンで指を刺したのだと答えた。
「そうなのね。それにしてもお二人とも、小さな傷でも消毒すべきですよ。紙やブローチのピンで出来た傷は特に」
エズメの言う通りだとメグは思い、二人に改めて傷の手当てを申し出た。しかしアヴリル嬢はもう消毒は済んでいると言い、ボニファス氏も携帯用の消毒薬を持っているから、とメグの申し出を断った。
「ひとまず、今夜はもう良いでしょう。紅茶を飲んだら少し休みませんか?」
オリバー氏の言葉に全員が同意した。
このまま、今夜は何事も起こらないだろう――。
何人かは、そう思っていたかもしれない。しかし。
皆がそれぞれの部屋に戻ってから一時間後。エイブラハム氏に充てがわれた部屋から、助けを求めて叫ぶ彼の声が聞こえた。
メグとエズメは、エイブラハ厶氏の部屋に向かった。二人の少し先をリューとパットが駆けていた。それから、オリバー氏、アヴリル嬢、ボニファス氏と合流したので、エイブラハ厶氏の部屋の前に着いた時には全員が揃っていた。
オリバー氏がドアの取っ手に手をかけると、ドアはすんなりと開いた。
「大丈夫か、エイブラハム」
エイブラハム氏は腰が抜けたのか、床に尻もちをつき、脚をばたつかせていた。必死に腕で顔を庇っていたが、その腕も顔も既に血塗れだ。
その彼の向こうに、宙に浮かぶ一体の呪術人形が見えた。麻布の胴体とロープの手足。左右の手にそれぞれ一本ずつ括りつけられたナイフは赤く塗れていた。
アヴリル嬢が叫んだ。
その悲鳴に反応してか、呪術人形がこちらを向いた。そして血に染まった両手を振り上げ、こちらへ向かって来た。
リューが即座にオリバー氏を押しのけ、前に飛び出した。彼は先程の短剣で左右から繰り出されるナイフを払いながら、人形を手際良く壁際に追い詰めていった。
オーガスト氏がアヴリル嬢を自分の後ろに下がらせ、パットがオリバー氏を背後に庇った。
メグは怪我人の応急処置をしようと、バッグからガーゼや消毒薬などを取り出した。
幸い、エイブラハム氏は軽傷だった。
「大丈夫かね、エイブラハム君?」
心配するオリバー氏に返ってきたのは酷い悪態だった。
「……頼まれたって娶るものか、こんな呪われた家の、阿婆擦れ娘など!」
胡散臭い笑顔の長身銀髪美男子とその腹心についてはまた今度。




